エグゼクティブポジションの候補者は、何を基準に人材紹介会社や転職先を決めているのか。採用する側とされる側、そのどちらも経験してきたハイクラス転職者の生の声を取材した。協力してくれたのは、人材紹介会社から複数のオファーを受けながらも、最終的に自らLinkedInを使って転職したBokuのカントリーマネジャー、大坪直哉氏だ。
俳優からテクノロジー業界へ。採用の決め手は斬新なプレゼン
――大坪様は数社のCXO職を経てBokuのカントリーマネジャーに就任されましたが、キャリアのスタートは俳優だったそうですね。
はい。私は大阪外国語大学を卒業後、どこにも就職せず劇団扉座に入団しました。もっと知名度が高い劇団にも合格しましたが、小劇場から駆け上がっていくほうが自分に合っていると感じ、扉座の門をくぐりました。
その日から舞台俳優としての活動を続け、30歳になったある日のことでした。英国気鋭の演出家、デヴィッド・ルヴォーの舞台を見に行った私は、見たことのない奇抜かつスタイリッシュな演出に衝撃を受け、「ロンドンへ行かなければ!」と思い立ち、劇団を退団して渡英しました。さっそく現地で一流とされる演劇スクールに通い、オーディションを受ける日々を過ごしましたが、アジア人の枠は少なく、なかなかチャンスをつかめないまま33歳で俳優を諦め、帰国を決意しました。
帰国直前、ロンドンのインターネットカフェで何気なく目にしたOvertureという検索連動型広告事業会社を知り、「これは絶対に儲かる」と直感しました。帰国後も、たまたまリクルートエイブリック(現リクルートエージェント)からOverturの日本支社を紹介され、ご縁を感じてOverturに入社しました。このとき、世界的大手物流企業からも採用の連絡がきましたが、すでに成長した企業よりもこれから成長する企業にジョインしたい思いがあり、Overturを選びました。
――33歳で会社員未経験となると、就職の壁は高いと想像します。採用された理由はご存じですか?
Overturの1次面接で、面接官の女性が私に職場の悩みを告白したんです。私は「次回、解決策を出します」と宣言し、2次面接では模造紙にマインドマップを書き出して解決案をプレゼンテーション(以下、プレゼン)しました。このアプローチが「見たことないプレゼンだ」と期待値につながり、採用されたと聞きました。
――なかなか勇気がいるプレゼンですね。
就活経験がなかったことが、型にはまらないプレゼンにつながったと思います。私は、課題を集約して「要するにこうですよね」と帰納的な解決策を提案することが得意で、Overturでも、そのスキルを活かして受け身だった営業部署を積極的に提案する組織へと生まれ変わらせました。
後にOverturはYahoo! Japanに吸収され、私はしばらくYahoo! Japanでグローバルマネジャー職を務めた後、別の会社へ転職しました。このとき、当時のOverturの日本代表から「世界最大級のリターゲティング広告会社Criteoの日本法人を始めるから一緒にやろう」と誘われ、その会社を辞めてCriteoに入社しました。
その後、テクノロジーの主戦場がウェブからアプリへ移行するタイミングで、モバイルアトリビューション(広告効果の分析)を牽引するイスラエルのAppsFlyerへカントリーマネジャーとして入社しました。当時は小さなシェアオフィスで従業員1人から始めましたが、ユニクロ(株式会社ファーストリテイリング)がサービスを導入した辺りから潮目が変わりました。「あのユニクロが導入しているなら」と、大手企業との契約が次々に決まり、最終的に日本市場のシェアは50%になりました。その後、私はSmartpayでカントリーマネジャーやCROを務め、2026年6月に同じくカントリーマネジャーとしてBokuにジョインしました。
心を動かされるヘッドハンターと、付き合いたくないヘッドハンターの違い
――Overtureの後も、エージェントを利用されての転職ですか?
常に多数のエージェントから連絡がありますので、そのときの自分が納得できる縁があれば利用しています。AppsFlyerへの転職時にWahl+Caseを利用したことがきっかけで、彼らとはその後ずっとお付き合いをしています。自分がカントリーマネジャーとして転職した先でもWahl+Caseを使いました。外資系企業にずっと勤めていたこともあり、お付き合いするエージェントはWahl+Caseを含め外資系エージェントが多いです。
――どのようなお付き合いをしていますか?
担当の方は転職のタイミング以外でもこまめに連絡をくださるので、ときには私が住む鎌倉でディナーをご一緒したり、カフェで話したりしながら情報交換しています。
――Wahl+Caseの担当者を始め、大坪様が心を動かされるヘッドハンターとはどういう人物でしょうか。
転職時以外でも連絡をくださったり、自分では気付かない強みや独自性を深く分析してプロフェッショナルとしての視点からアドバイスをくださったりすると、「この人に任せたい」と思います。「大坪さんのキャリアなら、これから成長するフィンテック業界も視野に入れましょう」といった、世の中の情勢や業界のトレンドを踏まえて提案してくださるエージェントには、大きな価値を感じます。
――反対に、このヘッドハンターには任せられないと思ったことはありますか?
役職や業界への理解がないまま型通りの質問をする人や、テンプレートのスカウトメールを送信してくるエージェントとは、その先のお付き合いはまずないです。以前、おそらく新人だと思う人が担当者になったとき、私のキャリアや人柄などの理解がないまま事務的に話を進めようとしたため、そのエージェントの利用を止めた経験があります。立場は求職者でも、視点はマネジャーです。担当者の業界理解や経験値がどの程度か、どれだけ真剣に自分を理解しようとしているかは直感で分かります。キャリアアドバイザーの給与に占める成功報酬比率は高いため、成約したくなる気持ちはわかります。ですが、クライアントの課題を解決しない提案はすぐに見抜かれるので、止めたほうがいいと思います 。
エージェントを利用せずLinkedInでBokuへ転職。理由は?
――Bokuへの転職もWahl+Caseを利用されたのでしょうか。
Wahl+Caseから日本進出予定のグローバル企業のトップポジションを紹介されましたが、当該企業の日本進出が延期になってしまいました。他に日系企業からのオファーや他エージェントからの提案もあったものの、最終的には自らLinkedInで見つけたBokuに決めました。
――Bokuを選んだ決め手をお聞かせください。
エージェント経由に比べ、圧倒的にスピードが速かった点が大きな理由です。複数の候補企業がある中で、Bokuは他社を追い越してとんとん拍子に話を進めてくれました。そのスピード感が「私を必要としてくれている」という信頼につながりました。
Boku Network Services, Inc.は日本での知名度は低いですが、NetflixやSpotifyなど、世界中の名だたるサブスクリプションサービスの裏側で、国ごとに異なるローカル決済手法(キャリア決済や各種電子マネー)を1本のハブでつなぐ役割を担う会社です。
――実は多くの人がBokuのサービスを利用しているのですね。ちなみに、日系企業を見送った理由は何でしょうか。
これからトレンドになり得るビジネスで魅力を感じましたが、日系企業のサラリーは外資系に比べるとかなり低く、悩んだ末に見送りました。求職者のサラリーは日系のほうが低いのに、報酬割合は外資系エージェントより日系エージェントのほうが高い。この歪みが改善されると、日系企業がもっと優秀な人材を獲得できるのではないかと思います。
――大坪様は採用側でもいらっしゃいます。採用時の心がけを教えてください。
私が組織のリーダーとして採用を行う際は、必ず私が最初に面接します。最終決裁者の私が最初に面接して合格した人だけを現場スタッフと会ってもらったほうが、皆の時間を無駄にしないからです。
また、私は自身のキャリアを通じて、候補者の経歴に一貫性がなくても、別業界の出身であっても、優秀な人材はいると信じています。エージェントには、単にスペックや条件でスクリーニングしたリストを送ってくるのではなく、「この人は経歴が少し変わっていますが、御社のカルチャーに合います」など、一歩踏み込んだ推薦を期待しています。
失敗するほど成功の確率は上がる
――大坪様の今後の展望をお聞かせください。
Bokuの日本市場でのシェア拡大が、大きな目標の1つです。また、Bokuとは別に活動している印象演出家やプレゼンテーションのスペシャリストとしてのスキルを活かし、多くのビジネスパーソンがグローバルに活躍する機会創出の一助になることを目指します。
――最後に、次世代のリーダーを目指す日本の若者へメッセージをお願いします。
自分で限界を決めずにどんどんチャレンジしてください。なぜなら、世の中に失敗は存在しないからです。例えば10個の箱のうち1つだけに宝物が入っているとして、1回開けて外れても、それは失敗ではありません。もう1度開ければ、当たる確率は9分の1へ上がります。外れるたびに、成功の確率は確実に上がるのです。挑戦を続ける限り、成功へ1歩ずつ近づきます。
私自身、俳優としては挫折しましたが、その経験がプレゼンテーションやチームリーダーのスキルとなりました。どこからでもやり直せるし、失敗なんてない。私のキャリアが、挑戦をためらう人たちの背中を押す材料になればうれしいです。
《Bokuの採用担当者 Loke Hwee Wong氏のコメント》
――大坪氏を採用した理由は何でしょうか。
戦略的リーダーシップ、事業遂行力、そして日本の決済・テクノロジー業界に関する深い専門知識という経験を合わせ持つ稀有な人材であることが理由です。
日本は、Bokuにとって重要な戦略市場の1つです。そのため、通信事業者や決済パートナー、加盟店との関係強化、高い成果を上げるローカルチームの育成、そして長期的な成長の加速を実現できるシニアリーダーを求めていました。大坪の経験と幅広い業界ネットワークは、まさに理想的な人材でした。
――日本の採用で心掛けていることをお聞かせください。
日本で採用を成功させるには、忍耐と迅速な意思決定が必要だと感じています。候補者との信頼関係構築は不可欠ですが、適任者を見つけた際には迅速に行動し、重要な意思決定者を早い段階で採用プロセスに関与させます。最終的には、経験だけでなく、学習能力、適応力、カルチャーフィット、そしてBokuの日本市場での長期的成長に貢献できるかどうかを重視しています。

