『他社留学』がスタンダードになる日を目指して

 業界や企業を超えて他社のプロジェクトに参画する越境型研修を、『他社留学』の名称でサービス展開するエッセンス株式会社。同社の執行役員である伊藤鑑氏に、他社留学事業の仕組みやメリット、今後の展開などについて聞いた。

企業に属したまま他社を経験できる越境サービスを提供

――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

エッセンスは、人材紹介事業に加え、プロ人材の業務委託支援や他社留学(越境研修)、プロボノ(仕事の経験を活かした社会貢献活動)など、雇用形態にこだわらない働き方を提供する人材サービス企業として、まもなく18期目を迎えます。

――プロ人材の業務委託支援とは?

事業会社に属する豊富な知見を持ったプロ人材を業務提携などの形で紹介する『プロパートナーズ』というサービスを展開しています。

また、他社留学は、企業などの組織に属したまま他社を経験できるサービスで、最低3カ月から、長いときは1~2年かけて留学します。過去には、経済産業省勤務の方がメルカリへ他社留学する事例もありました。

プロボノは、若手あるいはすでに安定したキャリアを築いてこられた方に自社以外での越境体験下で新たなチャレンジをしていただく支援をしており、期間は約40日、主にオンラインで実施します。年間、延べ200人の方々が活用しています。

――越境事業に注力した経緯は?

優秀な学歴や一流の職歴を持つ求職者を面談する中で、転職理由によっては「辞めなくてもいいのではないか」と思うことが多々あります。一流大学を出て大手企業に入社したものの、希望と違う部署に配属されたまま数年が経ち、「このままでいいのか」「他の会社のほうが活躍できるのではないか」という理由で転職を希望する方は少なくありません。企業に紹介すれば間違いなくよろこばれる人材ですが、本当にその選択をしていいか、試してから考える機会をつくって差し上げたいと感じ、越境事業を始めました。

中でも『プロパートナーズ』は創業時から続く事業ですが、初期は「コミットしない顧問やフリーランスに意味はあるの?」と疑問視されることがありました。そこで、優秀な人材を一定期間、留学という形で受け入れてみる方法を提案したところ、多くの企業が受け入れてくれるようになり、他社留学やプロボノにつながりました。

――他社留学の費用は誰が負担するのでしょうか。

留学生を送り出す大手企業です。このスキームは、他社での経験を希望する人材にとっても受け入れ先の企業にとってもハッピーであり、外部人材採用のマーケット拡大にもつながります。また、求職者が他社を経験することで転職を止めたとしても、他社で得られた経験や知識を社に持ち帰って現職で活用してくれるので、現職の企業にとってもメリットがあります。もちろん、秘密保持契約の範囲内で、ですが。

企業に外部からプロを入れて新しい学びを得るか、社内の人材が他社へ行って異文化に触れて持ち帰るか、両方を支援できるところが当社の独自性です。

――優秀な人材なら紹介手数料を得たほうが、商売としてはありがたいですよね?

ええ。正直なところ葛藤しましたが、将来的にこの文化を根付かせたい思いがありましたし、企業への新しい価値提供になると感じ事業化しました。

――他社留学の課題はありますか?

現在、ある程度パッケージ化したプログラムを提供していますが、求職者によっては「もっとAIに特化した留学先がいい」などの希望があります。今後は、希望に合わせてカスタムできるプログラムの開発を進める予定です。

「年齢だけで選考から外れる」の壁を超える支援を

――伊藤様は2020年入社と聞きました。その前から人材業界に従事していらっしゃったのですか?

はい。人材業界歴は19年目になります。前職はインテリジェンス(現パーソルキャリア)で、管理職として企業と求職者の転職・採用支援をしていました。とてもやりがいを感じていましたが、「地域や年齢や経験の壁」を超える支援がしたいと思うようになり、“個と向き合う支援”に注力する当社に入社しました。

――〝個と向き合う支援〟について、具体的に教えてください。

現職に在籍しながら新たなチャレンジができる機会創出のことです。私と代表である米田の出会いは、地方創生の取り組みでした。事業承継者を探す地元企業と承継を希望する人材をマッチングする際、これまで大手企業で部長職をしていた人が急に地方で経営者になるのはリスクが高く、一歩を踏み出しにくい現状があります。これを解決する可能性のあるエッセンスの事業内容に惹かれました。

――地方創生の取り組みにも注力しているのですね。

地銀や信金と提携して融資先の企業にプロ人材を送る取り組みをしています。また、2015年に内閣府主導で始まった、プロフェッショナル人材戦略拠点事業にも対応しています。全国の拠点を作り、多数のエージェントが関わって地方に首都圏のプロ人材を送り込む制度で、25年までに累計延べ3万6,000人を超えるマッチング実績があります。同事業は、経験豊富な大企業の幹部で他の世界を経験したい人や事業を承継したい人に地域で活躍してもらう、都市部から地域への人材還流を意図した取り組みですが、いきなり転職となると、なかなかマッチングが成立しません。そこで当社の提供する、現職にいながらにして越境体験を積んでいただくサービスが有効な取組みであると考えています。

特に事業承継に関しては、大企業の部長職であっても経営者の経験はないので、いきなり事業承継者になるのは敷居が高いです。まずは地域の小さな会社で実務を経験していただき、課題や大手企業とのギャップを体感してから、しっくりくれば納得の上で本格的な承継ステップへ進んでいただくことができます。また、実際にいきなり転職をして失敗をするというリスクも避けることに繋がり、企業も個人も双方にメリットがあると考えています。

多様な企業のマネジャーを集めた越境研修『ネクストフォーラム』

――他社留学の市場観を教えてください。

企業研修マーケットとしての矢野経済研究所の調査*があり、それによると2025年の研修マーケットは6130億円と推計しています。うち社外研修は1%あるかないか、金額にして100億円弱です。ただ、今後は3~5%まで上昇するといわれています。

* 矢野経済研究所 企業向け研修サービス市場に関する調査を実施(2025年)

――上昇するといわれる理由は何でしょうか?

自社研修の限界です。どの会社も長年研修を続けていますが、近年のAIやVUCA(予測困難で変化の激しい社会)、グローバルの時代に対応するのは困難になっています。経済産業省が2020年に公表した『人材版伊藤レポート』(人的資本の活用方法について伊藤邦雄氏が座長を務めた同省プロジェクトの報告書)でも、「社外での学習機会の戦略的提供」を推奨しています。

越境による管理者研修として、当社は25年3月に越境研修プログラム『ネクストフォーラム』をリリースしました。従業員500人未満の企業は、初めて部下を持った人に対する研修を実施できておらず、部下を指導育成するノウハウが分からないまま上司になって悩む人が少なくありません。これを防ぐために、各社のマネジャークラスを20人前後集めて、半年間、全12回にわたり、マネジメントの王道をしっかり学んでいただきます。参加社は、業界も企業規模もばらばらです。

目標は人材事業の『オーシャンズ11』

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

現在、約2万社ある国内エージェントの中で、他社とは違う仕事がしたい人材が当社に集まっていると思っています。ご承知の通り、数をこなせばある程度は成約します。もちろんそのビジネスモデルは大事ですが、もっと汗や努力を伴うハードモードのミッションに関わることを心から楽しめる人材を増やしたいと考えています。

基本的に、求職者にとってエージェントは点の存在で、一瞬背中をそっと押すという場面も多い仕事ですが、できれば点だけでなく線、そして面までサポートしたいですし、エッセンスならできると思っています。転職後にも別の経験を積んだり、転職せずに他社で活躍したりする応援を続けていくことが、この仕事の価値だと個人的には思っており、そういうロマンのある活動に魅せられた、特殊能力を持った方、『オーシャンズ11』(11人のスペシャリスト集団がカジノの金庫室にある多額の現金を狙う米国映画)のような仲間と一緒にこの取り組みを楽しむことが、私のやりたいことです。多様な個性や強みを持つ方が集まるチームにとても憧れていますし、そういう仲間と出会いたいです。

私は昨年から1年間、人材紹介事業と他社留学およびプロボノ事業を兼務してきました。この経験を活かし、今後はエッセンスの事業を掛け合わせ、数だけのマッチングではなく人や組織と長い目線でつながり続けることにこだわった、ハイブリッドな人材紹介サービスを育て、展開していきたいです。

――どのようなハイブリッドをイメージしていますか?

例えば、私が人材紹介事業で支援する幹部人材Aさんを、幹部人材の業務委託を希望するベンチャー企業にプロ人材として送るイメージで、すでに実例があります。このクロスセルにより、人材が必要なときはまず当社へ一報いただければ、目的に合わせた条件で人材を提供できるので、独占契約が可能になります。

また、会社の意向とは別に個人で他社留学したいという相談も多数あるので、来年は個人向け留学マッチングサービスも始める予定です。経営幹部志向のある方が、他社での越境で経験値を積み、事業の担い手として育っていく場面にも多く立ち会いたいと思っています。

これらの事業展開により、年間でハイキャリア人材100人の成約を目標にしています。組織や事業の成長を担う人材に、点ではなく線として、面として関わらせていただくことロマンを感じる方5~6人の加入があれば、目標達成も、夢ではなく通過点になると思います。