いつの時代もビジネスの中心に「人を大切にする心と行動」を
愛知県名古屋市に本社を構える人材派遣会社の株式会社ジョブコムは、社員数62名の規模感を活かし、理念の共有と浸透により経営の質を高めている。中小企業経営の厳しい状況が続く中、どのような経営戦略をとっているのか。代表取締役社長の山村欣矢氏に聞いた。
理念は評価制度と紐付けして浸透させる
――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。
株式会社ジョブコムは、オフィスワーク領域の人材派遣、人材紹介、外国人就労支援などの事業を展開する人材サービス会社です。本社は愛知県名古屋市にあり、2026年に創業30周年を迎えます。事業の主軸は派遣で、全体の90%以上を占めます。外国人就労支援事業は、私が代表に就任した23年4月から始めました。
――外国人就労支援を始めた理由は何でしょうか。
今後、DX化やAI導入により事務職ニーズが減少すると予測されますので、介護や製造、外食領域の特定技能生を正社員で企業へ紹介するために始めました。現在は、インドネシアの日本語学校と連携しています。
――なぜインドネシアを選んだのでしょうか。
インドネシアは約2億7,000万人という世界第4位の人口を誇り、平均年齢が29歳ととても若い国です。また、英語が公用語ではないので英語を覚えるか、日本語を覚えるか選択する余地もあります。また、国民性で言いますと、9割がイスラム教徒ではありますが比較的緩めで、信仰の自由が認められており、自己主張が強い外国人が多い中、シャイでおもてなしの心が日本人に近しいことも特徴です。近い未来を想定しても彼らが日本で働く理由と、日本企業が受け入れやすい文化であろうという理由を鑑み、インドネシアを対象国にすることを決めました。私の娘と同じ年ごろの子たちが家族の生活を背負って異国の日本へ働きにくるわけですから、日本に来てよかった、日本で働いてよかったと思ってもらえる支援を心がけています。
――外国人就労支援の他に、山村様が代表に就任されてから注力した取り組みはありますか?
就任して最初の取り組みは、理念の再構築と浸透施策でした。当社くらいの規模の人材会社は、みんなが同じ方向を向いていないと、安定したサービスの提供や、事業運営が出来ないと考えています。言葉だけでなく、しっかりと活用することに意味があるからです。理念を徹底的に議論して構築した後は私から管理職、管理職からメンバーへと日々のコミュニケーションや課題共有の場を設けてそれぞれが向き合える環境を作り上げています。
――たしかに、御社ホームページのトップには、経営理念『大切なひとの、大切なものを、大切に。』が大きく掲げられています。この言葉に込められた意味を教えてください。
私は「いい会社」を創りたいと思っています。「いい会社」とは単に経営上の数字がいいということだけではなく、会社を取り巻く多くの人から「いい会社だね」と言ってもらえるような会社のことです。「いい会社」は自分たちを含め、周りにいる大切なひとをハッピーにすることができると信じています。そこに「いい会社」を創る真の意味があると思っています。そしてこの「いい会社」を通じて社会に貢献していく。そのための道標として言語化された理念が「大切なひとの、大切なものを、大切に。」なのです。
私は社員が大切ですが、当社の社員を大切にしてくれる人に出会うと嬉しいですし、ハッピーな気持ちになります。このハッピーの輪を会社から社員へ、社員から家族、お客さん、派遣スタッフへと広げていこうという想いが込められています。理念は評価制度に紐付けし、理念に基づく行動指針を決めて評価しています。
行動指針は「やりきる」「まきこむ」「よりそう」「むきあう」
――行動指針と評価の方法を具体的に教えていただけますか?
行動指針は、「やりきる」「まきこむ」「よりそう」「むきあう」の4点があります。理念を全うするためには、この4つの行動が必要であり、かつ全員が同じ方向へ進まなければいけません。例えば、求職者の選択肢がA社とB社だったとき、A社の紹介料よりB社の紹介料の方が金額が大きい場合、営業はB社で決めたいですよね。求職者が自らB社を希望すれば問題ないですが、A社を希望しているのに求職者を丸め込んでB社を紹介するようなことは、当社の理念や指針に反します。社員全員が「当然A社でしょ」と言い切れるようになることが、理念が浸透している状態であり、そこを目指しています。
行動指針は、時間をかけてしっかり説明しています。例えば、「むきあう」について。相手と真剣に向き合おうとすると、相手にとって耳の痛いことも率直に伝える必要があり、それによって人間関係がギクシャクすることもありますが、きちんと向き合って修復する努力をしたかどうかが評価ポイントになります。多くの人は修復努力をすることなく諦めますが、一人ひとりが修復努力をし、それが積み重なれば、社風となり、目標達成の追い風になります。さらに、向き合う習慣が身に付けば、子どもや家族にも向き合うことの大切さを伝えるようになると思います。
「むきあう」は、研修にも取り入れています。研修は、自主的に動かなければ成長しません。そのため、研修後に提出されたレポートには、私を始めとする返信担当者がフィードバックして、自発的に日々の仕事の取り組みに入れるよう工夫しています。みな仕事の失敗や部下とのいざこざ、次から実践したいことを赤裸々に書いています。返信担当者も本気で返答するので、徐々に信頼関係や心理的安全性ができてきたと感じます。信頼関係の土台は相手に興味関心がある、「見ている」と感じてもらうことにあります。お互いの信頼関係ができてはじめて、目標に対する厳しい指導に込める思いや、相手への思いやりが伝わります。
評価は、行動評価と成績評価があります。成績評価は、いわゆる目標値への達成度です。「行動をやりきること」即ち正しいプロセスを歩むことが安定した成績に繋がります。そのような意味で当社では結果よりもプロセスを重視しています。「行動をやりきること」と個々人が人生で叶えたいこと、自己実現したいことが紐づいたときに、頑張る意味を見出すことができ、成長するのだと思います。
総じて、会社を取り巻く多くの人から「いい会社だね」と言ってもらえる会社にしたい思いが、私の根底にあります。それを一緒に作っていこう、そのための努力は巡り巡って必ず得として自分に返ってくる、ということを、時間をかけて語り込んでいます。
――企業理念や山村様の思いが浸透している実感はありますか?
私と接点が多いマネージャー層には少しずつ浸透してきた手応えがありますが、全社員という視点で見るとまだまだこれからです。理念を浸透させることは、簡単ではありません。評価制度と紐づけたり、部下との壁打ちを繰り返しながら育成し、信頼関係を築くことで浸透します。ときに社員から指摘を受けて叱られることもありますが、それも大事な意見であり、私が裸の王様になっていない証と捉えています。
とはいえ、創業時から人を大切にする姿勢は変わりないので、一度辞めた社員が、外へ出て改めて当社に戻ってくることもあります。どれだけ便利なシステムがあっても、大切なのは効率化ではなく、効率化によってお客さんや派遣スタッフに価値のあるサービスを提供すること、社員が働きやすくなるかどうかです。例えば、システムの変更は、使う人にとっては正直とても面倒な作業です。使う人に変更の真の意味を理解してもらい、自発的に新システムを覚えたくなる原動力をつくってあげることが、導入を判断した私の務めです。
――山村様の人を大切にする経営スタイルが、お話の節々から感じ取れます。
「社長は偉い人ではない。単に組織を前向きに機能させる役割に過ぎない。だから偉くない人に忖度する必要はない」ということを社員に語り込んでいます。私がこのような姿勢を率先することで、上司や周囲とちがう意見を主張しても、仕事で失敗をしてもみんなが受け止めてくれるという心理的安全性が風土として育まれると思っています。目的はあくまで「社員のみんなでいい会社を創ること」ですから、理念に沿ってこれからも人を大切にしていきたいと思います。
人材業界に入った理由も「人を大切にする思い」だった
――山村様の熱意の原点は何でしょうか。
私は当社に入社する前、不動産会社で賃貸物件の営業をしていました。給与がよい半面、従業員は高収入を目指す人がほとんどで、ライバルの蹴落とし合いは日常茶飯事でした。私にとっては初めての職場だったので、仕事とはこういうものなのかと思いながらも、どうしても気持ちが満たされませんでした。「自分はこんな風に生きたかったのか?」そんな思いを、前社長であり、人の大切さを教えてくれた叔父に相談したことが、ジョブコムへの入社につながりました。
私はいま、仕事が本当に楽しい。この業界、そしてジョブコムに入ったことを、心からよかったと思っています。
――最後に、中長期的な事業構想をお聞かせください。
まだ個人の構想段階ですが、中小企業をサポートする事業を展開したいと考えています。中小企業にとって、派遣は正社員やアルバイトよりも割高で、メリットがあまりありません。一方で、採用は年々厳しくなっています。働き手が足りず売上がますます厳しくなると、経営者は明日の資金繰りに精一杯で、人材育成まで手が回りません。同じ中小規模の当社が、自社の組織力強化のノウハウを共有したり、海外人材を紹介する支援事業を実現したいです。