Column/News
【連載】次世代へつなぐ、人材派遣の底力 ~人材サービスの”公益的発展”のために~
【第二回】
労働者派遣法改正への提言
~現場実態にそぐわない「歪な法制度」の実情とは?~
※ 本記事はPORTERS派遣ビジネスサクセスマガジン Vol.10掲載記事です。
今の人材派遣市場は、必ずしも事業者同士が健全にサービス競争しやすい環境になっているとは言えません。そこには、「歪な法制度」が大きく影響しています。
前回の記事で、2つ例を挙げました。1つは、事前面接の原則禁止によって、派遣先の人たちと面接や食事会を設定するなどして就業前に相性を判断できないこと。もう1つは、日雇い派遣の原則禁止によって、数日だけお試し派遣しようとしても制限があることです。
これらの規制は、一体誰のために設けられているのでしょうか?
双方の相性を図り、ミスマッチ回避の確率を高める事前面接
もし、派遣先が派遣社員を面接して選んだとしたら、誰か困る人がいるのでしょうか。派遣社員は自分をアピールすることができます。派遣先は面接で質問して如何に優秀な派遣社員なのかを把握することができます。派遣事業者はミスマッチによるトラブルを極力回避することができます。関係者にとって良いこと尽くめのはずです。
しかしながら、派遣先が派遣社員を選ぶと、派遣先と派遣社員との間に雇用関係が成立すると判断されてしまうかもしれません。すると、違法とされている労働者供給に該当する可能性があることなどから禁止されているのです。長く人材派遣事業に携わっている人にとっては当然の知識ですが、法解釈上の論理であり、一般の人には意味が良くわからないのではないでしょうか。
派遣社員が派遣先を選び、派遣社員も派遣先に選んでもらい、双方納得のもとに派遣されたいと思っても、それがかなわないのです。直接雇用での求人応募なら得られる、職場から「選ばれる権利」が、派遣社員には認められていないことになります。
派遣先は人手を必要としていますから、誰かは必ず派遣社員として受け入れることになります。事前面接を行ったとしても雇用機会が失われる訳ではないのです。それであれば、派遣先も派遣社員も、お互いに選び合い、納得した上で派遣される方が就業後のミスマッチを回避できる確率は高まります。あるべきサービスの姿を考えると、事前面接を禁止するメリットが見えてきません。
ニーズの高い日雇い派遣
日雇い派遣の原則禁止についてはどうでしょうか。短期間の労働力確保は、人材派遣サービスの一丁目一番地であるはずです。しかし、厚生労働省のパンフレットには以下のようにあります。
「日雇派遣については、派遣会社・派遣先のそれぞれで雇用管理責任が果たされておらず、労働災害の発生の原因にもなっていたことから、雇用期間が30日以内の日雇派遣は原則禁止になりました」
①雇用管理責任が果たされていないこと、②労働災害の発生原因になっていたこと、という2つの理由が挙げられています。雇用管理責任が果たされていないのは由々しきことですが、それは直接雇用でも生じていることです。不当解雇や賃金の不払い、長時間労働など、雇用管理責任が果たされてない事例は、雇用形態を問わずに頻発しています。日雇い派遣が発生原因だとされる労働災害についても同様です。
日雇い派遣が原則禁止になって約10年経ちますが、①と②が日雇い派遣特有の性質だったと言える要素が見えてきません。であれば、理屈上は日雇い派遣だけでなく、正社員もパートもあらゆる雇用形態を原則禁止にしなければならないはずです。
また、日雇い派遣で働きたい人は、世帯年収500万円以上などの条件を満たさなければ認められません。日雇い派遣原則禁止の例外としてそう定められているからです。これは未だに、500万円“未満”の間違いじゃないの?という声が働き手から聞かれます。収入が欲しいから働きたいのに、収入が多い人にだけ働く権利を認めているというナンセンスなルールです。
日雇い派遣も事前面接も、原則禁止にしているのは日本だけです。他国には、摩訶不思議なルールと映っていると思います。
規制やルールが先行し、霞む真実
そんな不思議な規制は、他にもたくさんあります。マージン率の公開もそうです。マージン率とは、派遣料金(派遣先への請求額)から派遣社員に支払う賃金を引いた粗利益の割合です。仮に、時間当たりの派遣料金が2000円で、派遣社員への支払い賃金が時給1400円であれば、粗利益は2000-1400=600円になります。600円は2000円の30%なので、マージン率は30%ということになります。
このマージン率を見ることで何がわかるのでしょうか。実は、何もわかりません。仮にマージン率10%の派遣事業者をA社とすると、A社はマージン率30%の派遣事業者B社より利益を少なく抑えている分、健全な事業者だと言えるのでしょうか。そんなことはありません。
例えば同じ派遣先で同じ業務に就いている派遣社員をA社とB社から派遣していた場合、A社が派遣料金1500円・支払い時給1350円(マージン率は10%)、B社が派遣料金2000円・支払い時給1400円(マージン率は30%)だったとすると、B社の方が支払い時給も利益率も高くなります。つまり、B社の派遣社員はA社より高給を受け取ることができ、かつB社は高利益体質で経営上の観点からも健全だということです。
逆にマージン率が10%しかないA社は、派遣社員が健康保険や雇用保険、厚生年金など社会保険に加入すると赤字になります。一見すると利益を低く抑えているので良心的に思えますが、むしろ赤字を避けるために社会保険に入れさせようとしない違法事業者である可能性もあります。マージン率を公開などしても、その派遣事業者の健全性の判断には全く役立たないのです。
他にも、同じ派遣社員が同一派遣先で同一業務に従事できるのは3年までと定めたルールも、敢えて正社員などの直接雇用ではなく派遣という働き方を選んでいる人からすると迷惑なルールです。
まだあります。同一労働同一賃金と呼ばれているルールでは、労使協定を結ばない限り、賃金決定において派遣先との均等・均衡を図ることになっています。しかし、派遣先と均等・均衡を図れば、同じ業務に従事していても派遣先が変わるごとに賃金が変わることになります。
そもそも人材派遣においては、既に企業横断的な同一労働同一賃金に近い市場が形成されていました。そこにわざわざメスを入れて、派遣先との均等・均衡を図る考え方を基本に据えると、逆に同一労働同一賃金の実現から遠ざけてしまいます。
派遣社員や派遣先が利用しやすいサービスを提供するために
他にも色々ありますが、ここまで見ただけでも、現行の労働者派遣法は現場実態にそぐわないおかしなルールだらけであることが分かるかと思います。そのせいで派遣事業者がサービス提供しづらいだけでなく、最も大きな弊害は、派遣社員や派遣先にとってサービスが使いづらい状態になっていることです。
では、なぜそのような不可思議なルールがまかり通ってしまうのでしょうか?よく人材派遣業界関係者からは厚生労働省の対応を指摘する声を聞きます。しかし、政令や省令などを除き、基本的に行政は決められたルールを執行する役割です。大本のルールである法律を作っているのは立法機関であり、根底にあるのは政治的な要因だと言えます。次回は、「歪な法制度」がまかり通ってしまう原因について掘り下げてみたいと思います。
著者 川上 敬太郎
ワークスタイル研究家
『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。
愛知大学文学部卒業後、テンプスタッフ(当時)事業責任者を経て『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、ビースタイル ホールディングス広報ブランディング部長等を歴任。日本人材派遣協会 派遣事業運営支援委員会委員、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」等メディアへの出演、寄稿、コメント多数。4児の父で兼業主夫。1973年三重県津市出身。日本労務学会員。