Column/News
2022.01.20
コラム
【連載】次世代へつなぐ、人材派遣の底力 ~人材サービスの”公益的発展”のために~
【第一回】 限界を迎えている人材派遣市場で、事業を伸ばすための2つ のアプローチ
※ 本記事はPORTERS派遣ビジネスサクセスマガジン Vol.9掲載記事です。
人材派遣市場規模は拡大するか
人材サービス業界のグローバル組織であるWorld Employment Confederationが公表している「エコノミックレポート2021年版」によると、2019年の世界の派遣社員比率は平均1.6%です。日本は2.3%で、最も高いのはイギリスとオランダの3.0%。その2年前、2017年もトップはイギリスで5.1%と突出して高い比率でしたが、世界平均の方は2019年と同じ1.6%です。
一方、日本国内の推移はどうでしょうか。総務省の「労働力調査」によると、2002年以降の派遣社員数と全雇用者に占める派遣社員比率の推移は以下グラフの通りです。
派遣社員数が最も多いのは2019年の141万人。比率が最も高いのは2008年の2.5%です。リーマンショックなどの影響を受けて凹んでいる時期はあるものの、約20年間、大きくは変動していません。
以上を整理すると、日本は世界平均と同等以上の派遣社員比率であり、その数は140万人程を上限に一定の水準に収まっています。人材派遣事業の売上は派遣社員の数に比例することを考えると、人材派遣の市場規模は概ね頭打ち状態が続いていることが見えてきます。
そんな現状を踏まえた上で、もし今後市場規模が拡大するとしたら、考えられるのは大きく2つのパターンです。1つは、派遣社員比率の上昇。もし、2017年のイギリスのように比率が5%程度に上昇すれば、現在の2倍以上の市場規模に拡大するはずです。
しかしそれは、世界の中で日本の派遣社員比率が突出して高い水準になることを意味します。複雑な日本の労働者派遣法を守る難しさや人材派遣に対する世間の風当たりの強さを考えると、日本で派遣社員比率が5%まで上がる状況は、現実的には想像しづらいと思います。
もう1つのパターンは、雇用者の総数が増えることです。そうすれば今まで通り2%程度の比率を維持していても、必然的に人材派遣の市場規模は大きくなっていきます。しかし、残念ながらそれも現実的とは言えません。日本は若年層の人数が減少を続けており、2008年頃からは総人口も減少に転じました。雇用者の総数が右肩上がりに増える未来像は描きづらい状況です。
以上から、日本の人材派遣市場規模は今後も頭打ち状態が続くことが見込まれます。先ほど見た労働力調査のグラフでは、派遣社員数の伸びは2008年頃までは右肩上がりでした。しかし、この頃の市場感とその後の市場感は全く異なるはずです。さらに、団塊世代の本格的引退と人口減少が重なれば、いずれ市場規模は縮小に向かう可能性が高くなります。
派遣事業拡大のための2つのアプローチ
では、日本の人材派遣事業に未来はないのでしょうか?それは一概には言えません。市場は拡大しなくとも、世界各国の派遣社員比率を踏まえると、引き続き雇用者の2%程度の規模で人材派遣市場は維持されるように思います。右肩上がり前提のイケイケではなく、市場が拡大しない前提で、事業を伸ばす戦略が導き出せるかが鍵となるはずです。労働者派遣法が施行された頃の人材派遣業界黎明期とは異なり、現在では専業の人材派遣事業者は殆ど存在しません。大半は人材派遣だけでなく、人材紹介や業務委託・請負など総合的に人材サービスを展開しています。今後人材派遣市場が拡大しないことを前提とするなら、他の人材サービスで売上利益を増やしていくというのも、時代に合った事業戦略の一つだと思います。また、海外進出という選択肢などもあります。しかしここでは、どうすれば日本の人材派遣市場の中で売上利益を増やせるのかを考えてみたいと思います。
拡大が見込めない市場で売上利益を増やす方法は、大きく2つのアプローチに集約されます。1つは“単価を上げる”アプローチです。軽作業派遣など比較的低単価のサービスを主としている事業者であれば、エンジニア派遣など高単価なサービスへとシフトすることなどが一例です。
しかし、新しい分野へのチャレンジは素晴らしいことですが、軽作業派遣とエンジニア派遣では、顧客層も登録者層も必要とされる知識も全く異なります。30年以上の歴史がある日本の人材派遣市場において、後発分野で競争力を高めるのは容易なことではありません。主戦場を変えれば、そこに新たな競争が待ち構えていることを覚悟して挑む必要があります。
また、人材派遣は単価を上げることにケチがつきやすい業界であることも忘れてはなりません。法律でマージン率の公開が義務づけられているように、世の中からはピンハネ稼業と見なされている嫌いがあります。教育訓練を充実させて付加価値を高めるなど、請求単価を上げる取り組みをする場合も要注意です。不合理な待遇格差是正に配慮しつつ、派遣社員の支払単価の向上もセットで請求単価を上げていく必要があります。
拡大が見込めない市場の中で売上利益を増やすもう1つのアプローチは、市場内での“シェアを高める”ことです。もし、圧倒的な資金力を持つ事業者であれば、M&Aで一気にシェアを高めることが可能です。しかし、それができるのはほんの一握りに限られます。
大半の事業者は、顧客から選ばれる確率を上げ、同業他社との競争に勝つことでシェアを高めなければなりません。そのためには、自社のサービスをさらに磨く必要があります。
顧客である派遣先は、自社のニーズに合致した派遣社員を求めています。当然ながら、人材を集める能力が高い派遣事業者が競争で有利です。例えば、特定の地域や職種など顧客ニーズに合致した分野で強い訴求力を有していたり、潤沢な求人広告予算や豊富な登録者数を有しているなどです。
もし、自社にそれらの強みがなく、人材を集める能力で優位に立つのが難しい場合、さらに別の観点からサービスを磨いて顧客から選ばれる確率を上げなくてはなりません。
例えば、厚生労働省が公表している「平成29年派遣労働者実態調査の概況」によると、派遣先が派遣社員から受けた苦情として最も多いのは「人間関係・いじめ・パワーハラスメント」で54.4%です。次いで「業務内容」27.7%、「指揮命令関係」24.9%となっています。これらは派遣先と派遣社員双方にとって、できる限り事前に察知し回避しておきたいミスマッチであるはずです。
人間関係におけるミスマッチであれば、同僚になる人たちとの面接や食事会など、事前に双方の相性を判断できる機会を設けることで回避できるかもしれません。あるいは、数日間お試し派遣をして相性を確認する仕組みなども良さそうです。
そのように独自に工夫したサービスを開発してマッチング精度を高めることができれば、派遣先と派遣社員双方の課題を同時に解決でき、自社が選ばれる新たな強みにできるはずです。
創意工夫を阻む法制度
しかし、そんなアイデアの多くは、残念なことに実現が困難です。先ほど挙げた面接や食事会で相性を判断する機会を設ける場合、労働者派遣法第26条第6項にて、派遣先は「派遣労働者を特定することを目的とする行為をしないように努めなければならない」と定められています。また、同法第35条の4第1項では日雇い派遣(30日以内の短期派遣)が原則禁止とされているため、数日だけのお試し派遣も制限されます。本来なら、派遣事業者が派遣先や派遣社員の課題を解決しようとアイデアを出し、独自に工夫したサービスを磨いて競い合える市場であるべきです。しかし、実態にそぐわない「歪な法制度」が障壁となり実現しづらいことが多々あります。「歪な法制度」は、“シェアを高める”アプローチにおいても“単価を上げる”アプローチにおいても、工夫余地を狭める障壁となっています。法制度が歪なために、遵法意識が低い派遣事業者の方が競争力を高めてしまい、正直者がバカを見るといった矛盾も生じています。
今の市場は必ずしも、人材派遣事業者同士が健全に競争しやすい環境とは言えません。次回は、そんな環境に大きな影響を与えている「歪な法制度」について掘り下げてみたいと思います。
著者 川上 敬太郎
ワークスタイル研究家
『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。
愛知大学文学部卒業後、テンプスタッフ(当時)事業責任者を経て『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、ビースタイル ホールディングス広報ブランディング部長等を歴任。日本人材派遣協会 派遣事業運営支援委員会委員、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」等メディアへの出演、寄稿、コメント多数。4児の父で兼業主夫。1973年三重県津市出身。日本労務学会員。