Column/News

2022.10.06
コラム

【連載】次世代へつなぐ、人材派遣の底力 ~人材サービスの”公益的発展”のために~

【最終回】
人材派遣業界が新時代への扉を開くには?“広報力”を含む3つのキーワード

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※ 本記事はPORTERS派遣ビジネスサクセスマガジン Vol.12掲載記事です。

「すみません。正社員にはなりたくないんです」

 担当営業としてサポートしていた派遣社員から、ハッキリとそう言われたことがあります。派遣先は、日本を代表するグローバル企業。正社員としての就業を希望する人から見れば、あまりにもったいない話です。そのように正社員の誘いを断る派遣社員は、決して少なくありません。

 確かに、正社員は派遣社員よりも安定性の高い働き方です。しかし、正社員になると人事異動で職務や職場が変更になったり、朝礼や飲み会に参加しなければならないなど、希望の職務以外の役割が色々と増えてしまいます。そんな「就社」を拒み、飽くまで自分が携わりたい仕事内容にこだわる「就職」を希望して、敢えて派遣社員の道を選ぶ“本意型”の人がたくさんいます。
 

広がりやすいネガティブ情報

 しかしながら、派遣事業とは無縁な一般の人が、そんな本意型派遣社員に関する情報を目にすることはまずありません。なぜなら、メディアで取り上げられることが少ないからです。一般の人が目にするのは、急に雇用契約を解約されて路頭に迷ったり、低賃金で家賃もまともに払えないなど、苦しい状況に置かれている“不本意型”の派遣社員の事例ばかりです。

 不本意型派遣社員の事例を見た人は、「派遣はけしからん!」という思いを強くすることになります。不本意型の事例や違法行為に携わった派遣事業者のニュースばかりを目にしていれば、否定的な意見が多くなるのは当然です。そして、法制度もそんな民意に準ずることになります。

 では、なぜメディアは不本意型派遣社員の事例や派遣事業者の違法行為の情報ばかり伝えるのでしょうか?理由は大きく2つあります。1つは、不正や犯罪などのネガティブな情報は生活を脅かす問題に直結するだけに世の中の関心を集めやすく、ニュースバリュー(報道する価値)が高いと判断されるからです。そしてもう1つは、人材派遣サービスに対して否定的で問題意識を持っている人たちの方が、積極的にメディアに情報提供しているからです。

 一方、本意型派遣社員の存在や人材派遣サービスのメリットなどポジティブな情報をメディアが進んで取り上げることはまずありません。それは決して人材派遣のことを嫌っている訳ではなく、ネガティブな情報に比べて、具体的なニュースバリューがわかりづらいためです。さらにポジティブな情報が提供される数も少なければ、どうしてもメディアが伝える情報はネガティブなものばかりになってしまいます。年越し派遣村や派遣切りなどの報道が世間を駆け巡った際には、人材派遣業界側からの情報発信が不十分だった結果、世間の目に触れる情報はネガティブな内容一色になってしまいました。
 

情報の非対称性を解消する

 メディアへの情報発信とは、決して人材派遣に対するイメージを美化する活動をしようということではありません。実情を伝えるということです。誤解があれば真摯に説明し、問題があればきちんと認めた上で改善策などの情報を発信しなければ、世の中に人材派遣の実情は伝わりません。

 「本当に良いサービスであれば、アピールなどしなくても自然と伝わるものだ」「下手に発信して炎上するくらいなら、何も言わない方がマシだ」など、沈黙は金を決め込んだ方が賢明だという考え方もあるでしょう。しかし、何が事実なのか世の中の人たちが認識できるよう、人材派遣事業の現場が知っている情報を伝えることは社会に対する責任です。

 派遣事業の当事者が情報をオープンに発信すれば、世間の人々は他からの情報とも比較する選択肢が得られます。人材派遣サービスの良い面も悪い面も、両方が見えてこそはじめて、実像は共有されるのです。しかし、実像を見えづらくしてしまえば、人材派遣業界全体が誤解を受けるだけでなく不正事業者にとっては格好の隠れ蓑となります。穿った見方をすると、人材派遣業界が積極的に情報発信しないのは、実像が見えづらい状態を維持した方が都合が良いと考えているからではないか、と邪推されてしまっても仕方ない面があるということです。

 派遣事業現場の最前線でサービスを提供する人たちが、思い切って活動しやすい環境を構築するためには、世間との間にある情報の非対称性を解消する必要があります。今生じている情報格差は、人材派遣業界から世の中への情報発信が不十分だったツケです。さらにツケを増やすのか。それとも勇気を持って実情を発信していくのか。岐路は今目の前にあります。
 

カギは“広報力” 三方よし実現への強い姿勢

 人材派遣サービスが社会的信頼を得て法制度が正常化され、健全なサービス合戦がしやすい環境になれば、派遣社員も派遣先も、さらに良いサービスを心地良く利用することができるようになります。そんな状況に変えていくために欠かせない重要なキーワードこそ、積極的に情報発信し続ける“広報力”です。

 さらに、これからの人材派遣業界にとって重要なキーワードが2つあります。1つは“不本意型ゼロ”。派遣事業者に売上利益をもたらしてくれるからと、本当は派遣以外の働き方を望んでいる人を無理やり長く派遣就業させるといった姿勢では、世の中に積極的な情報提供などできるはずがありません。不本意型派遣社員には、本来望む働き方へと移れるよう支援しつつ、派遣先にも理解を得て、つなぎだと納得した上で働いてもらえば、その間の派遣就業は本意に変わります。

 本意型になれば派遣社員は気持ちよく働くことができ、その働きぶりがパフォーマンスへと反映されれば派遣先の満足度も高まります。そんな本意型の派遣社員ばかりになっていくと、世の中は人材派遣サービスのポジティブな事例で溢れることになります。

 もう1つのキーワードは、“インテグリティ”(integrity:誠実さ・真摯さ)。コンプライアンス(compliance)という言葉は法令遵守という意味で使われますが、世の中の変化は早く、法制度が追いついていないことがままあります。時代の変化を先取りして、より良いサービスを提供しようとするのであれば、法制度を後追いして守るというスタンスでは間に合いません。能動的にあるべき姿を実現しようとするインテグリティの姿勢こそ重要です。

 また、オープンかつ積極的に情報発信していくには、派遣事業者自体が健全な会社でなければなりません。さらに、法の隙間を突く対応を求めてくるような派遣先には、お客様の要求だからと安易に受け入れてしまうのではなく、NO!を突きつけることで逆に違法行為に陥らないよう派遣先を守る毅然とした態度も必要です。そんな振る舞いの軸になるのもインテグリティです。

 “不本意型ゼロ”と“インテグリティ”を追求して、派遣社員・派遣先・社会の三者のWin-Win-Winを実現し、“広報力”を磨いて積極的に情報提供することで、世間との情報格差を埋める。そんな循環を生み出す中で派遣事業者自身の業績を向上させていけば、人材派遣サービスは社会的信頼資産を積み上げて新時代の扉を開き、公益的発展の道を力強く駆け上がっていくはずです。

著者 川上 敬太郎



ワークスタイル研究家
『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。
愛知大学文学部卒業後、テンプスタッフ(当時)事業責任者を経て『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、ビースタイル ホールディングス広報ブランディング部長等を歴任。日本人材派遣協会 派遣事業運営支援委員会委員、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」等メディアへの出演、寄稿、コメント多数。4児の父で兼業主夫。1973年三重県津市出身。日本労務学会員。