成長を支えるマネジメントの極意は「チームを信じる」こと
創業期の赤字経営から一転、競合企業が脅威を感じるほどの成長を遂げてきたシンガポールの人材支援サービス会社、グッドジョブクリエーションズ。赤字経営からの脱却と成長の理由を、同社代表取締役社長の芝崎公哉氏に聞いた。
日系オンリーからローカルに根付く企業へ
――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。
グッドジョブクリエーションズは、2006年にシンガポールで設立した人材支援サービス会社で、2011年にウィルグループの一員となりました。シンガポールの企業に向けた人材紹介・人材派遣を中心に、総合的な人材採用ソリューションを提供している、シンガポール国内最大級の日系人材エージェントです。現在の営業メンバーおよび利益構成は、紹介4に対して派遣1です。
――芝崎様が代表取締役社長になられるまでのキャリアも教えていただけますか?
私は、大学在学中にスウェーデンの国立大学へ1年間留学しました。帰国後、2011年にウィルグループに新卒入社し、コールセンターに特化した人材派遣の現場担当者や新規事業の開発、マーケティング業務に従事しました。この頃、11年に買収したグッドジョブクリエーションズが成長過程に入り、英語が話せる日本本社の人が欲しいということで13年に私がシンガポールへ赴任し今日に至ります。
シンガポールでは、人材紹介の営業とキャリアコンサルティングから始めました。ローカルチームを立ち上げ、現地のコンサルタントと同様にシンガポール人に対してキャリアコンサルティングを行い、14年には初めての自分の部下ができました。その部下は前職でキャビンアテンダントをしていた男性で、未経験での採用でした。彼に業務を教え、彼が初めて契約成約を決めたときは、自分の成約よりも嬉しくて。そこで、「自分はマネジメントが好きだ」と気付き、いずれはマネジメントの長になるという目標ができました。そして18年、31歳で同社の代表取締役社長に就任しました。
――ローカルチーム立ち上げ時のミッションや現状について、詳しく教えていただけますか?
立ち上げ当時の人材紹介の売上は、ローカルよりも日本人候補者のほうが高く、当時ローカル候補者担当だった私は、なんとかローカルチームを盛り上げたいと考えていました。同時に、年々シンガポールのビザ取得基準が厳しくなっていましたので、今後は日本人紹介が難しくなることを予想しており、ローカル人材の紹介売上拡大は必須でした。
――グッドジョブクリエーションズはもともとローカル企業なので、意外です。
買収するまで代表が日本人だったこともあり、取引先企業はほぼ100%が日系企業でした。日系企業のお客様だけに頼らない経営ができるようになったのは、私が赴任して7~8年経ってからですが、現在も紹介事業の60%は日系企業です。ただ、候補者については、日本人候補者よりローカルの方が圧倒的に多くなりました。シンガポール政府が自国民の雇用を守る国策を続々と打ち出し始めたこともあり、今後は今まで以上にローカルの紹介に力を入れていく必要性があると感じています。
――ちなみに、買収企業をグッドジョブクリエーションズに決めた経緯は?
グッドジョブクリエーションズは06年に設立され、シンガポールと香港が拠点でした。後に、香港の法人は大手人材会社が買収しました。シンガポールは経営状況が芳しくなかったものの、ライセンス周りをしっかり整えていたことが海外初進出のウィルグループにとっては安心材料となり、買収に至りました。
コロナ前に始めた派遣事業が波に乗り成長路線の一助に
――日系企業とローカル企業への営業方法の違いで困ったことはありましたか?
ありました。日系企業では、話のきっかけづくりを兼ねた挨拶訪問が通例ですが、非日系企業の場合、なにか先方にメリットがなければ「なぜ会う必要があるの?」と一蹴されます。そこで我々は、メリット付きの飛び込み営業で対話の機会をつくりました。例えば、現地の人事担当者がよく使うウェットティシュを玄関先で手渡して、話のきっかけをつくるなどです。シンガポール人はノベルティを喜んで貰ってくださる人が多く、この作戦は成功でした。その後は、毎年の昇給率や業界別の給与ベンチマークリストを配ったり、メール配信をしたりしながら、少しずつコネクトしていきました。
――営業担当者は現地採用ですか?
最初は現地採用をしていましたが、事業スキームが未熟だったこともあり、優秀な人材の採用と定着が容易ではありませんでした。16年からは英語をネイティブレベルで話せる日本人を新卒採用して育成するスタイルを導入し、現在は専任営業担当者4名全員が帰国子女のチームになりました。当社では、新卒は全員営業から始め、ある程度の実績ができてからコンサルティング業務を実施します。どちらもしっかりと経験した上で360度(候補者と採用企業の両方を担当する)担当を任せています。360度型を導入したのはここ2~3年で、以前はどちらか片方の180度型でしたが、業界によっては180度ではお客様と話が嚙み合わないことがあるので、どちらも対応できる環境に変更しました。営業活動を通じて企業を熟知した担当者がコンサルティングを行う360度型は、サービスの質の向上と信頼につながりました。
――派遣事業は、芝崎さんが代表になられてから始めたサービスですよね。
はい。紹介事業は毎月ゼロからのスタートですが、派遣事業は翌月の売上がある程度予測できますので、いずれ派遣も事業化したほうがいいと考え、代表になる2年ほど前から派遣事業経験者2名にオファーをしていました。ちょうど私が代表になったタイミングでジョインしてくれることが決まり、2018年に派遣事業をスタートしました。派遣事業は、成功報酬型の紹介事業と違い受注の難易度が高く、毎日100本以上の営業電話やメールでのマーケティングを約8か月間続け、9か月目以降にようやく小さなプロジェクトを受注しました。その後も業界や期間を問わず幅広い要望を引き受けながら実績を積み上げましたが、チームが2名から10名に増えたときに世の中がコロナになりました。旧正月の前日に200人のPCR検査会場スタッフのオーダーがあり、休み返上で手配するという大変な思いをしましたが、この経験により、医療系派遣をする企業として認識され始めました。
医療系特化派遣としてPRを始め、22年辺りには医療系のプロジェクト受注がメインとなりました。国営の病院は入札が多いため、1日100本の営業電話を行うスタイルから、入札資料の作成や戦略づくりにシフトしました。コロナ禍においては、多くのお客様が正社員の採用を控えたため人材紹介事業は大打撃を受けましたが、コロナ禍前に派遣事業を始めておいたおかげで、当社は生き残れたと言っても過言ではありません。
職種別ポートフォリオで提案スピードとマッチング精度をアップ
――競合との差別化をどのように図っていますか?
競合と比べると、社員の経験値や給与額については遠く及ばず同じ土俵では戦えません。そのため当社では、若手採用に注力し、未経験から稼ぎ上げていくスキームをつくることに注力しています。若手採用の副産物として、若さと元気がお客様の印象に残るようで、よく「いつも元気な会社ですね」とお褒めいただきます
――特に他社より勝っていると思われる特長はありますか?
正直、多くはありませんが(笑)、強いて言えば、コンサルタントのポートフォリオは一般的に業界別に分けていることが多いですが、当社は特定の業界以外は、営業、マーケティング、エンジニア、人事や経理など職種で分けているため、得意とする職種のオーダーをいただいた場合の候補者提案スピードは、他社より早いと思います。
――なぜ業界ではなく職種別に分けたのですか?
初期は人員も案件も少なく、業界分けするほど従業員数がいなかったというのが正直なところです。最初は、営業やマーケティングなどのフロントと、経理や人事、リーガルなどのバックオフィスに分けている程度でした。フロントとバックオフィスでは提案までに求められるスピードや精査量がまったく異なりますので、職種で分けました。今となっては、職種別にしたことで、よりスピーディーかつマッチング精度の高い成約につながっていると感じています。
「日本の当たり前が通じない」を理解したマネジメントを
――シンガポール人材のマネジメントについて、アドバイスをお願いします。
日本人の当たり前が通じないことを理解して、対話する必要があります。例えば、出社時間を守るのは日本人にとっては当たり前ですが、シンガポール人からは「なぜ9時までに出社しないといけないの?」と聞かれ、その説明から始めることになります。また、トップダウン型のマネジメントは好まれません。何かを始めるときには必ず理由を説明し、しっかりコンセンサスをとってから始めることが大切です。組織の成長には、知識や経験の蓄積による熟練度の向上、ひいては従業員の定着が鍵となりますが、シンガポール人の80%以上は2~3年で転職を繰り返し、その都度給与を上げていくような働き方をします。一方で10%程度は給与やタイトルよりも働きやすさや安定性、職場環境や人間関係のよさなどを重視し、10年以上同じ会社で仕事を続ける人もいます。このような方々は、経営者などのトップが変わると、一緒に辞めてしまう人が多いです。この点は、意外に日本人のほうがドライかもしれません。多くの人材が2~3年で転職を繰り返す入れ替わりの激しい現場にて、新入社員が1日でも早く活躍できるようなオペレーションを確立しつつ、その中から長年に渡り共に成長を続けてくれるメンバーが出てくることを信じ、対話を続けることが大切だと思います。マネジメントは、〝信じ続け、裏切られ続ける仕事〟。諦めたり腐ったりしないで、とにかく相手を信じ続けて対話することで、組織の成長への道が開けると考えています。
――最後に、今後の市場予測についてお聞かせください。
昨今、シンガポールでは、ビザの規制がどんどん厳しくなっています。外国人がシンガポールで働くこと自体が難しくなってきている中で、日系企業も多くがローカライズにアクセルを踏んでいる状況です。当社はGMやマネージャーなどの事業責任者や中間管理職層はすべてローカル人材です。これは、長期的にローカライズされた組織を安定化させるポイントだと思っています。シンガポールはジョブ型雇用のワークスタイルが定着している一方で、さまざまな仕事を与えて、求めることを刺激的だと捉えてくれる人も多くいます。対話を続けながら、メンバーが求めているキャリアや仕事を、一緒に創っていくことが重要だと日々感じています。