日本企業とベトナム人財の交流を100年先までつなぐ企業に
ベトナム人材の研修、派遣、紹介、受け入れサポートなどの事業を展開するESUHAI(エスハイ)。独自に考案した日本企業向けの研修カリキュラムは、ベトナム人の働き方や労働意識改革に大きく貢献している。同社オリジナルの研修内容や事業への思いについて、CEOのレロンソン氏に聞いた。
ベトナム人に日本の高度な製造技術を伝えたい
――最初に、ロンソン様のご経歴をお聞かせください。
私は、ホーチミン工科大学の機械工学科で学び、1994年に卒業しました。当時のベトナムは、外資系企業を受け入れ始めたばかりの時期で、工作機械や精密機械などの関連企業がほとんど存在しませんでした。金型を作る仕事がしたかった私は、機械技術では世界トップクラスの日本でさらに勉強をしたいと思い、95年に日本に留学し、2000年に東京農工大学院修士課程を修了しました。
留学中にベトナム実習生に対する通訳のアルバイトを通じて複数の中小規模の工場へ行くと、事業規模の大小に関係なく優れた技術を持っていて、まさに私がやりたかった製造の現場でした。それまでは、私は大学卒なのでブルーカラーの仕事には就かないものだと思っていましたが、実際に私がやりたい仕事は、製造工場にあると知りました。これはつまり、日本で製造技術を学びたい人は、日本の大学へ入って日本企業に就職するという個人の能力や経済的な高いハードルを超えなくても、技能実習生で日本に来れば実現することを意味します。
この体験から、技術を学びたい人が来日しやすい環境を作りたいと思った私は、2000年に機械工学研究科の修士課程を修了すると、博士課程に進まず、通訳のアルバイトをしていた団体で、ベトナム人の実習生を受け入れる仕事に就きました。
実際にサポートしてみると、労働者として日本へ来る多くのベトナム人は収入を得ることが目的であり、技術の習得ではありませんでした。ですが、せっかく日本で収入を得ながら高度な技術を習得できるチャンスですから、活かさないともったいないと思い、成長意欲があるベトナム人をサポートする会社を設立しました。05年にはベトナムに戻り、ベトナム人の研修・育成をし日本企業へ送り出す会社として06年にエスハイを創業し、19年にはエスハイ・ジャパンを設立、現在に至ります。
――続けて、御社の事業内容をお聞かせください。
エスハイグループは、エスハイ・ジャパンと連携し、日本企業におけるベトナム人の研修と育成、派遣、紹介をはじめ、人事・マネジメント、法務、コンプライアンスなどに対するソリューションを提案しています。
日本企業に対し、持続可能な採用ソリューションを100年にわたり提供し続ける企業になるため、当社独自の「日越人材還流エコシステム」を構築しています。日本企業向けの研修に加え、ベトナム国内向けの研修などを実施するほか、領域別の人財紹介・派遣、エンジニア育成、ベトナム人の受け入れコンサルティングを展開し、日本でもベトナムでも活躍できる人財を増やしています。
立ち仕事が多い日本に合わせた独自の「立ち研修」
――創業当時、ベトナムには日本語教育や日本での業務研修的な組織は多く存在していましたか?
送り出し事業団体はありましたが、教育会社はほぼなかったと思います。現技能実習生制度に参加する人たちは、基本的にお金を稼ぐことが目的ですので、企業としても送り出しができればいいわけです。そんな中、当社の人材は日本へ行く前にある程度の日本語と生活の知識、ビジネスマナーなどを習得していますから、徐々に引き合いが増えていきました。
――現在は、日本での労働に向けた教育訓練機関が数多く存在しますよね。
思えば、当社が教育制度のパイオニアだったかもしれません。例えば、08年に始めた「立ち研修」は当社が考案しました。日本の工場仕事や接客業は立って行う場面が多いですが、ベトナム人は足を使って働く習慣が一般的ではありません。長時間の立ち仕事ができるようにするため、立ったまま研修をします。
食事の指導も研修として実施します。ベトナム料理はそもそも野菜が多くヘルシーで、栄養バランスを考えなくても、ある程度バランスがいい食事をとれます。一方の日本は、野菜の価格が高いため、安い鶏肉ばかり食べるようになるベトナム人が少なくありません。そのため、栄養バランスをとることの大切さを教えています。他に、お金の使い方など、日本で暮らすために必要な知識を一から教えています。
――採用企業としても、予め生活の基礎知識を持って入職してもらえると助かりますね。
企業側からの要望としても、生活の基礎知識は求められます。以前は、溶接などの専門技術のニーズが高かったですが、現在の製造現場はかなり自動化されましたので、現在はサービス精神や気配り、空気を読むことなど、日本ならではの考え方への理解を求められることが増えました。
お金よりも日本の技術と文化を知るために働いてほしい
――現在もっとも注力する事業を教えてください。
自社の事業というより、ベトナムの労働環境の発展に創業時から注力し続けています。〝ESUHAI(エスハイ)〟 の〝ESU〟 は〝S〟、〝HAI〟は二という意味があります。〝S〟は、日本もベトナムも、平面図で見ると国の形がSの字になっていることに起因します。〝HAI〟は、日越2つの国の相乗効果、「二乗」を意味します。人を派遣するだけでも教育するだけでも、ベトナム人が日本で長く気持ちよく働き、キャリアを発展させる目的を完結しません。目的を達成するための、あらゆる事業展開をして相乗効果を生み出すことが必要だと考えています。
両国は、面積や人口の規模は近いですが、人口の年齢比率が違います。日本は少子高齢化社会ですが、ベトナムは若者の人口比率が多いです。それにも関わらず、ベトナムは産業の発達が追い付いておらず、しっかりした技術を習得できる働き口が少ない現状があります。また、ベトナム人を日本へ送り出す企業はたくさん存在しても、日本の暮らしに適応しながら心地よく働くための知識を教える機関は多くありません。そのため、当社が働き手と受け入れ企業のWIN-WINの関係をサポートし続けています。
――ベトナム人材の特長や課題を教えてください。
ベトナム人の一般所得は決して高くなく、稼げる仕事を探している人がたくさんいます。一方で、ベトナム国内には仕事が少なく、海外へ行くにもそれなりの語学力や相手国の知識が必要です。英語が話せる人は多いので、欧米へ行けば仕事がありますが、欧米企業は一般的にジョブ型雇用で、必要がなくなれば解雇される社会です。日本はメンバーシップ型で、モチベーションがあれば、企業が人を育ててくれます。日本のメンバーシップ型の働き方は、個人的にはとても素晴らしい文化だと思っていますので、ベトナム人に日本の技術と文化の素晴らしさを伝え、たくさんの人に知ってほしいです。
現状、多くのベトナム人が、生まれた場所から出ることなく一生を過ごします。他の地域や国へ一歩踏み出していれば見られたはずの多くの景色を、見ないまま終わる人が本当に多い。私は、この人たちに幅広い経験をする機会を提供したいと考えて、今日まで事業を続けてきました。
一方で、日本とベトナムの賃金格差は徐々に縮まっていて、創業時ほど「日本へ行けば稼げる」わけではありません。スキルアップを目的として海外へ行くベトナム人も増加しました。ベトナム人の労働は、単なる出稼ぎのフェーズから知識と経験の習得へ移っています。お金のためではなく、技術や異文化を知るために、多くのベトナム人に日本で働いてほしいです。
――御社の創業時に比べ、現代は中国や韓国なども技術発展と賃金上昇が目覚ましく、日本で働きたい人は減少の一途ではないでしょうか。
数字上で見ると、減少していません。当面は大丈夫だと思いますし、当社は100年先まで日本の企業と共に発展し続けることを考えて戦略を考え続けます。実は、末永い事業にする決意として、ロゴマークを変更し、インフィニティの文字を入れました。インフィニティは、〝S〟を重ね合わせる意味も持ちます。
――最後に、ベトナム人の受け入れを検討している企業へのメッセージをお願いします。
多くの人は、学生時代は学問を勉強していたのに、就職したらいきなり仕事を実践することになります。すると、例えば新卒エンジニアに「お客様にお茶を出して」と指示をだしても、「エンジニアで入社したからお茶入れは自分の仕事じゃない」という発想になってしまう人が出ても不思議ではありません。新卒からの10年間は「社会学校」に通っているようなもの。社会人教育や経験・能力の養成が必要です。私は、一人前の社会人になるには30歳までかかると考えています。その時期に「社会学校」で発展する若者を育成する役割は、当社に任せてください。