2024年6月、女性管理職メンターとキャリアに悩む若手女性社員をつないでキャリア形成を支援するサービス『withbatons(ウィズバトンズ)』がスタートした。出産や育児といったライフイベントとの両立や今後のキャリアプランに不安を抱える女性たちに向け、多くの等身大の『ロールモデル』との出会いとメンタリングの機会をつくってキャリアの軸を定め、管理職昇進への背中を押すという、ベネッセコーポレーションの新規事業だ。サービスを始めた経緯や内容、これまでの成果などについて、同社の大学・社会人カンパニー 女性キャリア支援事業部の部長、白井あれい氏に聞いた。

現役女性リーダーと若手女性をつないで活躍の背中を押したい

――最初に、サービスの内容を詳しく教えてください。

『withbatons』は、キャリアデザインに悩む非管理職の女性と、過去に似た状況を経験した他社の現役女性リーダーをつなぎ、メンタリングを通じて今後のキャリア形成をし、自信をもってご活躍いただくための支援をするサービスです。メンタリングとは、対話や心理的サポートを通じて成長を支援する人材育成手法をいいます。1人のメンティーに対して6回のオンライン・メンタリングの機会があり、毎回違うメンターがつきます。

――社外メンターのサービスは他にも存在します。御社の強みは何でしょうか?

メンターの質と数にこだわりました。たしかに社外メンターの提供サービスは他にも存在しますが、管理職や会社員の経験がない人でも、講習を受けただけでメンターになってしまう実態があります。当サービスのメンターは全員「組織において正社員として働く、現役かつ管理職以上のリーダー」です。メンティーが抱える不安を先に経験し、現在はリーダーとなって活躍する先輩がメンターであるほうが、見えてくる景色の説得力は増します。心理学者アルバート・バンデューラが唱える「自分でもできる」という自己効力感に影響する代理経験を得るにあたり、同じ経験をしたメンターの存在は大きい。良くも悪くも社内に多くのモデルケースがいる男性と違い、女性のモデルケースは少ないので、現役かつ似た環境にいる女性リーダーとの対話による自己効力感アップ効果は計り知れません。当サービスには、組織に所属して現役でリーダーをする女性メンターが約450人在籍しています。

――メンターはどうやって集めましたか?

実は、ほぼ口コミです。withbatonsをニュース記事で見た企業のお一人が社内SNSで拡散して、その会社から複数人の希望者が集まるような出来事の繰り返しで450人になりました。それだけ多くの女性リーダーが「自分の経験が誰かの役に立つなら」と思っていらっしゃるのですね。

――メンターとメンティーをどのようにマッチングさせるのでしょうか。

当社が独自で開発したアルゴリズムを使い、AIでマッチングします。通常のメンタリングですと、メンターとメンティーのマッチングは人間の勘に頼るところが大きいのですが、それでは精度があまり高くない。何が満足度に寄与するか、何と何を組み合わせるとキャリアの展望が開けるかなど、具体的な項目を3,000個以上作り、そこから約1年かけて約60項目に絞りました。現在も、アルゴリズムは日々アップデートを続けています。

――特に寄与する項目は何ですか?

仕事に対する価値観と性格特性の寄与は大きいです。これはそれぞれ複数の要素で確認します。環境が似ていても、仕事やキャリアへの考え方、性格などが合わなければ、メンティーは話を聞く意欲が下がります。一方で、考え方が同じ人とばかり群れてもよくないので、メンタリングの前半は共感度の高い人にしつつ、徐々に違う価値観の人とも話せる工夫をしています。

――手ごたえはいかがでしょうか。

自己効力感が上がって「管理職になりたい」と思う方が大幅に増えています。私たちが狙っている、自分のキャリアにおける軸である『キャリアアンカー』を探す旅をメンターと共に行い、自分がなりたい姿を自ら描き、結果として「管理職という生き方って、ありだな」と思っていただく人を増やせていると感じています。メンターも、自分の経験を話すことで、あの時の色々な思いを昇華できるというようなデトックスになる人が多いようです。

――withbatonsには、メンタリング以外のサービスもありますよね?

自分のキャリアというものの見つめ方を体感し、メンターとの出会いで何を得てくるかを習得する「キャリア研修」と、キャリアを棚卸ししてメンタリングのマッチングに備える「アセスメントテスト」、「メンタリング」、そして経験の言語化を行う「フォローアップ研修」の4ステップのサービスになっています。

――社内メンター制度との差別化は?

社内メンターとはそれぞれ異なる価値を提供すると考えています。社内メンターは、その企業の中で何をどうしていくかの話をしますが、withbatonsでは、キャリアの軸であるキャリアアンカーを探すためのメンタリングを行いますので、企業には、withbatonsでキャリアの方向性を決めてから、社内メンター制度へとつなげていく流れをお勧めしています。社内メンター制度構築のご支援もしています。

社会を変えるため、インパクトを与える規模に育てたい

――白井さんがwithbatonsを事業化した経緯をお聞かせください。

私自身、14年前に育児と仕事でキャリア迷子になりまして、誰かに相談したくても周りに相談できる人がいなかったことが、withbatonsを事業化する原動力になりました。社内に同じ経験をした人がおらず、ママ友は年上が多く「キャリアはもういい」という人か医師などの資格があって自立した人ばかりで、「相談できないとはこんなにもつらいものか」と、痛烈に感じました。

昔に比べると、子育て中の母親が働くことへの偏見は少なくなり、企業側の理解も深まりました。ただ、子育てと仕事の両立の先にある、男性社会において管理職となることへのハードルはまだ高いため、女性が管理職になりたがらない、やれる気がしないのです。当社が実施した女性非管理職正社員に関する調査(n=500/2024年2月)では、「管理職になりたくない」女性が全体の6割です。とはいえ一方で、身近にはいなくとも、世間には単なる両立した働き方を超え成長し続けてきた女性は既に多く存在します。それならば、先に経験した先輩と、これから両立と成長を目指す後輩をつないで、自分のキャリアの軸を定めた結果、手段として「私も管理職になりたい」と思ってくれる女性を増やせたらと思いました。管理職になることイコール活躍とは思っていませんが、管理職になることがあまりにもネガティブに捉えられ過ぎている。消極的な選択になっている現状はもっと軽やかに変えられるのではないかと思っています。

――14年越しの思いが実ったのですね。

やるなら企業や自治体を巻き込む規模感で取り組まなければ、大変な思いをしている女性達の傷のなめ合いで終わってしまうと思い、タイミングをうかがっていました。14年前も現在も、育児とキャリアの両立や成長に悩む女性はいますよね。一方で、企業が事業として取り組むには収益化のビジョンが見えにくく、慈善活動の範囲で終わってしまいがちなので、具現化するチャンスをうかがっていたところ、2023年3月に「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス・コード」が改訂されると、取締役会や管理職における多様性の確保が必須となり、企業が本気で女性管理職を、それも数字合わせではない形で増やす流れになったんです。「今がチャンス!」と思い、社内のビジネスコンテストに提案しました。

――そして、見事最優秀賞に輝いた、と。

いえ。最優秀賞は受賞していないんです。特別賞でした。受賞していないからこそ余計に「一番乗りで事業化してやるぞ!」と思いました。受賞した企画は、通常2年かけてじっくり戦略を練りますが、「ならば1年で事業化!」を目標にし、実際に1年で事業化しました。

――会社側のサポートもありましたか?

もちろんです。当社の新規事業への本気度はかなりのもので、採用されるまでに何度も経営者会議が行われ、何度も公開処刑のような目にあい(笑)、やっとの思いで事業化が決まります。コンテストで最優秀になった企画でも、途中で却下されることもあります。

――御社と上場大手企業が組めば、社会を動かすプロジェクトは実現しそうですが。

たしかに、上場大手企業の賛同は得られやすいのではないかと思います。ですが、日本は99・7%が中小企業の国です。多くの中小企業は、研修や育成に多額の予算を投下できないため、他の仕組みが必要だと思っています。それはまだ練っている最中です。

社内の女性活躍推進も一緒に『withbatons』が支えます

――利用している企業の特徴を教えてください。

東証プライム市場の上場企業がメインです。そのため、多くの企業がこれまでも女性活躍推進やダイバーシティ経営には取り組んでいます。ただ、現実としては当該部署や担当者が孤立しやすい傾向にあります。これも、女性管理職のロールモデルと同じで、道しるべがないことが原因の一つです。例えば、女性リーダーシップ研修をやると言うと「なんで女性だけなんですか」とまさに女性社員につつかれるわけです。女性のためにやっているのに、その女性からも敬遠されて、心が折れてしまう。この点も含めて「withbatonsが支えますよ!」と背中を押したいんです。

――企業側の意識改革も必要ですね。

いまの50代以上は男女雇用機会均等法が施行されて間もない世代で、権利への思い入れが強い反面、男性社会において生き残れるかどうかを試されていた世代です。40代は男女ともに氷河期世代で就職するのもやっとで、そもそも全体的にしんどかった世代。30代後半あたりから働き方やハラスメントなどの法整備の影響を受け始め、ノー残業、ノーハラスメント、男女は当然平等を目指すことが当たり前の世代になります。これら世代の感覚差を認識せずに昭和世代が「女性活躍推進!」と叫んでも、平成生まれからすると「なんで女性だけ?」と思うわけです。正直、どの世代にも言い分はあって、また他の世代の理解が足りないです。今は、権利だから、平等にすべきだから女性活躍をしないといけないということではない。人口オーナス期*において労働人口を増やすためには、どうやってもダイバーシティ人材の活躍が必要です。そのマイノリティのなかではマジョリティである女性から、まずは活躍推進をしましょうというもので、ビジネスニーズから生まれているのです。そこの認識齟齬を放置したまま進めようとしても、色んなレベルでいろんな人が好き勝手言いますから、いつまでたっても進みません。全体の意識改革が必要なのです。

*働く人よりも支えられる人が多くなり、人口構成が経済にマイナス作用する状態

――最後に、利用した企業や参加者からの声をお聞かせください。

現状、リリースから半年で既に50社以上にご導入いただいております。ご参加企業側で、自社の参加者に利用後のヒアリングをしてくださっていたりするのですが、そこで集まった参加者たちが似たような悩みや背景を抱えていることから、自然と参加者コミュニティーができるそうです。彼女たちは未来の管理職候補生ですので、このまま管理職になってくだされば、彼女たちが今度は後輩たちに同じようにメンターをしてくれるだろうと期待しています。