創業からの実績を活かしたきめ細やかなサービス提供を

ベトナムの転職サイト「べとわーく」を運営するベトナムの人材紹介会社、HRnavi。同社はベトナム企業でありながら、日系企業の経営に造詣が深い点が特長だ。その理由は、代表のグエン・ディン・フク氏を取材することで明らかになった。

人材ビジネスを通じてベトナムのイメージを刷新するため代表に

――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

HRnavi Joint Stock Companyは、2007年に設立したベトナムの人材紹介会社です。ベトナムを始め、東南アジアの転職をサポートする「べとわーく」を運営しています。加えて、国内外の人材サービス会社と業務提携し、ベトナム日系企業への日本人人材紹介も強化しています。現時点の当社従業員はほぼベトナム人で、日本人は2名です。

――フク様が人材サービス事業に関わることになった経緯は?

私と日本との縁は、日本へ留学した1996年に始まります。最初の一年間は、日本語学校へ通いました。翌年から和歌山工業高等専門学校で土木を学び始め、3年生から京都大学へ編入しました。大学4年を終了後、大学院で2年間の勉学を経て、卒業したのが2004年。同年、新卒で京都の京セラコミュニケーションシステムに入社し、06年に会計コンサルティング会社のI-GLOCALへ転職、10年に同社の一事業部であるHRnaviを私が買収する形で引き継ぎ、現在に至ります。

当時、日本でのベトナム人材に対するイメージはけっして良いものばかりではなく、その理由の一つが、不正な採用ルートや人材売買の横行でした。日本とベトナムの両方に愛着がある私にとって、この現状をなんとか変えたい思いが強くあったものの、I-GLOCALは士業が専門であり、人材サービス事業に苦戦していたため、私が引き継いで注力する決意をしました。

――フク様がHRnaviを引き継いでから刷新した事業や業務などはありますか?

それまでの私は日本の企業で働いていたため、引き継いだ当時の給与・評価制度は日本形式で、歩合制ではありませんでした。しかし、ローカルのニーズに応える形で、徐々に成果報酬の比率を高めました。具体的には、報酬を基本給・能力給・賞与の3段階構成にし、四半期ごとに賞与を出す米国式の3P給与体系*にし、22年からは能力給を更に細かく数値化しました。例えば、電話1件で5万ドン(約295円/1ドン0.0059円換算)、面談1回7万ドン(約413円/同)などです。KPIは同業他社よりかなり厳しく設定していますが、そのぶん報酬を高くして、やる気がある人材に来てもらえるように設定しました。

また、私は大手企業で働いてきたため、引き継いだ当初は、日本の大手企業に習い、新卒をたくさん採用して育てる方針でしたが、その後は徐々に新卒の採用数を減らしていき、スキル採用に重きを置くようになりました。

*3P給与体系:Position(職位)Person(能力)Performance(業績)で公平に評価された給与体系のこと

――3P給与体系に変えたきっかけは?

米国の企業に勤務していた友人から「ベトナム人には米国式のほうが合う」とアドバイスされたことがきっかけでした。KPIの設定から始めなければいけなかったのでかなり大変でしたが、数字が明確になったことで、成果もはっきり分かるので、スタッフがおのずと動くようになった点は大きなメリットです。

当たり前のサービスを当たり前に提供する人材会社は意外と少ない

――顧客企業は日系のみでしょうか?

ベトナムの企業もありますが、少ないです。人材紹介の手数料はけっして安くはありませんから、ベトナムでそれを払える企業となると、そもそもの母数が少ない現状があります。ただ、勢いがあるベトナム企業に日本人の優秀な人材を紹介して、新たな展開を見たい気持ちは常にあります。

――御社は本社がベトナムですが、どのように日系企業の新規開拓をしていますか?

現状は、I‐GLOCAL時代にお付き合いがあった企業と、そのつながりの取引に限定しています。たしかに、当社は本社が日本ではないので、日本で働く営業担当者が当方に来たり、日本とベトナムの社内間で人材情報を共有したりできない点があります。できれば今後、何らかの形で、当社の人材にも日本の価値観を感じてほしいです。

ビジネスにおける日本人の価値観は、教科書では学べません。これは、私が日本で働いた経験があるからこそ分かります。例えば、日本で就職して、会社が住居を手配したとします。うっかり家賃を1週間払い忘れたところ、代表から呼び出されてひどく叱られ、「会社の信用に関わること」だと諭される。これは日本人独特の価値観であり、ベトナム人にはない感覚です。

――競合他社とは、どのような差別化をしていますか?

創業18年目の事業の歴史と実績は、当社の大きな強みになっています。創業時からの取引企業が多く、お客様の考えや求める人材などを熟知していますし、採用面でも、創業時から紹介している人材が現在も活躍しています。また、当たり前のサービスを当たり前に実施する点も、当社の魅力になっています。そのぶん、紹介手数料率を他社より高く設定しています。他社より手数料を下げれば今より多くの依頼があるとは思いますが、当社としては、手数料が高いぶん高品質のサービスを提供できる企業であることにこだわりを持っています。

――当たり前のサービスを当たり前、とは?

例えば、候補者に検討中の企業のホームページや事業内容、社風などを細かく説明するサービスです。当たり前だと思われるかもしれませんが、実践している同業他社は意外と少ないです。

加えて、入社が決まった場合も、入社前に求職者との意思確認の面談をするなど、きめ細かなサービスを提供しています。入社直前面談は工数が増えるため、正直なところ実施には消極的でした。ですが、この面談を加えることで直前の辞退率が大きく下がることが分かった今は、積極的に実施しています。

日本式の給与体系の見直しがハイスキル人材の採用につながる

――現在のベトナムのマーケットについて教えてください。

ベトナム全体の景気は、改善傾向にあります。ベトナムには相続税や不動産税がないので、所得が増えた分、貯蓄も増えた人は多いと思います。

採用面では、コロナ禍以降、ベトナムに進出する日系企業数の減少に伴い、日系企業で働きたいベトナム人が転職できるチャンスも減り、以前ほどベトナム人が転職しなくなりました。また、ここ数年で能力の二極化を強く感じるようになりました。学ぶきっかけや意欲がなくて所得が低い層がいる一方で、自己研鑽を続けて日本人よりも高いキャリアと給与を得る人材がでてきました。例えば、ベトナム企業で、企業の経営立て直しのスペシャリストとして働く知人のベトナム人女性は、月給2億ドン(約120万円/1ドン0.0059円換算)を稼ぎます。

――ベトナムで月給2億ドンはすごいですね。優秀な人材を採用するために日系企業が取り組むべき課題はありますか?

日本の企業は、他の外資企業に比べて良い待遇を提供できていない現状があります。ベトナムの企業はスピーディかつ強力な成長を目指して柔軟に給与体系を変えていますが、日本の企業にはあまりその姿勢が見られません。これにより、例えば新卒で日本の会社に入社した場合、その時点でキャリアや給与がある程度見えて、その状態に疑問を感じないまま日本の企業に在籍し続けますが、スタートが米国企業の場合は、途中で日系企業へ転職しても、新卒のときからルートが決まった日本企業の体質が合わず、辞めてしまうという事態が起きやすくなります。

他方で、中には日系企業の雇用形態に安心感を覚えて、給料がさほど上がらなくても日系企業がいいと考えるベトナム人も一定数います。企業側も、新卒採用時には秀でた才能がなさそうな人でも、「いい子だから」「将来性が見込めるから」という理由で採用して育てる傾向が強いのは、日系企業です。日系企業の経営スタイルが肌に合うベトナム人は長く日系企業で働きますので、当社では今のところ、人材が大きく不足する事態には至っていません。

――最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。

AIを活用してチームの能力を向上していきます。すでに当社専用のChatGPTアカウントで提案書や企画書の作成をしており、これまで10点満点中5点だった内容が7点、8点になるほど、質が上がりました。今後は履歴書の自動入力システムも導入するなどして、よりよいサービスをより早く提供できる環境づくりに注力します。