働き方の多様化、少子高齢化、AI技術の急速な進化など、労働市場を取り巻く環境は大きく変化しつつあり、人材派遣業界にも新たな介在価値の構築を求められている。今回は、一般社団法人日本人材派遣協会の会長で、アデコ株式会社の代表取締役会長でもある川崎健一郎氏に、人材派遣業界が目指すべき未来について考えを聞いた。

派遣の働き方が「安心・安全・安定」と認知される社会に

――日本人材派遣協会は今年、設立40周年を迎えられました。おめでとうございます。改めて、御会の活動内容をお聞かせください。

ありがとうございます。日本人材派遣協会は、派遣事業の健全な発展を目的とし、派遣法や労働関係法令への対応と、派遣社員へのキャリア形成支援などのサポートなどを通じて、会員企業の適正な事業運営を支援しています。

会員企業は、当会が提供する最新の法令セミナー、キャリアカウンセリングスキルアップセミナー、派遣社員向けのeラーニングサービスの利用、各種調査リポートなどを受けることができます。これらを個社で運営するには多くのリソースが必要になりますが、いずれも軽視できないものです。そこで、当会でコンテンツを作り、会員企業が無料もしくは低コストで利用できるようにしています。

――協会として、次の5年間に向けた目標があれば教えてください。

まさに今、2030年に向けて人材派遣協会がどうあるべきか、議論を交わしている最中で3本の柱が見えてきたところです。

1本目は、派遣社員という働き方が「安心・安全・安定」だと認知される社会にすることです。労働者派遣法の改正により、15年には雇用安定措置(*1)、20年には同一労働同一賃金制度(*2)施行になるなど、より安心、安全に働けるよう法整備がされてきました。派遣会社は、これらの法令を遵守し、派遣社員が安心・安全に働くことができるようにしなければなりません。それが、収入やキャリアの安定にも繋がります。当会は、業界のコンプライアンス意識を醸成し、すべての派遣会社が法令を遵守するよう働きかけることで、派遣という働き方が安心・安全なものとして認知され、派遣社員として働く方を増やしていきたいと考えています。

*1 同じ派遣先で3年間働く見込みのある派遣社員に対して、派遣終了後の雇用を継続させる措置を講じる義務
*2 同一企業・団体における正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)との不合理な待遇差の解消を目指す制度

人生設計に合わせた柔軟なキャリア支援を

2本目の柱は、人生設計やキャリア形成に合わせて柔軟な働き方を提供し、キャリアをつむぐ支援をすることです。結婚、出産、介護などライフステージが変化する中で、派遣の柔軟な働き方が選択肢の1つになるイメージです。現在は、派遣法によって派遣社員に対する教育訓練を実施することが派遣会社に義務づけられていることもあり、派遣社員として働きながらスキルを磨き、キャリアをつむぐことができる環境が整っています。派遣元も、これを理解したアドバイスをしながら、派遣社員が安心して働くことができるよう、サポートする必要があります。

一方で、派遣社員においては、派遣元との雇用契約の内容を理解し、それに基づいて就業することが求められます。雇用契約の内容は、働き方や仕事に関する派遣社員の希望を反映したものとなっておりますが、契約期間の途中で離職してしまう方や、求められた仕事を遂行できないというケースもあります。こうしたことがないよう、意識を高める必要があると考えています。

――そのようなケースはなぜ起こるとお考えでしょうか。

さまざまな原因があると思いますが、1つはカルチャーのミスマッチが考えられます。どんなに条件がぴったりとマッチングした会社でも、仕事のスタンスや社風などは入社してみなければ分かりません。条件がよいからと入社してみたら、想像以上に責任ある業務で、社風も合わず居心地が悪い――そんな環境で働けば、仕事や会社への気持ちが離れ、契約半ばで離職したくなることもあるでしょう。このような、条件以外の部分でのミスマッチを防ぐという点でも、派遣会社は重要な役割を果たすことができます。

派遣の働き方が選ばれる社会に

柱の3本目は、派遣の働き方がもっと選ばれる社会にすることです。2025年12月現在、労働者全体に占める派遣社員の割合は2.6%です。また、日本の時間当たり労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)加盟38カ国中28位と、残念ながら高くありません。その原因の1つは、仕事との出合い方にあると考えます。この入口部分の責任は、派遣会社にもあります。これまでの法改正を通じて、派遣社員という働き方に関する環境はかなり向上し、キャリア相談やリスキリング制度も充実してきましたが、それを伝えきれていないところがあります。

派遣社員という働き方が選ばれるためには、派遣社員がみな生き生きと働くことができる社会をつくる必要があります。安心・安全・安定が揃っている働き方は派遣社員の活力となり、生き生きと働く派遣社員が増えれば、派遣社員という働き方を選ぶ人も増えるでしょう。

――雇用安定措置や紹介予定派遣の利用なども含め、派遣社員の労働条件や就業環境は以前よりもかなりよくなったと思います。

そうですね。しかし実際には雇用安定措置や紹介予定派遣を利用して正社員になった人数よりも、派遣として働いているうち、会社側から正社員雇用を打診され転籍したケースのほうが3~4倍多いと感じます。いい出会いがあって社員になる道もあれば、お断りして別の道を探ることもできる。キャリアに柔軟性を持てることは、派遣の価値の1つだと思います。

――派遣社員が生き生き働ける環境を生み出すために、人材派遣会社は何に注力すればいいでしょうか。

現代は、AIを使えば誰でも条件マッチングができますので、既存の条件マッチング作業では差別化になりません。これからの派遣会社には、派遣社員が仕事を好きになれる、成長を感じられるような仕事・会社を提案するスキルが求められます。派遣先企業が目指すものが求職者の価値観と合っているかなどを確認する作業は、とても大切です。

自動で大量に求人を送るというやり方では、派遣先企業と派遣社員どちらの満足度を高めることもできません。マッチングをして終わりではなく、働く先で派遣社員の幸せ、活躍、成長までをいかにコミットできるかを競争することで、派遣業界のプレゼンスも向上し、派遣の働き方が選ばれていくと思います。

手間暇をかけてこそ派遣会社の介在価値がある

――最近では、AIの台頭によりホワイトカラーよりもブルーカラーの給料のほうが高くなると言われるようになりました。

たしかに、その傾向はあります。一方で、給料がいいから誰もがブルーカラーを選ぶかというと、そうでもありません。このことから、実際の求職者は、条件だけでなく職種や働き方も重視していると分かります。この求職者の希望や、時には本人さえも気づけていない真意を掘り起こすのが、派遣会社の役割の1つです。

ただ、言うのは簡単ですが、実行するには時間も人手もかかります。「とりあえず条件が合う人をどんどん派遣するほうが早い……」数字に追われるほど、そう考えることもあるでしょう。しかし、この考え方では、派遣社員の満足度を高めることはできません。反対に、派遣社員に寄り添ったサポートを続け、生き生きと働く派遣社員がマジョリティーになる状態をつくれば、社会における派遣という働き方のプレゼンスも高まると思います。単純な条件マッチングだけでは、あっという間にAIに仕事を取って代わられます。

AIに取って代わられる良例として、エージェンティックコマースがあります。エージェンティックコマースは、AIエージェントが消費者のニーズに合う商品を提案する新しいショッピングの形式です。これまでは「とりあえず総合ECサイトで探せば見つかる」という風潮がありましたが、今はAIエージェントが個人のニーズに合う商品を数多ある小売店から探し出してくれますので、消費者は総合ECサイトで探す手間をかけず、AIエージェントから提供される情報を元に買い物をするようになっています。これを派遣会社に置き換えると、AIエージェントが求職者の条件に合う会社を探してくれるので、条件でしかマッチングできないというのは、派遣会社の存在意義に関わります。

――ポーターズの人材紹介のお客様からも「新卒はエージェントに登録せず、自分で探す人が増えた」という声をよく聞くようになりました。

そのような声もあるのですね。やはり我々は、条件マッチングを超え、人に寄り添う仕事を、地道に積み上げていくことが大切です。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

2030年までには派遣の働き方が選ばれる世の中にしたいと考えています。これを実現するために、当会は今後も法令遵守のためのコンプライアンス事業、派遣社員のためのキャリア形成支援事業、派遣の提供価値について正しく知ってご理解いただくための広報事業を継続していきます。

派遣業界で働く人は、みな「人が好き」なのです。今後はAIをはじめとするテクノロジーをうまく活用しながら、「人」に対してより丁寧に向き合い、「人が好き」という思いが成果につながる仕事ができる業界にすることも、我々の任務の1つと考えています。