会話で築く信頼関係がAIマッチングの精度を超える

就労ビザの取得基準が厳しいシンガポールにおいて、4年連続売上目標を達成し続けるコンサルタントがいる。ジェイ エイ シー リクルートメント シンガポールのチームリード、吉田沙紀氏だ。輝かしい成績の裏には、グローバルなキャリア構築のサポートへの熱い思いがあった。

日本人の海外でのキャリア構築の支援を目指し、人材業界へ

吉田氏が初めて、生まれ育った宮崎を離れて他国へ行ったのは、高校2年生の夏だった。高校時代は、勉強にも部活にもいまひとつ打ち込めず、投げやりな態度を見かねた母親が、「夏休み、海外に行ってみたら?」と提案、米国・カリフォルニア州にある小さな町、サンタマリアでのホームステイを体験した。1カ月の海外生活で、米国のフレンドリーなコミュニケーションに感銘を受けて英語が大好きになり、生まれて初めて、自身のお小遣いで小さな英和辞書を購入。自主的に勉強に打ち込むようになり、大学では英文学科に進学した。

大学在学中には、フィリピンやカンボジアでボランティア活動を経験し、卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社。営業職として、地方部の高校向けの学力向上、受験支援、進路指導関連のコンサルティング営業に4年間従事。その後、留学を決意して退職。ウガンダの小さな村で教育ボランティアを経験後、グローバル教育・教育開発を学ぶべくロンドンの教育大学院へ通った。2014年にベネッセコーポレーションへ再入社した吉田氏は、海外留学のカウンセラー業務と、グローバル教育プログラムを拡充させたい大学への法人営業に3年間従事した。

その後、名古屋の留学エージェントへ転職。引き続き、高校生や大学生のグローバル教育と留学の支援をする中で、学生たちの留学後や卒業後のキャリアを支援することができない自分の不完全さに、もどかしさを感じるようになった。
「せっかく高い費用と貴重な時間を使って留学したのに、英語を十分に話せないまま帰国したり、英語以外のスキルもあまり身に付かないまま帰国したりする学生もいるという現実に直面しました。『将来海外でキャリア構築をしたい』という想いを抱いて留学する学生も多い中、彼らが海外で本当に活躍できるようになるために何が必要か、どのようなスキルが求められ、実際にどのような人材がグローバルで活躍しているのかを、納得感ある形で言語化して伝えられないことに課題を感じていました」

その思いから、グローバルなキャリアの支援に携わりたいと思うようになり、2019年にキャリアコンサルタントの国家資格を取得し、翌20年からシンガポールの人材紹介会社であるジェイ エイ シー リクルートメントでコンサルタントとして働き始めた。入社から現在まで一貫して、経理、財務、人事、労務、法務、事務、秘書、経営企画などバックオフィスの日本人求職者を担当。23年からは、日本以外の国籍を持つ日本語スピーカーの候補者も担当し始めた。24年4月にはジャパンマーケット部門のコーポレートサービスチームのチームリードに就任し、専門領域としてコンサルティングファームも担当するようになった。

日系企業のプレゼンス向上のための課題とは

シンガポールは特に就労ビザの取得基準が厳しく、外国人雇用のハードルが高い。そのため、企業は日本語が話せるシンガポール人や、シンガポールの永住権を持つ日本人を求める傾向にある。これは、ジェイ エイ シー リクルートメント シンガポールのジャパンマーケット部門の取扱案件全体の7割が該当するそうだ。ローカル人材のうち、40代以上では日本語能力試験に合格した日本語上級レベル(N1~N2)の人材が一定数存在するものの、若年層の候補者は少なくなっており、その希少性からすぐに就職先が決まるため、転職マーケット内日々、争奪戦が繰り広げられている。

一般的にシンガポール人の転職は、キャリアアップと給与を重要視するケースが多い。しかし、日系企業での勤務は、駐在員が上層部にいてガラスの天井化しており先のキャリアが描きにくいケースや、同じ仕事を数年続けても給与が上がりにくい傾向にある。そのため、日系企業を辞め、キャリアアップと昇給を目指して転職する人も少なくない。なかには20~30%の給与アップを実現するケースもある状況だ。
「日系企業も、シンガポールの市場に合わせたキャリアパスや給与水準に倣った人事制度を設計する必要があります。加えて、在宅勤務やフレックスタイム制などのフレキシビリティも、シンガポール人は重視することが多いです。何年も働き続けた優秀な社員が簡単に転職しないよう、社員との対話を大切にし、エンゲージメントを高める努力が必要だと感じています」
ただ、「日系企業にぜひ就職したいという意思を持ったシンガポール人も多くいらっしゃいます」と吉田氏。シンガポール人から見て、日系企業は経営が不安定になっても簡単に人材を解雇しない点、長期的に安定した環境で勤務できる点が魅力だという。大きく急激な成長は見込まれない反面、安定して緩やかな成長を望む人材には好まれることが多い。

日本語ネイティブスピーカーによるコンサルティングで安心感を生み出す

シンガポールでは、多くの人材サービス会社が競争を繰り広げる中、ジェイ エイ シー リクルートメント シンガポールは、きめ細やかな対応と豊富なコンサルティング経験を活かし、顧客の信頼を得ている。金融、IT、インダストリアル、ヘルスケア、コーポレートサービス、派遣などの領域別にチームを編成し、専門性の高いサービスを提供している。また一人のコンサルタントが候補者と企業の双方を担当することで、両方の情報を把握し、ご紹介の精度を高めている点が特徴だ。

吉田氏の所属するジャパンマーケット部門は、メンバーの個性が非常に際立っていて、候補者との面談の進め方や選考のサポートの進め方も十人十色だ。吉田氏は、各コンサルタントの強みをリスペクトし、褒めて伸ばしている。個人の長所を強くしていくことで、チーム全体の力の底上げをしたい狙いだ。また、ナレッジシェアを大事にしており、うまくいったケース、いかなかったケースを、ミーティング以外のシーンでも日頃から気軽に話せる環境づくりに努めている。この姿勢が、部門全体の心理的安全性と信頼関係を作っているのだろう。

履歴書には表れない「血の通った推薦文」を顧客に届ける

吉田氏は2020年に入社後、21年から23年の3年にわたり売上目標を達成、24年の売上目標も8月時点で既に達成している。継続的に数字を追いかけ続けられる点が、自身のストロングポイントだと言う。相手に都合がいい情報だけを話すのではではなく、良い点も悪い点も正直に伝え、顧客が主体的に判断できる、納得感が高く意思決定ができる状況を作るよう心がけているそうだ。
「新卒の頃からずっと、エンパワーメント(人の可能性をつなぎ、広げていく)を自身のミッションに掲げ、目の前の人にどのような選択肢を提供したら幸せになれるかを考えるプロセスが好きであり、原点であり、モチベーションになっています。また、自分の努力の総量や、お客様の役に立てた数が、ダイレクトに数字で見えるという点で、コンサルタント職が大好きで辞められません」

吉田氏が好成績を収め続けられる理由の一つに、AIでは代替できない部分の細やかな紹介を得意とする点がある。求人票には記載されないが企業側が求める要素、たとえば人柄、志向、価値観、社風やチームとの相性、ビジョン・ミッションの合致、キャリアプランなど、言語化しにくくヒアリングで引き出さなければ分からない部分の一致を大切にしている。加えて、顕在化していない求職者自身の内面にある課題や、将来どのような姿を目指したいかなどを探り、求職者と企業双方の期待値が合致するような提案をする。顧客企業からは、「吉田さんの推薦文は血が通っている」と褒められるそうだ。結果として、血の通った推薦文は多くの採用につながっているが、もちろん、企業側が吉田氏からの提案を快く受け入れる関係性になるまでに、吉田氏は足を使った努力を続けてきた。
「短時間の電話ヒアリングなどでは、真のニーズがつかめず、良いご紹介ができません。やるなら全力で良い人材をご紹介したい。だからこそ、企業を訪問して担当者に直接お会いし、業務面以外のことも多面的にしっかりとお話できるような時間を大事にしています」

また、吉田氏は企業顧客とランチやディナーの機会を多く作り、担当者の人柄に興味を持ち、コミュニケーションを取っている。カジュアルな場での相手の話しぶりから、その背景にある社風を感じ取ることで、それがより良いご紹介につながるからだ。このように、とにかく全力で仕事に取り組む吉田氏は、常に会社から与えられる目標の2倍を達成する心構えでいるという。
「150%の力でサービスを提供して、150%の満足をしてもらう気持ちで取り組んでいます。顧客接点をより多く、深く持ち、何かお困りごとがあった時に思い出していただける存在になれるよう、真摯に日々の仕事に向き合っています」

最後に、今後の夢を聞いた。

「仕事の目標は、シンガポールにおいて日本人コンサルタントとして高いプレゼンスを発揮することです。将来的には、自分が育った地方の子どもたちに対して、グローバルな視野を広げる支援や、海外でのキャリアの選択肢を提供できるような支援を行いたいと考えています」