ワンストップサービスで攻めの経営を支援

日系企業のプレゼンス低下が危惧される中、多くの人材サービス会社が取引先へ賃金や人事の制度見直しを提案している。今回は、採用企業へ提案するだけに留まらず、自らも人事刷新を進めグローバル企業を目指す、パソナリクルートメントタイランドの代表、鉤伸秀氏に話を聞いた。

人材に関するあらゆる課題をワンストップで支援

――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

パソナタイランドグループは、主にタイ人と日本人の採用支援、適性検査、採用マーケティング・プロセス代行、研修、評価制度、賃金制度、エンゲージメントサーベイ、360度評価などのコンサルティング事業から再就職支援まで、人事の入口から出口までをサポートする総合人材サービス会社です。グループ会社では海外人材紹介ライセンスを取得しており、最近はタイ人高度人材を日本へ紹介するビジネスも展開しています。

――続けて、鉤様のご経歴をお聞かせください。

私は、2004年に株式会社パソナに入社し、大手製造メーカーの営業職に7年間従事し管理職を経験後、14年に同グループのマレーシア法人の立ち上げが決まり、責任者として赴任しました。マレーシア人2名と小さなレンタルオフィスからスタートして、4年間マレーシアで勤務した後、18年にタイへ来ました。現在、マレーシア法人にも籍を置き、23年10月からはASEAN5カ国(タイ・マレーシア・シンガポール・ベトナム・インドネシア)の人材紹介部門を統括しています。

――ASEAN5カ国はそれぞれ自立した組織だと思います。統括の必要性を感じた理由は?

ASEAN5カ国の拠点は、設立した年度や事業戦略も国ごとに大きく異なるため、人の連携はできてもシステムやマーケティング等、情報共有という面での課題がありました。事業戦略については国ごとのカルチャーに合わせて各国のトップが指揮を執る形をとっていますが、ビジネスの根幹は同じなので、システムやマーケティング等において積極的に共有・共通化することで、より効率的にシナジーを生むことができると考えました。そこで、2年ほど前からインフラ整備を開始し、ポーターズなどのシステムを導入しました。最近はリクルーティングの質と量を見える化した事業計画を立て、都度連携をとっています。

また、採用企業も人材紹介会社も採用したら終わりではなく、採用後には、各役職・ポジションに応じた研修や、評価・賃金を決め、それぞれの従業員のパフォーマンスを高める必要がありますが、各国ともにこうした人事領域の事業を幅広く展開しています。これらのサービスを当社でまとめてご提供できれば、一連の流れに矛盾や無駄が生まれにくく、一貫した業務を行うことが可能ですので、お客様のコストや手間の面でも有益だと考えています。

――ワンストップで依頼する企業側のメリット例を教えてください。

例えば、採用した人がすぐに辞めてしまう原因の一つに、採用した人材と社風や人事制度が合っていないということがあります。ほかにも、思っていた仕事や環境と違った、などという理由で退職するようなケースもあります。採用過程のマッチングでできる限りミスマッチを低減していくお手伝いはもちろんですが、時には、企業文化を変革したり、既存メンバーのマインドセットから変えていく必要があります。そのためには各種制度の変更や研修が必要です。これらを一気通貫してご提供できる点は、当グループの強みといえます。

求人検索ワードが「ポジション」から「企業名」に変化

――タイの求人企業や求職者の最近の動向を教えてください。

求職者の動向としては、タイ人の仕事の探し方が大きく変化しました。JobsDBのデータによると、2021年には、タイの求職者が求人検索で使用したキーワードとして最も多かったのは「会社名」で51%、2020年の38%から増加しました。一方で「Sales」や「Accounting/Accountant」などの「ポジション」で求人検索する人は、前年の41%から32%に減少しました。これは、「〝良い会社〟で働きたい」という意識が高まっていることの現れだと思います。

彼らの考える「良い会社」とは、フレックスやワークフロムホームなどの柔軟性がある、人材を大事にする方針や制度が充実している、キャリアアップ・スキルアップなど人材育成に力を入れている、適性な給与や報酬である、やりがいと誇りをもって働ける、などの、エンプロイヤーブランディングに強い会社を指します。

特にタイ大手企業は、エンプロイヤーブランディングのPRに力を入れています。社内制度や体制を整備し、従業員になると多くのチャンスやベネフィットがあるなど働く側の目線でのPRに力を入れ、従業員・求職者に対してのブランディングを強化しています。一般的にEVP(Employee Value Proposition)「従業員が組織にもたらす価値と引き換えに、企業が従業員に提供する価値」とも言われますが、自社のこれらの情報が従業員や求職者の期待に応えられているか、また正しく伝わっているのかを見直す必要があると思います。

このような背景もあり、企業側の動向としては、社員一人ひとりのパフォーマンス向上や会社へのロイヤリティー向上を目的とした研修のニーズも高くなっており、営業スキル、マインドセット、チームビルディングなどの集合研修や、人事機能を強化するために人事責任者向けコーチングなどのご相談も寄せられます。特に最近は、賃金制度の見直しに関するご相談が極めて多く、他にも職場風土の改善などを目的としたエンゲージメントサーベイ、360評価制度の相談も増加傾向にあります。

またリテール(小売)関連企業からの問い合わせが多くなりました。店舗スタッフなど、一度に複数名の採用を行う際の採用マーケティング・プロセス代行など、以前にも増してより一層採用活動にフォーカスしなければいけない状況になっていると感じています。

――採用における日系企業の課題は何でしょうか?

自社のこれからの中長期的な事業プランに合わせたエンプロイヤーブランディング、採用基準の見直しは必要だと思います。タイの日系企業の多くは製造業で、主要取引先と共に進出した企業も多く、既存顧客を維持してロイヤリティーを高め、シェアを維持または拡大しながらコストは削減するなど、守り重視の経営でした。そのため、多くの日系企業はこれまで、真面目でコツコツと長く勤めてくれるタイプの人材を主に採用してきました。もちろん、このような人材もポジションによっては必要となりますが、最近では、親会社や取引先の影響、またはコストの上昇、市場の変化、中国をはじめとする諸外国の進出による競争の激化により、新規開拓、販路拡大、投資など、攻めを重視した経営が求められるようになりました。これまで採用してきた人材の中には、組織の変化に伴う、新規企業開拓や販路拡大などに対して苦手意識を示す人も多く、攻めの経営に転じるには大きな課題となることがあります。

このような状況下では、市場や事業戦略に合わせて採用基準を見直し、新たなジャンルの人材の採用や、評価・賃金などの人事制度の見直し、研修の拡充などが必要になりますが、その根底には『変化への覚悟』が必要です。自社がどこを目指して、いま何をすべきといった明確なビジョンを打ち出し、その実現のためには、一時的、表層的な対策ではなく、これまでの企業文化、習慣、マインドセット、そして社内制度など、大きな変革を実現する覚悟が必要なのだということを伝えられるように我々も働きかけています。

グローバルブランド・パソナを目指す

――最近は日系企業の管理職が駐在からローカライズの方向へシフトする傾向にありますね。

ASEANの在留邦人数の減少をみても、その傾向にあると思います。外務省の統計によると、2023年度のタイの在留邦人数は、前年度比で約6,000人減少しました。2021年度の約8万2,500人をピークに、2023年度は約7万2,300人ほどになりました。ベトナム、マレーシアもこの1年で10%以上減少しており、ASEAN5カ国ともに激減しています。

マネージメントのトレンドとして、現地の事業は現地の人に任せるようになりつつあります。当社も代表の私は日本人ですが、副社長はタイ人です。たしかに、現地を知る人が指揮を執るメリットは多々ありますが、一方で、日本人による日本流の繊細なマネージメント、また本社との信頼関係によって海外部門を維持・拡大できている日系企業も少なくありません。その上でなお、現地化を成功させるには、ローカルスタッフの会社に対する高いエンゲージメントの土台が重要と考えています。エンゲージメントとは、会社のポリシー、事業方針、事業内容、各種制度、環境などに対する信頼であり、ロイヤリティーとも言えますが、会社のビジョンを共有しながら任せられる現地のマネージメント人材がきちんと存在しているか、エンゲージメントなしに方向性だけが独り歩きしていないか注意が必要だと考えます。

――御社の支援で日系企業の事業拡大につながった事例を教えてください。

一例ですが、日本人駐在員の後任としてタイ人の次期社長候補の採用を支援した実績は複数あります。ある会社では、社外からの新しい考え方で市場を拡大し、新システムの導入で事業が成長しました。また、エンゲージメントサーベイを実施した会社では、コミュニケーションをとっていたつもりが、会社の目標、ゴールがまったく浸透していないことが判明し、コミュニケーションの方法を改善したところ、主体性が劇的に向上したという実例もあります。

――まさに御社が目指す、ワンストップのご支援の事例ですね。

多くの海外法人の責任者の方々のバックグランドは、営業、経理、技術系出身の方が多く、人事の経験がある方は決して多くありません。また、これまでは安定的に、一律的な人事を行うことが主流であり、採用や人事制度は現地タイ人の人事任せで触れられないという雰囲気がありました。現在では、世界市場や人々の考え方の変化に対し、テクニカルに柔軟性や人々の機微を捉えた人事戦略を考える必要性が高まっています。この動きはコロナ禍で加速し、より人事の複雑化や難易度の高まりを感じます。そのような背景の中で、我々は、人材を紹介するだけではなく、研修や、人事制度、賃金制度、時には再就職の支援など、お客様の組織を俯瞰してご支援する必要があると考えています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

日系の範囲に収まらないグローバルブランドとしてのパソナを目指しています。そのためには、これまで話した課題を自社も克服し続け、世界で通用する会社にならなければならないと感じています。

カギは、間違いなく人材であり人事制度です。優秀な人材を採用すれば一時的に売上は上がるかもしれませんが、中長期的に世界で必要とされる会社になるには、人を育て、サービスの質を向上させ、お客様からも従業員からも必要とされる価値ある会社にならなければなりません。そのために弊社のポリシーの一つである〝Be Professional〟という言葉を常々共有し、このマインドセット・行動を徹底しつつ日々努力をしてまいります。