採用を通じてベトナムのIT業界を盛り上げる
ベトナムのIT人材採用といえば『itviec』を外しては語れない。ベトナムのITエンジニア求人サイト『itviec』を運営するIT Viec Joint Stock Companyは2013年にベトナムで創業したローカル企業だが、19年にマイナビの子会社となり、21年にマイナビの飯嶋尚人氏がCEOに就任した。今回は、ベトナムのIT業界と採用市場の今を、飯嶋氏の分析も含めて語ってもらった。
「IT人材の採用といえば『itviec』」といわれる圧倒的ブランド力が強み
――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。
IT Viec Joint Stock Company(以下、ITviec)は、ベトナムでITエンジニア専門の求人サイト『itviec(アイティーヴィエック)』を運営しています。2013年に設立し、19年に日本の人材サービス会社マイナビの子会社となりました。一部ベトナム国外のお客様からの求人掲載もありますが、95%以上が在ベトナムの企業様とのお取引になります。現在の取引企業様の国籍は、ベトナムが60%、日本が10%、他のアジア系企業が10%、その他欧米やインドといった割合です。
私はITviec社をM&Aするプロジェクトの責任者であったため、買収後マイナビからの出向者として2年間ITviecの取締役としてジョインし、21年に同社のCEO職を創業者から引き継ぎました。マイナビに入社した2005年から17年まで、ずっと生まれ育った日本で働き、求人サイトの営業部で毎日テレアポを200件する仕事に始まり、課長、部長を歴任しましたが、16年にアジア事業準備室への異動を拝命しました。突然、環境が海外を相手にする市場に変わり、ほぼ英語力ゼロという状態から東南アジア7カ国でM&A先の開拓から交渉、取引の実行、そしてその後の経営と、今日まで知らないことや驚きの連続です。
――マイナビからITviecへ移って感じた働き方の違いがあれば教えてください。
まず、徹底的に残業をしない体制には驚きました。また、ITviecの創業者がアメリカ人でトップダウン型の経営スタイルだったこともあり、会社のルールがシンプルでクリアにされていました。シンプルなルールのもと、アクション(行動)にフォーカスする姿勢は、ルールが多く意思決定も複雑になりがちな日本企業と比較して分かりやすく、やりやすいなと感じました。他にも、日常業務の一つひとつに明確なデッドラインが設定されていないケースが多いことも驚きでした。これは、アウトプットのクオリティを優先するためです。もちろん、プロジェクト単位やスペシャルなイベントなどにはデッドラインを設けるケースもありますが、締め切りを重視し、時には締め切りのために無理な残業や業務負荷をかけることが多い日本とは違い、アウトプットの質に重点を置き、無理な業務負荷を従業員に強制しない一方で生産性を高めようとする姿勢には学ぶことが多いなと感じました。
――飯嶋様がCEO就任後、ルールを変えましたか?
CEO就任からしばらくの間は、創業者のやり方を踏襲していました。ITviecは創業者がアメリカ人とベトナム人だったため、アメリカ式とベトナム式をうまく融合した経営スタイルだったのですが、急に次期社長が日本人になって仕事の進め方やルールなどを日本式に変更したら従業員が離反してしまうだろうという思いがありました。日系企業のイメージは、ポジティブな評価だけではなく、ネガティブな面もあります。例えば、出退勤を徹底管理される、会議や提出書類が増える、仕事量が増えても待遇が変わらない、などが典型的な日系企業のイメージです。日本語の学習を強制されるのではないかという不安もあったようです。CEO就任前に取締役として2年間ITviecで働いていたため、そうした従業員の不安がある程度見えていました。なので、今でも厳格な出退勤の管理はしませんし、残業もなしです。CEO就任後1年程度したころから徐々に必要だと感じた仕組み(OKRなど)や制度(人事制度の導入など)を取り入れ、設定した目標に向かって全員が同じベクトルで働ける環境づくりに注力しました。
――ずばり、ITviecの強みは何でしょうか。
IT企業の経営者ないしは人事担当者に「IT人材の採用において採用サイトはどこを使っていますか?」と尋ねるとほぼ全員にITviecの名前を挙げていただけるほどの、圧倒的なブランド力です。これは、創業者が作り上げた当社の圧倒的な強みであり、財産です。
幅広い人材支援でベトナムのIT業界の発展に貢献
――ベトナムの求人企業や求職者のトレンドを教えてください。
実はIT人材の採用需要は、23年度から急速に減少しています。ITviecでは22年にIT人材の採用ニーズの高騰により過去最高の売上を更新しましたが、23年に入ると、マーケット全体の案件数が概ね50%ダウンし、完全に売り手市場から買い手市場に変わりました。当社の求人数も売上も半減しました。この傾向は2024年に入っても継続しており、採用企業数に対して求職者数が増え、直近の自社データでは3カ月経過しても仕事が見つかっていないであろう求職者が15%程度と、非常に高い数値になっています。結果として、ミドルからシニアレベルの人材は、転職をためらう傾向が強くなりました。実際に多くの企業様から最近は離職率が低下したと聞いています。
――需要が減少した背景は何でしょうか?
大きく分けると、3つの原因があげられると思っています。まず1つ目はベトナム国内の景気停滞、続いて海外のIT投資需要の減少、最後にスタートアップ企業に対する資金流入の鈍化です。もっとも影響が大きいのはベトナム国内の景気停滞ですが、国外IT需要の低下も同じくらい影響があります。グーグル、マイクロソフト、アマゾン、メタ(フェイスブック)等の米系Tech 企業がこぞって研究開発を縮小しレイオフに踏み切ったことなどは現在の急激なIT人材採用市場の停滞を象徴していると思います。これまで、そうした大手のテック企業に人材を確保されて採用が思うようにできなかったその他の企業にとって、ベトナムやインドなどにオフショアして人材を確保することも一つの手段でした。それが、前述の4社をはじめとした米系Tech企業が一斉にレイオフを始めたため、優秀なIT人材がたくさん流動することになりました。こうしたレイオフの動きとIT投資の抑制がオフショアによる売上が多くを占めるベトナムのIT企業に大きな影響を与えました。また、世界的なスタートアップ企業への資金流入の鈍化はベトナムにおいても同様に起こっており、数多くのスタートアップ企業が資金を調達できず事業の閉鎖、縮小を強いられている状況も需要減に大きく影響をしています。
――そんな中、御社は人材紹介事業を始めると聞きました。
はい。おかげさまで、「ベトナムでIT進出するなら人材はITviec」という雰囲気ができており、企業様の進出時には、経営層から一般スタッフまでをトータルでご相談いただく機会が増えました。一般スタッフに関しては、ITviecのビジョンである「Excite the IT in Vietnam by Great Hiring」に貢献できていると思いますが、ハイエンド人材はまだ開拓の余地があると感じています。人材紹介事業を始めることで、現在ハイエンドでご活躍の皆様のジョブチェンジ支援も可能になります。
口コミランキング上位企業の共通点は「人材投資」への注力度
――ベトナムにおける現在の日系企業の状況や課題について教えてください。
IT業界の視点でみると、日系企業は賃金が低く、規則が細かくて厳しいイメージがあります。このイメージ払しょくは日系企業の課題だと思います。一方で、日系企業が何もかも弱いかというと、それは違います。例えば、当社が19年から毎年1度発表している口コミを元にしたランキング「Vietnam Best IT Companies」でリストアップされた30社のうち、16%の5社は日系企業です。当社の取引企業数における日系企業の割合は約10%ですから、16%はかなり高い割合です。
――ランキングに入る企業の共通項はありますか?
共通点は、経営者が採用を重要な経営の打ち手として理解しており、社を挙げて採用に取り組んでいることです。そういった会社においては例えば、給与水準が低いと言われがちな日系企業ですが、マーケットに即した賃金制度や人事制度がきちんと整備されていたり、ビジョンやミッションを軸とした経営が浸透されています。ベトナムにおいて、年1回の社員旅行はごく一般的な会社行事ですが、それ以外にも研修、オフィス設備や業務ツールの充実といった細かい点にも気を配り従業員への投資を怠らない企業については、当然ではありますが、高い評価がされています。総じて、人材投資を惜しまない会社です。この点は国籍に関係ありません。
――多くの求職者は、求人媒体で企業情報を比較しています。その中で勝ち抜く秘訣は?
日本と海外では、求人媒体の考え方や仕組みが大きく異なります。日本では「求人広告」と表現するように仕事内容や募集要項だけではなく、キャッチコピーやクリエイティブなビジュアルで求職者にアピールすることが一般的です。一方で、海外は「Job Description」という表現のとおり、非常にシンプルなフォーマットで必要な情報を提供するスタイルです。その意味では日本ほど工夫のしようがないというのが正直なところです。一方で、求職者からするとそのシンプルなフォーマットに記載された内容をもとに応募の判断をすることになりますので、より仕事内容・募集要項を明確に提示することが肝になります。待遇や福利厚生等の入社後のベネフィットをしっかりと記載することで、他社との違いを明示することも重要です。日本以上にサラリーや待遇面に対する要求が強い印象はありますが、日本と同様に、会社のカルチャーや成長性、自分のキャリアの成長性なども仕事探しの重要な軸になっています。ITviecでは会社情報ページが各求人ページにリンクするようになっているので、自社がどんな会社で、どんな人間が働いていて、何を大切にしているのか?といった情報をしっかりとご記載いただくことをおすすめいたします。
――最後に、今後の市場予測をお聞かせください。
生成AIの登場で、未来予測は難しくなりました。AIにより生産性が向上すれば、IT人材の需要が減少する可能性が否定できないからです。例えば、ソースコード生成ツールの導入でエンジニア1人の生産性が20%向上した場合、人月単価でフィーを請求する企業の売上は単純計算で20%下がる可能性があります。今まで100人で開発していたものが、80人で良くなるという状況が起こりうるということですね。一方で、歴史的に新しいテクノロジーの登場は新しいデマンドを創出し、そのデマンドに応えるためにより多くのエンジニアリリングソースが求められるということが繰り返されてきました。人間はもはやプログラミングを学ばなくてもいいのでは?という議論もありますが、個人的にはプログラミングやエンジニアのニーズはなくならないと思います。もちろん、AIにリプレースされないためには、AIを活用しつつ、AIに対して我々人間が意味のあるアイディア、リクエストを提供し続けることが必要です。生成AIの登場により、世の中から消えてしまうサービスや仕事もありますが、基本的には、いつの時代にも新しい価値を創造するエンジニアは必要ですし、そうであってほしいと願っています。
現時点では、ベトナムのIT採用市場は停滞しておりますが、ベトナムのIT業界自体は非常に有望な成長を遂げています。ベトナムには高い技術力を持った優秀な人材が豊富に存在します。これからの未来を見据えると、ベトナムはグローバルなIT市場において重要な役割を果たすことでしょう。IT人材不足に対して明確な打ち手を打つことができてない日本市場から、ベトナム市場に目を向けると大きな成長機会がそこにあることを実感すると思います。ベトナムの優れた人材と共に、次世代の価値を創造していく未来を切り開く日系企業様の進出をお待ちしております。その際はITviecで採用のお手伝いをさせてください!