生成AIのフル活用で「介護する側される側ともに安心」を目指す
在宅介護に特化した専門的なサービスを提供する「やさしい手」は、個人の利用者と求職者を仲介する、有料職業紹介事業を展開している。2024年で創業60周年を迎えた歴史ある企業ながら、同業界ではいち早くDX化を推進し、サービスの品質向上に務めてきた。「やさしい手」独自の経営戦略や、介護業界が抱える課題の解決策などについて、代表取締役社長の香取 幹氏に聞いた。
「住み慣れた家で、最期まで生きる」を支援
――創業60周年、おめでとうございます。最初に、御社の歴史と事業内容をお聞かせください。
ありがとうございます。やさしい手は、訪問介護、デイサービス、住宅改修、介護スタッフやホームヘルパーの人材紹介など、居宅介護サービスをトータルで提供する会社です。創業は、東京オリンピックが開催された1964年。先代が労働経済学者の大学恩師の勧めで女性の自立を目指し、大学卒業後に「大橋紹介所」の名称で創業しました(のちの『大橋サービス』)。その後93年に『(株)やさしい手』を設立し、96年から全国でFC展開を開始した後、2001年に(株)大橋サービスと(株)やさしい手を合併しました。06年に私が社長に就任し、08年に自社開発の『H2介護システム』をリリース、システムを活用した介護サービスを本格化しました。23年度の売上高は218億円、従業員数は6,036人、施設入居者数は2,078人、 延べ利用者数は54万人となっております。
事業は在宅介護に特化しており、お客様の「住み慣れた家で、最期まで生きる」を支援しています。人材紹介事業では、個人の利用者と求職者をつなぎ、お客様から人材紹介手数料と求人事務費をいただき、お客様は直接求職者に賃金と交通費を支払う形で展開しています。個人のお客様は主に高齢者、単身者、子育て世帯で、求職者の職種はケアワーカー(介護や介助職)やハウスキーパー(家事代行)が主になります。介護保険では頼めない、家事代行や介助のサービスを提供する内容で、利用料は全額自己負担となります。
求職者・お客様ともに安心できる環境の実現に生成AIが活躍
――お客様、求職者はどうやって集客していますか?
求職者は、ウェブ媒体やSNS、オウンドメディアなどに募集広告をだしています。おかげさまで関東の家事代行サービス事業者としては一定の認知があり、お客様や求職者からの紹介、口コミも増えています。
お客様は、SNSやSEO、広告などのウェブメディアを活用し、自社が独自開発したハウスキーパーとお客様のマッチングアプリ『O-tetsuKAJI』(オテツカジ)やオウンドメディアへの流入を促しています。『O-tetsuKAJI』の名称は、「家事」と「手伝う」を掛け合わせた当社独自の造語で、利用者にとって親しみやすく頼りになる、もう一人の家族という意味を込めました。『O-tetsuKAJI』は、利用者、求職者ともに、登録から受発注の決定までをサイト上で行えます。一般的なハウスキーパー紹介会社と異なる特長として、介護分野の専門職、資格保持者を紹介できる点が挙げられます。
――マッチング精度を高めるための取り組みを教えてください。
当社では、ATS(採用管理システム)を早くから導入しています。さらに、自社開発したCRM(顧客管理システム)を使用して、蓄積された求職者・求人者データを分析してリコメンドし、最適なマッチングにつなげています。
――御社は、介護業務を支援する『H2介護システム』も開発しています。このシステムはどのような特徴がありますか?
『H2介護システム』を利用すれば、サービス提供から請求業務までを一気通貫できます。従来の介護サービスは、提供内容や実施記録、請求業務などが個別に実行されていました。これにより発生する確認や取りまとめの手間、情報の連携ミスなどを解決するために『H2介護システム』を開発しました。
同システムは、主に3つの機能があります。訪問介護員のモバイル端末への情報伝達や訪問介護員からの報告ができる「介護記録共有機能」、利用者の希望に合わせて訪問介護員を自動的に割り振ることができる「訪問介護員自動割当機能」、特定事業所加算に必要な、毎月の会議や定期的な研修、健康診断受診記録が一元管理できる「特定事業所加算管理機能」の3つです。
システムを活用して、例えば訪問介護員は、当社アプリ『もばイルカ』で担当する利用者の情報を受け取ったり入力したりします。入力された情報はAWS(Amazon Web Services/Amazonが提供するクラウドコンピューティングサービス)で蓄積、管理し、生成AI『AWS Bedrock』で分析した後、情報開示システム『ひつじ』を通じて利用者へ提供します。『AWS Bedrock』を使えば、利用者1人あたり月6万文字に上る介護プロセス記録、9万文字の看護プロセス記録の要約を即座に生成できます。生成した情報は、やさしい手の契約者は誰でもいつでも確認できるため、利用者やその家族に好評です。(利用者とその家族が閲覧できる個人情報は契約者本人の内容のみ)
――利用者の基本情報は主にどのような項目がありますか?
お名前や住所、年齢などの基本情報に加え、保険の種類、体の調子、暮らし方の好み、過去のケア履歴など、利用者の人柄や暮らしぶり、好みなど、心地よいケアを提供するために必要な情報を収集、保管しています。特に高齢者や、人生の最期のケアを当社スタッフにお任せくださる利用者は、日々気持ちや体調の変化がありますので、細かな状況の共有が欠かせません。1人の利用者に対して平均20人のスタッフが関わるため、情報の一元化は必須です。利用者にとっても、ケアスタッフの連携がとれていて、情報が共有されていることは、暮らしを預ける上で重要なポイントであり、信頼につながります。働き手にとっても、前日までのケア履歴が分かれば、より的確な介護が可能になります。もちろん、個人情報は生体認証システムなどを用いて保護しています。
AI化が進むほど「人の意思で人を助けるサービス」の価値は高まる
――AIの出現により人材業界の価値が問われるようになりましたが、御社の事業は、介護業務だけでなく、AIを活用するための情報の蓄積や、個人が労働契約をする場合の手引き役など、幅広く人の介在が必要ですね。
おっしゃる通りです。まず、生成AIを活用するための利用者・求職者情報は、人が見聞きしなければ得られません。雇用契約についても、労働契約は個人間で結びますので、賃金の支払いやガイドライン制定をする仲介会社が介在したほうが、利用者も求職者も安心です。雇用される側の求職者は特に、仲介会社があることで、賃金額や支払いなどの交渉がしやすいと思います。
――現在、人材紹介事業に関する生成AIの課題はありますか?
当社のサービスは利用者の生活や人生に直接関わりますので、より迅速で正確なマッチングは、追い求め続ける課題です。より迅速にサービス提供するためのアプリ開発や情報のシステム化は今後も続けていきます。また、利用者と求職者双方の評価の「見える化・分かる化」も、生成AIでより高精度にし、リコメンドを充実させていく予定です。
――最後に、今後の介護業界はどのように変化すると予測しているか、香取様の見解をお聞かせください。
これまでは保険で補われていた介護サービスも、今後は高齢者の増加に伴い介護保険が見直され、私費領域が広がると予測します。加えて、人手不足となる介護の領域でもAIや自動化が進みますが、そのぶん、人の意思で人を助けるサービスの価値が高まっていくでしょう。介護や家事サービスのニーズが増える一方で、介護や家事代行の働き手は減少していき、介護従事者の価値はますます高くなります。当社はこれからも、家事労働者の価値を高め、働きがいのある仕事にしていく一助になり続けます。