Column/News
【連載】次世代へつなぐ、人材派遣の底力 ~人材サービスの”公益的発展”のために~
【第三回】
バッシングされ続けてきた人材派遣業界。「歪な法制度」がまかり通る背景にあるもの
※ 本記事はPORTERS派遣ビジネスサクセスマガジン Vol.11掲載記事です。
「はっきり言えば、人に首切りをさせる。それが派遣業な訳です」
かつて国会で、そんな答弁があったことをご存じでしょうか。これは2009年の衆議院予算委員会で、時の民主党議員から人材派遣事業について質問を受けた舛添厚生労働大臣の言葉です。その後民主党政権に変わり、日雇い派遣の原則禁止やマージン率の公開などが施行された2012年の派遣法改正へと至ります。
前回は、現状にそぐわない歪な法制度が現在の派遣事業を苦しめている実情についてご説明しました。今回はその法制度と、派遣業界に対するマイナスイメージが広まった背景について掘り下げます。
激動のリーマンショックとイメージ操作
確かに、2012年の派遣法改正に至るまでの人材派遣業界は、決してコンプライアンス意識が高いとは言い難かったように思います。派遣社員の社会保険未加入が問題となり、多額の追徴金を支払った会社もありました。また、人材派遣会社大手が二重派遣などの法違反を繰り返したり、旧グッドウィル社のデータ装備費問題の発覚、有名雑誌に『「悪魔のビジネス」人材派遣業』などというタイトルの記事が掲載されたりと、人材派遣業に対する世間のイメージは低下の一途を辿っていました。
さらに、東京・秋葉原で起きた連続殺傷事件は、当初犯人が派遣契約を解除されたことが原因であるかのように報じられたりもしました。そんな流れの中で発生したのが、リーマンショックです。
リーマンショックにより多くの働き手が憂き目に遭いましたが、派遣社員は契約満了も含め、最も顕著に仕事を失った層だったと言えます。当時、派遣事業者は必死になって他の派遣先を探し、派遣社員の雇用を維持しようと努めました。しかし、中には強権を発動して雇用契約を中途解約し、派遣社員用の寮から追い出すようなことをした事業者もありました。
そんな負の部分に焦点を当てて一斉に報じられたのが、“派遣切り”という言葉です。派遣契約の更新をせず契約満了で雇用終了したケースも、派遣契約の途中で雇用契約を強引に中途解約したケースも一緒くたにして、すべて派遣切りと呼ばれました。派遣切りという言葉は今でも日常で使われるほど浸透してしまった、当時の負の遺産の一つです。
そしてリーマンショック後の年末には、東京・日比谷公園に“年越し派遣村”が設置されました。仕事を失った派遣社員が真冬の公園に集まり、炊き出しを受ける姿が連日テレビで流れました。その後、派遣村に集まった人たちの中で派遣切りにあったという人は2割程しかいなかったと伝えられたりもしましたが、派遣村というネーミングにより、そこに集まった人たち全員が元派遣社員であるかのような印象を世の中に抱かせました。
「派遣は悪」というイメージが社会に浸透してしまうと、人材派遣を攻撃すればするほど世間の支持を集められるという状態になります。2012年の派遣法改正は、そんなムードの中で規制色の強い法案が出され可決成立しました。10年経った今もその影響は続いています。そして、当時より緩和された感があるとはいえ、派遣は悪だと攻撃する主張が世の中にウケるという雰囲気もまだ残っています。
2015年に出演させていただいたテレビ番組の収録前、派遣を悪と見なす主張を繰り返していた国会議員のお一人と楽屋で話したことがあります。そこで開口一番切り出されたのは、次のような言葉でした。
「派遣社員には本意型と不本意型がいることは重々存じ上げている。立場上言い切らなければならないが、忸怩たる思いがある」
つまり、所属する政党の方針や支持者たちの手前、自ら望んで派遣社員になっている本意型の存在は無視し、不本意型派遣社員しかいないかのような体で主張しているということです。なぜ、そのようなことをするのか。政治的に支持を得るために必要、平たく言えば、その方が社会からのウケが良いからです。それが国民の誤解を招いていると伝えましたが、確信犯として主張している以上、その後の収録時も姿勢が変わることはありませんでした。
非正規社員の大半はパート・アルバイト
日本の雇用問題は小泉政権及び竹中氏が派遣社員を増やしたことが元凶だと激しく主張する声が未だに聞こえたりするのも、派遣は悪と主張するとウケが良いからに他なりません。最近も発信力のある有名市長が、日本の賃金減少は派遣労働の拡大が原因だとする主旨のツイートをしました。これら極端で誤った主張が繰り返されてしまう背景の一つに、世の中の多くの人が派遣社員と非正規社員を混同している現状があります。
日本の雇用者の中で最も多いのは、正社員と呼ばれている人たちです。全体の約6割を占めます。それ以外の4割が非正規社員ですが、非正規社員の7割はパートとアルバイトです。派遣社員は6%程度しかいません。全雇用者に占める割合でいけば3%未満です。
しかし世間では、“非正規社員=派遣社員”であるかのように混同されている嫌いがあります。つまり、漠然と派遣社員が全雇用者の4割を占めると思っている人がたくさんいるということです。これまで世間に伝えられてきた情報の積み重ねが、如何に誤った認識を植えつけてきたか。この状態を覆して認識を正すには、大変な労力が要ります。
2015年の派遣法改正の際には、法改正によって派遣社員が一気に増え、正社員がゼロになるという荒唐無稽な主張を繰り返す政党まで現れました。法改正から7年が経ちますが、ご存じの通り派遣社員の比率は大きく変わらず、正社員はゼロになるどころかやや増えました。それでも、世間に派遣は悪という刷り込みが根強く残っている限り、正社員ゼロのような主張は今後もウケ続け、繰り返されてしまうと思います。
次の世代へ、問題を先送りしないために
ただ、だから人材派遣業界は誹謗中傷にさらされてきた被害者でしかないかというと、そうとは言い切れない面もあるように思います。ここまで見てきたように、人材派遣業界はバッシングを受け続けてきました。派遣社員や派遣先のために一所懸命サービス提供に勤しんできた派遣事業者は、ずっと辛い思いをしてきました。しかし、年越し派遣村や派遣切りなど、悪意すら感じる報道がなされた一方で、人材派遣業界が反省すべきこともあったはずです。悪辣な派遣事業者の排除や不本意型派遣社員へのサービス拡充など、改善すべきことはまだまだあると思います。
また、派遣社員は3%に満たない特殊な働き方であること、派遣社員の中には本意型と不本意型がいることなど、基本的な情報が未だ社会に伝わっていません。きちんと情報を伝える努力がまだ不十分だと思います。歪な法律にもへこたれず、適応してきたことは凄いことです。しかし、今も事業ができているからと法制度や社会の認識を正すことから目を背け、現状維持に甘んじてはいないでしょうか?
「今も派遣を悪と決めつける人たちはいるけど、事業は上手くいっているから」と、現状のままで構わないという判断もあるのかもしれません。しかし、過去のツケは先送りされてしまうことになります。人材派遣業界で働く人たちが、誇り高く胸を張って堂々とサービス提供できる状態にしたいと考えるならば、取り組むべき術はあります。鍵を握るのは広報力です。次回は人材派遣業界が進むべき道について掘り下げたいと思います。
著者 川上 敬太郎
ワークスタイル研究家
『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。
愛知大学文学部卒業後、テンプスタッフ(当時)事業責任者を経て『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、ビースタイル ホールディングス広報ブランディング部長等を歴任。日本人材派遣協会 派遣事業運営支援委員会委員、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」等メディアへの出演、寄稿、コメント多数。4児の父で兼業主夫。1973年三重県津市出身。日本労務学会員。