人とITの共創で求職者と企業の新たな出会いを創造する

AIによるマッチング精度が日々向上し、人材紹介事業の転職支援への関わり方が問われる時代になった。今後の人材業界が進む道についてリクルートのDivision統括本部 HR本部Vice President の近藤裕氏に聞いたところ、「マッチング精度が向上したからこそ、人材紹介には次のステージがある。」という。詳しく聞いた。

グループ内統合で「ワンリクルート」を実現

――2021年にリクルートキャリアを始めとするグループ7社が株式会社リクルートに統合されました。その背景と統合による変化についてお聞かせください。

事業運営ノウハウを集約し、多様な人材、従業員が活躍できるフィールドを整える目的で、2021年4月にリクルートキャリア、リクルートジョブズ、リクルート住まいカンパニー、リクルートマーケティングパートナーズ、リクルートライフスタイル、リクルートコミュニケーションズ、リクルートテクノロジーズの7社をリクルートに統合しました。

統合により、ワンリクルートで一気通貫のサービスを届けられるようになり、採用企業も求職者も、出合える求人情報の数が増えました。今後は、リクルートのサービス利用時に発行する「リクルートID」を活用し、転職のタイミング以外でも、キャリアの悩み相談などにお応えできる体制づくりを強化します。そのために、ITによる作業効率化を図りつつ、人の介入が必要な箇所には人を集中させる業務プロセスの構築をしています。

――反対に、統合前から変わらない事業軸をお聞かせください。

リクルートが人材紹介事業を始めたころからのスタンスである「カスタマーエージェント」、求職者のためのエージェントである点は、いまも変わらぬ事業軸です。求職者にとって本当にいい提案ができるよう、当社ではRA(リクルーティングアドバイザー/企業担当)とCA(キャリアアドバイザー/求職者担当)を完全分業にし、CAが採用企業に寄ることなく提案できるようにしています。求職者が抱える本音(不安や迷い)を理解している私たちだからこそ、採用企業に対して、求職者のインサイトをふまえた提案が可能となります。

人への投資が、新たな雇用につながる

――採用の数と質を上げるために採用企業へ伝えているアドバイスを教えてください。

ここ数年で大きく変化した労働環境に対応する採用対策が必要であることは、よく話します。企業は、人を選ぶ側から人に選ばれる側になっています。従来通り、求人票に基本情報とメッセージを記しただけでは人は集まりません。現代は、人に投資が出来る従業員ファーストの企業が選ばれます。企業は、待遇や雇用条件などを見直して人的資本経営にシフトし、実践しなければ、ますます採用できなくなります。これまで採用が順調だった企業でさえ、何も手を打たずして同じ水準で採用し続けることは難しい現状です。

ジョブ型雇用への転換といったことも昨今話題になっていますが、それを打ち出せば求職者の関心を得られるかといえば、そうでないと思っています。求める採用要件を明確にすることはもちろん大事ですが、「その会社に入った後にどのような機会があるのか」といったことが求職者の強い関心となっています。当社では、成長する機会や育成への投資の必要性、職業に値する賃金水準、雇用の多様化など、求職者が求めるポイントを基にした採用案を企業へ伝えています。

採用が厳しくなった企業でも、その企業にフィットした人的資本経営を行い情報開示すれば、これまで出会わなかった企業と求職者がマッチングして、新たな雇用が生まれます。合わせて、人的資本経営やダイバーシティへの取り組みなどについて、採用企業の経営層にも積極的に話しています。企業の上層部に話しておくことで、何かのきっかけで経営課題と結びつき、点が線となり、労働環境の制度が大きく変わると考えています。

人的資本経営が採用の質向上につながる点は、全国の企業へ伝えていきたいポイントですが、日本には、まだまだ私たちがサービスをお届けできていないエリアもたくさんあります。これまで、その地域の中だけで求人が流通していたエリアです。地域内で完結することは素晴らしいですが、他地域からのリモートワークなどが加われば、採用の幅が広がり、地域の活性にもつながります。そのような場合は、当社を知っていただくことから始め、次に企業が自社では気付かない魅力をお伝えし、企業の特長を活かした採用プランを提案することから始めています。

いずれにしても、考え方や方針転換のスピードは企業によって千差万別。じっくりと腰を据えて取り組み、人へ投資する企業が一社でも多くなるよう努めます。

――どれだけデジタル化によるマッチング精度が向上しても、人による地道な取り組みは外せないのですね。

企業と求職者の情報を提示するだけで高精度のマッチングができるなら人材紹介会社は不要です。働く方がより活躍していただける環境整備が必要ないまこそ、人材会社が間に入り、ひと手間かけて企業と求職者の魅力を引き出し、これまでマッチングしなかった新たな出会いを生み出すサービスが求められると思います。

ITの力と人間ならではの「ひと手間」でサービス向上につなげる

――「ひと手間かける」の内容を詳しく教えてください。

総務省の労働力調査によると、新しい仕事に就くことを検討している潜在求職者の数は2023年時点で1,000万人を突破すると言われていますが、実際に転職したのは約300万人です。残り700万人の方は、何かしらの理由で転職しなかったことになります。この転職を検討されている人たちに対し、キャリアの棚卸しをはじめとして、身近に寄り添える存在になっていきたいと考えています。なかには、転職の悩みを誰にも相談できない人もいるはずです。会社の上司にも相談しにくい話ですし、リモートワークで関係性が希薄になったいまは、相談のしにくさに拍車がかかりました。当社にいつでも相談できる環境をつくり、5年後、10年後に「相談してよかった」と思っていただけるようにしたいと考えています。

また、終身雇用の価値観で働いてきたミドルシニアにも、ひと手間かけたキャリアデザインサポートを実施します。この世代は、給与があまり変わらない企業へ転職するよりも、定年まで安定した場所で働き続けるほうがいいと感じる人が多い傾向にあります。それが突然「終身雇用は終わり」と言われ、今になって今後のキャリアプランを計画する必要性に迫られているわけです。急に言われても何から考えればいいか分からないでしょうし、立場がある人ほど、誰かに相談するのは憚(はばか)られると思います。リクルートでは、これまでキャリアプランを考える機会がなかったミドルシニアに対し、頼れる第三者として支援していきます。

50代の方でご相談をくださる方々は、ローンやお子様の学費、介護など様々な理由で定年後も年収を落とさず働きたいというお悩みを持っていらっしゃるケースは多いのですが、一様に「自分の経験で転職できるのか」とご不安をお持ちです。長いご経験があるからこそ、専門スキルだけでなく、ポータブルスキルと言われる「業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキル」が必ず身についているはずです。キャリアアドバイザーが、求職者の方のこれまでのご経験、特に力を入れた仕事・出来事等を深堀しながら、その方のスキルの言語化のお手伝いをしています。専門スキルが100%求める用件に合致していなくても、企業の求めるポータブルスキルが合致すれば、採用されるケースは実はたくさんあります。

このように、当社はこれからも、人とITが共創しながら、働く個人一人ひとりの可能性に寄り添い選択を支えていきたいと思っています。

過去実現したパターンのマッチングは、人がやらなくてもAIがやってくれます。どんなにマッチング精度が向上しても、人間が立ち止まれば、それはすぐさま過去の情報になります。人間が常に新しい可能性を見つけてお客様に提案し、事例を社内で共有して明日に活かす。このひと手間が、サービスの質向上につながります。

――最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。

サービスのバリエーションを増やす検討を、具体的に始めています。これまでの「相談から面談、そして採用」のステップだけではニーズに沿ったご支援が難しかった方々への取り組みを強化します。例えば、面談に来ること自体のハードルが高いエントリーキャリア(就職活動中の方、第二新卒の方、既卒で社員としての経験がない、もしくは短い若年層の方々を、当社独自に呼称しています)の方々へのご支援にも力をいれていきます。それは個人の強みを今までの大分類で分けるのではなく、「シフトを組む役割を任せられることが多かった」や「学生時代の部活動でいつも部長に指名された」など、キャリアアドバイザーが本人の魅力や特性、実現したいことを具体的に言語化し、企業とのマッチング事例を増やしていくことであると考えています。この点は、デジタル処理をせず人を介して取り組むサービスだと思っています。デジタルの答えは一律になりがちですが、人が介在すると、人によって可能性の見方や提案の方向性が異なり、選択肢が広がります。

もちろん、求職者の選択肢を広げたデジタル化の功績は大きいです。一方で、選択肢が膨大になったために、情報量が多すぎて迷うという意見もあります。今後は、必要量だけにチューニングしながら、個人の可能性を開く局面ではアクセル全開にしていきます。