一者一社の架け橋としてクリエイティブ産業の発展に貢献する

クリエイターに特化した人材エージェント「フェローズ」がシンガポールに進出して、今年で5年目を迎えた。コロナ禍の海外進出にもかかわらず軌道に乗れた理由や、シンガポールの採用事情などを、シンガポール社のマネージングダイレクター、大石隼矢氏に聞いた。

派遣・紹介の域を超えたクリエイターズ・エージェント

――最初に、大石様のご経歴をお聞かせください。

学生時代から「将来は英語を使った仕事をしたい」と思っており、京都外国語大学へ進学し、在籍中の2010年にカナダのウエスタンオンタリオ大学へ学校の奨学金制度へ応募し交換留学しました。当然のことながら、大学では英語が第一言語で話せて当たり前。流暢かどうかより、人間力やコミュニケーション力が大事だと、このとき痛感しました。この思いを胸に就活を始め、出会った企業がフェローズでした。クリエイター専門エージェントとして、クリエイターファーストの姿勢を感じたことと、フェローズが人間力の高いスペシャリスト集団であることに共感し、12年に入社しました。入社後はブロードキャスト・ビジュアルセクションで映像業界の支援に従事し、20年4月にフェローズ初の海外拠点となるFellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd.のManaging Directorに就任しました。シンガポールでは、クリエイティブに関わる人材に注力したマネジメントサービスを提供しています。現在、取引先の約7割が日系企業です。シンガポールの当社メンバーは私を含め5名。うち4名はエージェント(フェローズではコンサルタントをエージェントと呼ぶ)、マーケティング、制作などの担当者、1名は日本でSNSなどのPR業務をしています。

フェローズ全体としては、国内外に16拠点を持ち、映像・WEB・モバイル・グラフィック・ゲーム・アニメ・空間・プロダクトなど幅広い業界で活躍する人たちを支援しています。登録クリエイターは5万5,000人、取引先企業実績は6,200社です。

――主な事業は、派遣と紹介のどちらでしょうか。

売上シェアで言えば紹介事業ですが、当社は、紹介と派遣の二軸ではなく、クリエイターとクライアントの発展そのものの支援をモットーにしています。クリエイターの支援とクライアントへの営業活動を一人が担当する「ダブルサイド・エージェントシステム」を導入しており、紹介、派遣、委託請負などに関係なく最適な方法を提案します。求職者については、ライフステージやキャリア、スキルよって希望する働き方や仕事内容が異なるので、一人ひとりに寄り添った最適な機会を提供することが、当社の使命と考えます。そのため、自社をクリエイターズ・エージェントと位置付けています。

――クリエイターが直接雇用ではなく御社を通じて派遣で働くメリットは何でしょうか。

当社が間に入ることで、労働対価の取り決めが明確になり、クリエイターの労働に見合う報酬を受け取り続けられる点がメリットの一つだと思います。また、同じ会社で長く働きスキルアップしても、個人契約のクリエイターは昇給を申し出にくい現状があります。当社が介入することで企業と交渉できますし、折り合わない場合は転職支援もできます。

――クライアント企業はどのような業界が多いですか?

私が担当していたのは、放送事業者(テレビ)のキー局およびローカル局、番組制作会社、映像編集会社、映像撮影会社、映像技術会社などが主なクライアントです。会社全体としては、映像・WEB・SNS・ゲーム・アニメ・デザイン関連など広くお取引があります。当社の代表である野儀健太郎(のぎ・けんたろう)が当社を起業する前、クリエイティブ系の人材会社に在籍していたことが、当社が映像業界に強い一因だと思います。

シンガポールは東南アジア拠点に最適な国

――最初の海外拠点をシンガポールに決めた理由は何でしょう。

いつかは日本から海外のクリエイティブ産業に貢献したいと考えていた矢先、シンガポールの人材紹介会社が譲渡先を探していると聞き、野儀と私とで先方の代表に会いました。その会社はシンガポールで堅調に営業していて、シンガポールの人材事業に将来性があることが見て取れました。当社としても、東南アジアのクリエイティブ業界の発展に貢献する目標が前進すると確信し、同社を譲り受ける形でシンガポールに進出しました。設立は2020年4月1日ですが、コロナ禍の関係で、実際に入国したのは6月でした。

――コロナ禍のスタートでは営業活動がままならなかったのでは?

人材事業を引き継ぐ形が功を奏し、取引先ゼロからのスタートではなかったため、引継ぎのご挨拶というコミュニケーションから始めることができました。とはいえ、先方にしてみれば担当が変わるわけですから、全面の信頼を寄せてくださるわけはありません。最初は「お引き合いいただければなんでもやります!」の姿勢で臨みました。徐々に、我々クリエイターズ・エージェントとしての実績を信用いただけるようになり、おかげさまで今年5期目を迎えることができました。

――シンガポールにおける人材事業の特徴をお聞かせください。

シンガポールは、さまざまな人種や宗教、国籍の人が混在する国なので、テストマーケティングに最適な国といわれています。シンガポールにヘッドクオーター(本部・司令部)を置き、東南アジア全体にマーケットを展開する企業が多いです。例えば、シンガポール拠点からインドネシアにビジネス展開するにあたり、インドネシア語が話せるクリエイターの紹介依頼がくることもあります。東南アジアに限らず、ヨーロッパに展開するケースもありました。我々もシンガポールのビジネスだけではなく、東南アジア全体を見据えた人材のご紹介ができるよう、国籍や年齢層や経験、ジャンルなどを踏まえ多くの求職者様と日々コミュニケーションしています。

――日系企業は海外でもメンバーシップ型雇用をするケースがありますが、シンガポール人の反応はいかがですか?

育成しながら長く働いてもらうメンバーシップ型雇用は、転職をしていくことで給与を上げていくジョブ型雇用に比べると初期の月給が低めに設定されるケースもありますが、シンガポール人でも安定して長く働ける会社を選ぶ人もいますし、自身の能力で結果を出すのに時間を必要とする人もいます。外資系企業の多くはジョブ型で、極端にいえば、結果にコミットできる人には高い給料を出し、できない人は解雇するため、安定した日本のメンバーシップ型を好む人は一定数いる、ということが、こちらで求職者や採用担当者とのコミュニケーションから我々が得たインサイトです。

日系企業でも、ジョブ型への挑戦を行っている企業も居て、弊社としては求職者に寄り添ってご紹介できるようにしています。また、優秀な人材を採用したい日系企業は、面接から採用までのスピードを上げるのも一考かと思います。

私が担当してきたシンガポールの求職者のほとんどは、一度に複数の会社にエントリーします。外資系企業は、履歴書を見て必要条件が揃っていればすぐに面接をして、多くても2回程度の選考で採用を決めますが、日本企業は面接から採用までに時間と工数がかかる傾向があります。そのため、いい人材ほど先に外資系企業へ行ってしまうケースが頻繁に見られます。また本社の面接や承認が必要な場合はさらに時間がかかってしまうので、現地法人で採用を決済できるような体制作りに取り組むべきだと考えます。このスピード感を組織全体で作っていくことこそ、日系企業が採用改革をする上で本質的に重要なポイントの一つと考えています。

求職者の能力を活かすコンサルティングこそ人材会社の介在価値

――シンガポールのクリエイター事情を教えてください。

まず、クリエイター職はデザイナーやカメラマンなどコンテンツ制作の領域だけでなく、マーケティングやPRなど、制作したコンテンツを多くの人に届けるような職業が含まれる前提で話を進めます。クリエイター求職者数は常に万単位で存在しますが、シンガポールでのクリエイティブ職の数は求職数に比べて足りず、案件ごとのプロジェクト採用が多いため、クリエイターだけでは生活できない人が少なくありません。また最近の調査では、日系やその他の外資系企業など、多くの事業会社はインハウスのクリエイティブ部門がない会社も多く、「基本的にローカルや周辺諸国のクリエイティブエージェンシーに外注している」と言う声を頻繁に聞きます。一方で、クリエイターも自由な働き方を実践する人が増え、副業・兼業が多くなったため、コンサルティングの内容も幅と奥行きが出てきました。クライアントに対しても、派遣や紹介業務にとどまらず、クライアントの事業課題を解決するという視点がエージェントには求められています。

シンガポールのHR業界は日々進化していて、最近はHR担当者向けウェビナーが盛んに開催されています。AIの発展もめざましく、近い将来履歴書のデータだけでマッチングするだけの人材紹介会社は求められなくなるでしょう。私たちは、クライアント軸だけでなく、求職者軸で積極的に企業へ提案していけるようなエージェントに価値が生まれていくと考えていますし、それこそがフェローズで目指している介在価値であると思います。

――御社はシンガポールの人材会社としては後発になります。どう差別化していますか。

クリエイターに特化している点は当社の特長の一つだと思います。当社は長くクリエイティブ産業に関わってきましたので、日本のテレビやゲーム、アニメ、ファッションの仕事に関わりたい現地の求職者にとっては特に、プライオリティーが高い企業だと思います。また、採用する日系企業側にとっては、人材を中心とした、海外事業進出やテストマーケティングのご支援ができる点も評価いただいております。

さらに今後は、どんな企業でもマンパワーが必要ですし、現在の採用か外注かの選択肢に対して、弊社のような個人のクリエイターをマネジメントし、提供するサービスがさらに求められるようになっていくことを期待しています。

――だとすると、本社が日本であることはメリットですね。

そうですね。おかげさまで、フェローズは日本のクリエイティブ業界における人材エージェントとしてはリーディングカンパニーとしてのポジションを確立できていると思います。日本での信用と知名度は、当地で事業展開や拡大を検討している日系企業やクリエイターとのコミュニケーションに役立っています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

夢を語ると、東南アジア中のクリエイターが登録したくなるような会社を目指したいです。当社は創立22年目を迎え、〈クリエイティブ産業への貢献〉という軸で多角的な事業展開を始めています。たとえばフェローズフィルムフェスティバル(クリエイター発掘)、こどもミュージカル(次世代クリエイター創出)、クリエイティブアカデミー(教育事業)、クリエイティブダイニング(飲食事業)など。尊敬する経営者であり当社代表の野儀が私が入社した当初から「有言実行」と「継続は力なり」の大切さを説いてくれましたが、私自身フェローズ歴12年目を迎える今年、夢を目標に落とし込み一つひとつ継続しながら有言実行していきたいと考えています。