組織変革と事業成長をもたらす「伴走型リスキリング」とは

従業員にリスキリングの機会を提供する企業が増加する一方、なかなか活用されず成果につながらないという声を聞く。今回は、組織変革につながるリスキリング環境の作り方を、Reskilling Camp(リスキリング キャンプ)Company代表の柿内秀賢氏に教えてもらう。

リスキリングには伴走が必要

――最初に、リスキリングキャンプのサービス内容をお聞かせください。

同社は、パーソルグループの中で新規事業開発を担う会社で、リスキリングキャンプカンパニーも、新規事業の一つになります。

サービスの核は、スキル面を支援する“テクニカルコーチ〟とマインド面を支援する“キャリアコーチ〟が伴走しながら、自分でスキルを習得して実務に活かしながら成長していくための支援です。学習者の年齢やキャリア、バックグラウンドなどに合わせてカリキュラムを柔軟に設計して伴走支援できることが、当サービスのもっとも大きな特長です。

――伴走をサービスのポイントにした理由は?

サービスの検証を通じて、リスキリングを完遂させるには伴走が欠かせないと確信したからです。事業化に際し、AWS(Amazon Web Services/Amazon)提供のクラウドコンピューティングプラットフォーム)中級資格の合格者8割を目指す検証を実施した際、受験する従業員の皆様に3カ月で80時間、1日1時間のペースで、仕事をしながら勉強してもらいました。平日1時間の勉強ができなかった人は、土日にまとめて5~6時間勉強してもらいます。受験生さながらの勉強量ですが、オンラインでキャリアコーチをするなどの方法で伴走すると、自主的に勉強を進めるようになり、8割が無事に資格を取得しました。

――どうやって自主的に勉強するマインドに導いたのでしょうか?

AWSの資格を取得することで広がるキャリアや昇給について、具体的に説明しました。「上からの指示だからやれ」と言われると勉強できなくても、自分へのメリットや必要性が分かれば、自主的に学びたくなります。脱落しそうになる度にサポートしながら日が経つうち、勉強の中身が深く理解できるようになり、理解できると面白くなって、もっと学びたいという気持ちになります。ここまでくると、土日は自主的に勉強し、模擬テストを積極的に受け、見事合格します。合格率は8割ですが、完遂率は9.9割でした。この結果からも、伴走は支援の要だと分かります。

リスキリングで組織変革を

――リスキリング支援の事業化を決めた理由について教えてください。

パーソルグループの中長期経営計画の中に、ラーニング事業強化というテーマがあったこと、そして、私自身の経験がリスキリング支援を始める背景にあります。私は以前、人材紹介の部門で製造領域を担当していました。約10年前、原子力技術が盛り上がりを見せた頃、世界トップクラスのシェアを誇る日本メーカーが多く誕生したにもかかわらず、原子力分野の技術者が足りませんでした。そこで、建築分野の施工管理者を引き合わせたところ、想定以上にスキルマッチしました。原子力開発に欠かせない巨大なプラントの建設は、配管や溶接の方法が高速道路や道路の工事に似ているため、スキルが応用できたのです。このとき私は、スキル領域が近い成長産業へ人が移動していくダイナミズムを肌で感じました。ところが、後に担当したIT領域では、類似分野でのスキルマッチングが全く機能しませんでした。IT業界は歴史が浅く、教育の仕組みが確立されていない状態で、すでに活躍している人材は独学で頭角を現してきた人たちばかり。企業はその限られた人材を取り合う状況で、人を育てる土壌はできていないように見えたのです。私は、「IT分野のラーニング事業強化が急務」だと感じ、事業化を決めました。

――御社サービスを導入する企業の特長はありますか?

現状、リスキリングに対する企業のフェーズは4つに分かれています。1つ目のフェーズは「やり始め」、2つ目は「結果が出ないから結果を出したい」、3つ目は「専門人材は採用が難しいから社内異動」、4つ目は「人事制度に入れる」です。2025年に入ってから、3と4を実施する企業が増えました。社内の業務をデジタル化する部署を新設し、異動すると年収が上がる社内制度を作る。すると、そのためにリスキリングや資格取得が必要になります。リスキリングによってAIを活用するスキルが身に付き、生産性を上げたり効率を図ったりする人材が増えれば、組織は成長します。新しいスキルによって、今までになかった業務改善ができるようになります。これまで無理だと思っていた仕事も「やればできるんだ」というマインドに変わります。マネジャーだけでなく、メンバー1人ひとりのマインドも変わり、横の連携も取れるようになれば、より生産性が向上します。

――リスキリングという言葉は、「個人の学び直し」のイメージがありますが、組織のほぼ全員が完遂すれば、組織ががらりと変わるということですね。

それこそが、当サービスが目指す到達点です。リスキリングキャンプが言うリスキリングは、個人の学び直しではなく、組織変革の手段です。この点を伝える意味で、同事業を始めた当初のサービス名『学びのコーチ』を、組織変革まで伴走する意味を込めて『リスキリングキャンプ』に名称変更しました。

「学び直す」ではなく「実績にAIを上乗せ」でさらなる活躍を

――従業員に学習ツールを提供しても全く見てもらえないと嘆く企業もある中で、完遂率99%は驚異的です。個人のマインドを動かすワードがあれば教えてください。

例えば、アメリカでは「年収300万円でもAIを学んでGAFAMなどのテック企業に入社できれば年収1,000万円になる」という現実的な世界が待っていますが、日本でこれまで、そのようなサクセスストーリーが誕生することは現実的ではありませんでした。ですが、AI成長期の今は、デジタル化に乗ることができれば飛躍的な年収アップも夢ではありません。反対に、デジタル化に乗り遅れれば仕事を失ってしまいます。個々人が頑張った結果が反映される時代になったことを、スタート時はもちろん、離脱しそうな時などにもお伝えしています

――伴走するコーチの存在が重要と感じましたが、コーチはどのように育成されていますか?

パーソルグループのプロフェッショナル人材支援サービスや当社にも副業人材を斡旋するサービスの『lotsful(ロッツフル)』などを活用しています。カリキュラム考案や伴走は、AIを熟知して常に情報をアップデートできる人でなければ務まりませんので、テクノロジー業界トップ企業の在籍経験がある人材に責任者を任せています。他にも、AI活用を世に広めたいと思っているハイスキル人材に来ていただき、学習者に伴走しながら、従来の業務と最先端技術を融合させる作業をしています。

――従来の業務と融合させる理由は?

リスキリングに取り組む学習者の中には、その道のプロフェッショナルで、業界をけん引してきた第一人者が多数いらっしゃいます。その方々に「学び直せ」なんて、おこがましいです。学び直すのではなく、これまでの実績や経験にAIを上乗せし、つまり新しいスキルを追加して、さらにご活躍いただくことを目指します。

――本プログラムを実践する企業側のROI(投資対効果)はどのように定義していますか?

主に2つの指標で見ています。1つは「スキルの活用状況」。現状、最新のAIツールを導入する企業は多いですが、その使い方を社員に教えることができる人材が2~3人しかいない会社も少なくありません。当社が伴走してテクノロジーの利用率を上げます。もう1つは「アセスメントスコア」です。受講前後でどれだけスキルが伸びたか、何を自動化し、何が改善されたかを工程で見られるよう可視化します。

――学んだスキルを活用して業務効率を上げた事例があれば教えてください。

例えば、自分の業務の何を自動化できるのか分からない、Microsoft Power Automate(パワーオートメイト/業務自動化ツール)を触ったこともない人事部の50代の社員で、学習し始めて3カ月後に、社員に貸与する携帯電話の名義変更を自動化する仕組みを作った人がいました。

努力している人が報われる社会に

――リスキリングキャンプの対象部署はありますか?

現在は情報システム部やDX推進部、人事部からご発注いただくことが多く、実際に学習される方々はデジタル関連部署、バックオフィス部署、生産系部署の方が中心です。今後は営業部署にも対応していきたいと考えています。そのときには、伴走もAIに任せられると理想です。営業の顧客対応以外の業務を1営業につき1AIが付くことで、限られた人員であったとしても売り上げ拡大が見込めます。

生産労働人口は今後も減り続け、優秀な人材は限られた数社での奪い合いとなり、多くの企業が良質な事業をしたくてもできない状況になっていくと想像できます。そのとき、未経験者で事務作業が苦手でも、人と話すことが好きで誰からも信頼される人であれば、AIの力を借りて優秀な営業パーソンになれるのです。また、これまで道を切り開いてきたシニアにとっても、事務作業を自動化できることで、自身の経験・スキルを活かし、長く活躍することができると思っています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

努力している人が報われる社会にしたい思いは強くあります。リーマンショック時のように、努力とは関係なくリストラされることがあってはいけません。長い年月、その道を極めてきたプロフェッショナルの方々が、AI時代になったからといって排除されるのではなく、これまで積み上げた知識と経験にAIスキルを追加して、最強の人材として活躍し続けてほしいですし、その支援は当社の役目だと考えています。

AIによって人の仕事を奪うのではなく、これまでの努力が報われるように活用する。それが、自分たちのサービスが目指しているところであり、パーソルグループ全体もそう思っていると思います。