全国のエージェントと連携して医師偏在問題の解決を目指す

日本の医師数は2002年から20年の間に7万6,936人増加したが、同時に都市部への偏在が進み、2024年12月に厚生労働省が対策パッケージを策定するに至るほど問題視されている。医師の偏在が発生する理由と人材サービス業界の対策について、株式会社リクルートメディカルキャリアで採用代行を担当する小熊智子氏に聞いた。

採用代行を通じて医師の偏在をなくす

――最初に、リクルートメディカルキャリアの事業を教えてください。

リクルートメディカルキャリアは、医師および薬剤師のあっせん業務を主軸とした人材サービス会社です。求職者へのサービスとしては、ご登録いただいた医師や薬剤師に入職先を探す事業を展開しており、人材紹介とスカウトに分かれます。法人様に対しては、採用代行、エグゼクティブサーチ、医院・薬局の承継などがあります。

医師の採用が一人決まれば、その地域で治療ができる患者数が数百~数万人増えます。医師の専門領域次第では、診療科目や病床数が増えます。この点は当社ができる社会貢献であり、介在価値だと自負しております。

――小熊様はどのサービスのご担当でしょうか。

私は、医療施設の採用代行サービスを担当しています。採用代行サービスは2015年にスタートしました。現在は医師の採用代行サービスを提供していますが、医師の採用が決まれば、チームメンバーとなるコメディカルの採用も必要になりますので、今後は医師以外の職種の採用代行についても提案したいと考えています。

――採用代行サービスを始めた経緯をお聞かせください。

採用代行事業は、メンバーの「医師の偏在を解消したい」という強い思いから始まりました。同メンバーの父親が倒れて救急車で運ばれた際、受け入れ病院がなかなか決まらず、不安で怖い思いをした経験から、採用代行を通じて医師の偏在をなくし、一人でも多くの患者様が安心できる医療環境にしたいと思ったそうです。実は、私も同メンバーに採用されて、いまに至ります。1年前と比較しても紹介会社からご紹介いただく医師の数は約3倍に伸張しています。

――事業スタート以降、偏在は解消されていますか?

緩やかな解消傾向は見られますが、そもそも医師数そのものが不足しています。働く場所は潤沢なのに、働き手がいないのです。

さらに、都市部の医療機関に医師が集中する一方で、地方は1年経っても一人も応募がないケースが珍しくありません。これが医師の偏在問題です。私たちは、医療行為はできませんが、医療従事者をその人らしい環境にマッチングするサービスを通じて、だれもが安心して暮らせる社会をつくれると、本気で思っています。

求人票を差別化して地方病院の採用を支援

――中小規模の病院には採用専門の部署がなく、医療従事者や事務の方々が兼任されると聞きました。

おっしゃる通りです。医療従事者や事務人材が兼任する場合、なかなか採用に工数をかけられません。それが、医療機関から採用代行をご依頼いただくもっとも大きな理由です。また、採用や応募が頻繁でない医療機関では面接の機会が少ないため、面接のノウハウや経験が蓄積されていない点も、依頼理由になっています。

当社の採用代行サービスはリリースから9年が過ぎましたが、まだまだ地方や中小規模の医療機関からの認知には課題があると思っています。中小規模の医療機関の中には、クリニックや老健のように 医師が一人しかいない場合もあり、充足していると数十年にわたり医師の採用をする機会がないこともあります。ある日突然、医師が体調を崩して引退し、急に医師の採用が必要になる。このようなパターンも多いので、早くからお手伝いするためにも、認知拡大は課題です。

――採用代行業務の具体的な流れを教えてください。

医療機関にとって医師採用の困難さは中長期化しています。こうした状況の中で、採用競合との差別化を〝勤務条件”競争の次元でやっていると、アピールすることの限界に陥ります。実際、世の中に溢れている求人票は似通っていて求職者からすると違いが認識しづらいことも多く、結果的に〝知られない”病院施設も多く、これでは医師の偏在は解消されない上に医師のキャリア選択の幅も広がりません。

――差別化する情報は、具体的にどのような内容ですか?

採用代行サービスでは「採用活動はマーケットコミュニケーションである」という考え方を持ち、採用ターゲットに相応しいコミュニケーションを効果的に行うことだと考えています。

実際の進め方は採用目的を確認し、採用ターゲットを設定します。その一方で医療機関の「自負」と「誇る実績」を表出するために、アイデンティティとなる医療機関の「理念」「価値」に遡ります。このプロセスを辿ることで、〝共感の接点”の想定が可能になります。そのためには、担当する医療機関へ直接インタビューすることも大切なポイントで、インタビューや職場訪問を通じて感じたリアルな情報を求人票に載せています。

医療業界の明るい未来のためにはグループの垣根も超える

――御社はリクルートグループ外の人材紹介会社とも積極的に連携していますね。

当社は人材サービス業ではなく、医療業界の一員として医療領域の採用を支援する立場を創業時から徹底していますので、リクルートグループ内で完結させる概念はありません。より多くの人材紹介会社と連携することが、医療業界の明るい未来につながると考えています。

――医療業界の一員としてフラットな立場を貫いていらっしゃるのですね。

当社がフラットなスタンスを貫き、実績が積み上がっていくうちに、多くの人材紹介会社から理解と信頼をいただけるようになったと感じています。どの紹介会社を利用するかを決めるのは求職者です。

例えば、先生方が人材紹介会社に登録する際、1社だけでなく2社3社と併用される傾向があります。大手に登録される先生は大手だけだったり、中小に限定して登録する先生がいたり、インターネットが苦手な先生は新聞広告に掲載された会社に登録したり。転職市場にいる医師と少しでも多く出会うためには、やはり多くの人材紹介会社との連携が必要です。

通常、人材紹介会社は医師の希望に合った求人情報を、一人あたり30~40件探します。その際に、当社が双方のニーズをくみ取った求人票を提供します。人材紹介会社の担当者の皆様に「こういう先生がいる」と言っていただけたら、当社のコンサルタントが新鮮で肉厚な求人情報を数多く、そしてスピーディーに届けます。

デジタル時代でも対話にこだわり続ける

――地方病院へのマッチングの成功例を教えてください。

都市部勤務希望の医師が地方病院へ入職した例は複数あります。例えば、求職者にパーソナルな情報をヒアリングしたところ、就学前の子どもがいて、可能なら地方でのびのび育てたいと思っていることが分かりました。そこで当社から「都市部ではないけれど、○○市は子育て支援が手厚いです。子育て期間の数年だけ○○市で勤務する方法もあります」と提案したところ、○○市の病院へ入職されました。

医師は文章をしっかり読み込む方が多いので、求人票に細かい情報を入れると、細部まで丁寧に読んでくださいます。中には、勤務地よりも診療方針で入職先を決める医師もいます。地方や過疎地の医療機関は、利便性は首都圏にかなわないので、それ以外のアピールポイントをできるだけ多く出していくことで、採用の可能性を広げられます。物価や補助金なども考えて実質の手取りが多くなれば、それもアピールポイントになります。

――御社の採用市場への絶大なる介在価値を感じます。

ありがとうございます。一連の作業は人ありきで、デジタルマッチングの時代に置いていかれている感じもしますが、採用の解は一つではないので、対話は欠かせません。これからも、マッチングに関しては完全なデジタル化はできないと考えています。もちろん、事務工数の削減などにはデジタルを活用していきます。

――リクルートグループのどなたを取材しても事業の目的をしっかり明確に伝えてくださる点は、いつも感動します。

当グループは熱意をもって仕事に取り組んでいる人が本当に多くて、いいと思えば自分の仕事以外にも参加するような人が集まっています。その中で、お互いに相談しやすい環境を大事にしています。人数が増えるほど面識がない人も多くなりますので、普段関わらない部署の人と話す機会や、年齢や社歴などを超えて相談できる場を設けたりしています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

今後はメンバーを増員して、支援できる医療機関の数を増やしていきます。合わせて、より早く簡単に、求職者がほしい情報を届けられるシステムづくりにも取り組みます。一方で、「その人になぜこの求人が合っているのか、なぜこの人を採用すべきか」というデジタル化だけでは対応しきれないパーソナライズにもこだわり続け、求職者が気づかないキャリアの選択肢や、医療機関が顕在化していなかった魅力を引き出し、新しい採用の選択肢を提示し続けます。