エージェントは無力だと思うからこそ、真摯に。誠実に。
スタートアップ企業の管理部門をメインにハイレイヤー人材の転職支援事業を展開する株式会社S hire(エス ハイアー)は、2022年の創立以来、社内の数値目標なし、新規営業ほぼなしの体制で成長を続けている。創業二期目の昨期は、全成約に占めるリファラル候補者の比率が半数を占めたという。新興企業である同社が、なぜこの成果が残せるのか。その理由は、同社のトップコンサルタントである相馬佳代氏の考え方を聞くことで分かった。
働くということに悩み、縁で繋がってきた経歴
相馬氏が勤めるS hire(エス ハイアー)は、スタートアップ企業に特化した転職支援会社として2022年7月に創業した。創業直後は代表取締役の加藤健太氏が一人で経営をしていたが、何度か加藤氏との対話を重ねる中で、目指している人材紹介事業の方向性に共感をしたことで相馬氏が同社に入社をした。
相馬氏の社会人歴は24歳スタートと、一般的な大学新卒年齢よりも少し遅い。大学卒業後、海外で社会経験をしておきたいと思い、アルバイトで貯金をして23歳のときに渡豪したからだ。24歳までを豪州で暮らした後、帰国して就職先を探し始めたが、新卒でも第二新卒でもなく就職したことさえない自分が就職できるか、かなり不安だったという。
幸い、アルバイト時代に世話をしてくれた人からの紹介で、SES(System Engineering Service)会社の営業として就職できたが、本当に自分がやりたい仕事なのか自問自答を繰り返すようになり退職。その後しばらくはキャリアデザインが描けずに迷走し、異業界転職を繰り返していたところ、人からの紹介があり、ハイエンド人材紹介会社のアクシスコンサルティングに入社した。
「アクシスでの仕事はとてもやりがいがあり、心から楽しかったです。育休から復職した際も働き方など配慮いただきましたが、2人目を授かったタイミングで働き方を見直そうと一旦退職しました」
次男が生まれた後、1年は仕事をせず育児に集中していたが、そろそろ働きたいとその気持ちを周囲の人やSNSで吐露したところ前職で取引があった人が仕事を紹介してくれ、33歳のときに社会復帰を果たした。その後、転職をし前職のWARCでエージェント事業部の立ち上げを経験、ここで現在も専門としている「スタートアップ×コーポレート」の支援領域と初めて出会う。そして一昨年前にS hire へ入社した。
「転職活動はすばらしい体験であった」と思ってもらうことが第一歩
ここまで聞いた相馬氏のキャリアから、リファラル転職の連続であることが分かる。常に誰かに紹介されて転職しているのだ。それだけ、周囲の人やお客様に愛されてきたのだろう。加藤氏も「相馬さんはいつも、候補者の方が転職活動に対して『すばらしい体験だった』と思っていただけるように自身に出来ることを心掛けており、実践に移すまでのスピードがとにかく早く、丁寧です!」と称賛する。
事実、相馬氏の候補者に対する熱意は、一般的には候補者からのリファラルはその方の同僚であることが多い中、家族のリファラルにも繋がっている。あるハイエンドの男性候補者を担当したところ、「親身になってくれた」と感謝され、ご子息を候補者として紹介してくれた。パートナーをご紹介いただくケースもある。なぜ、これほどまでに厚い信頼を得ることが可能なのか。その理由は、やはり相馬氏の人柄にあるように思えた。
相馬氏は、良くも悪くも裏表がない。自身の苦い経験や不甲斐ないと思う部分もさらけ出す。NOとはっきり言える。候補者との面談でも同じだ。候補者が望む未来に自社の取引先がなくても、他社を貶めることはせずフラットに意見を述べる。他社を勧めることもある。
「転職活動がすばらしい体験だったと思ってもらえるよう、最大限のサポートをすることが、この仕事の基本だと考えています。私としては基本的にエージェントは無力だと思っており、だからこそ結果として成果に繋がらなくてもまずは真摯に誠実に対応し、やり切れたかどうか、が重要だと思っています。最終的にフォーカスする部分は、転職後の活躍であるため、それに向かう上での最善な意思決定環境をご提供したいです」
転職はすばらしい体験―― そう思ってもらうために、相馬氏は流動性が高いスタートアップ業界の情報アップデートを怠らず、候補者にベストな提案をスピーディーに届けている。あまりのスピードの速さに、過去に周囲から「相馬さんはクラウドに住んでいる」と言われたこともあるそうだ。
企業と候補者双方にフェアな「場づくり」がエージェントの仕事
転職活動の「体験」にフォーカスをするコンサルティングは、会社の理解あってこそ成り立つ。S hireでは、会社や個人に明確な数値目標を設定しない。理由は、企業と候補者の信頼関係を最大限に築くことがもっとも大切な目標だからだ。
「転職は、エージェントが支援したから成功するわけではありません。私たちはあくまでも、よりよい転職をしていただくための仲介者です。候補者の機会損失や嫌な思い出になることを防ぎ、企業と候補者に機会とお互いを良く知る場を提供することで、採用ではなく、その先にある最適な雇用にコミットしています。
もちろん、営業である自分が売上やメンバーの士気をけん引するつもりで仕事に取り組んでいますし、自分の中で設定している目標はあります。ただ、目標は達成するために設定しているのではなく、日々この仕事が上達できているのか? の目安として定性・定量両面で指標として置いています。弊社は候補者オーナーシップ制を取っており、候補者に寄り添った支援をしています。候補者にすばらしい転職体験をしてもらう支援を続ければ、企業にとっても良いマッチングとなり、成約が増え、リファラルにもつながると思います」
たとえ担当した候補者が他社で就職先を決めても、それがベストであればいい。反面、自分がベストの提案をできなかったことを反省し、学びとし、改善する。例えば、候補者が希望した企業の求人票にポジションの空きがなかったとき、それでもアプローチしてみる価値はあったかもしれない。もしかすると受け入れてもらえたかもしれない。本当に可能性のすべてにトライしたかを自問自答し、次につなげるのだ。過去のご支援にて、印象に残った候補者の言葉があるという。
「転職先が決まった候補者様から『私が自分で転職活動したら、絶対見つけられない、仮に見つけても、自分に合うかどうかわからない、面接を受けようとは思いませんでした』という言葉をいただいたときは、担当して本当によかったと思いましたし、自分の介在価値を感じました」
スタートアップ企業は領域がバラバラでポジションの流動性が高いため、情報が散漫になりがちだ。相馬氏はそれをよしとせず、企業へ連絡をし、候補者に必要なタイムリーな情報を聞き出すこともいとわない。候補者には、本人の希望にそぐわない点も、包み隠さず伝えるという。
その上で相馬氏は、準備を怠ることはしない。求人票を見ただけでは分からない企業情報は丁寧に調べ、単なる業務内容ではなく組織の課題やそれを踏まえた候補者にとっての就職メリットなどを把握し、伝達し面接に臨んでいただくことを徹底している。必要があれば、採用に直接は関係しない企業説明会に参加して、当該企業の雰囲気を確かめたり、代表のメッセージを聞いたりもする。
「前提として100%希望に合う企業はほぼないことを予め候補者様に説明し、ただその上での細かい情報提供から転職における解像度を高めるサポートをし、軸や優先順位を決めていただき、紹介先を選定しています」
相馬氏の丁寧な面談に対する候補者からの感謝の言葉は後を絶たない。候補者はこれまで、大量に送られてくる求人一覧メッセージから自分で行先を見定めるしかなかった人が多い。相馬氏による、候補者に寄り添う面談に感動するのだ。
仕事への熱意と愛情がリファラルの連鎖を生む
候補者のためならいくらでもストイックになれる相馬氏だが、そんな自分の仕事が大好きだという。その言葉通り、どんなに辛い経験談でも、仕事について話す彼女はとても楽しそうで、生き生きとしている。仕事と人への愛情と熱意が候補者や採用担当者に伝わり、「相馬さんに自分の身近な人を紹介したい」と思わせるのだろう。
「負けず嫌いな性格もあり、『自分が諦めた分、支援の可能性を閉ざしてしまう』という精神で向き合っています」
相馬氏の働き方やマインドは、職場のロールモデルになっているに違いない。S hireの23年度の全成約に占めるリファラル経由の比率は半数以上。転職活動を「良い体験」としてもらう支援を繰り返した成果だろう。将来的には、100%リファラルにすることが同社、そして相馬氏の目標だ。