地方の人材不足解決の鍵となる?事業承継と官民連携の可能性

日本の労働力人口減少による課題が顕在化している。加えて、後継者不足による企業の事業成長が止まり、廃業する事例も増えた。今後、自治体や企業はどのような対策を講じるべきか。地場産業の活性化に積極的に取り組む山梨県と県内企業の3社で、議論を深めた。

「県内で働くよろこび」が伝わる取り組みに注力

――最初に、自己紹介をお願いします。

望月 株式会社ラッキーアンドカンパニーの代表取締役社長、望月です。私は山梨県出身で、大学進学を機に上京して新卒でパソナに入社しました。その後リクルートへ移り、29歳の時に山梨へ戻って父を後継する形で、ジュエリーを製造販売するラッキーアンドカンパニー(当時はラッキー商会)の代表取締役社長に就任しました。就任前の弊社は完全なBtoB企業でしたが、現在は70%がBtoC、一般消費者へのジュエリー販売に力を入れております。就任当初から新規事業に力を入れ、キャッシュフロー経営を実行し、無借金経営を続けております。また、製造販売だけでなく、社内のAI/DXの推進、DX・事業承継コンサルなど新規事業開発を続け、20年連続黒字です。今後は国内店舗・国内ECに加え、海外ECも強化し、ニューヨークを始めとする海外店舗の拡大も視野に入れています。

前田 National Search Fund株式会社の代表取締役の前田です。私は、佐賀県の温泉旅館の家に生まれました。旅館は兄が継ぐ予定でしたので、私は会社員として総合商社の双日に入社し、与信審査や事業投資先モニタリング等のリスク管理業務に従事しました。2019年にはフィリピンの新設子会社の業務にも携わりました。ところが直後のコロナ禍で実家の旅館が大きな打撃を受け、また結果として兄も承継を選ばなかったことから、私自身が継ぐべきか深く悩むことになりました。そうした折にサーチファンドと出会い、2022年にNational Search Fundを共同創業しました。サーチファンドとは、経営者を志す人材(サーチャー)が投資家の支援を受け、継ぎ手がいない企業を買収して承継する米国が発祥の金融スキームのことをいいます。

――前田様が旅館を継ぐ流れにはならなかったのですか?

前田 自分の強みと旅館経営に必要な点を考慮した上で、私の能力や経験では旅館を立て直し成長させることは難しいと判断しました。ただ、その力と情熱を持つ方は世の中に必ずいる、また同じ課題に直面する方も数多くいると思いました。サーチファンドを通じ、この仕組みを社会に根付かせることが事業承継課題の解決につながると信じ、起業しました。旅館は、幸いスポンサーの支援を得て、現在は両親と弟を中心に事業継続をしております。

有泉 山梨県産業政策部の部長、有泉です。私は、1989年に新卒で県庁に入り、6年前に産業政策部へ配属されました、課長、次長を経て現在は部長職を担っています。産業政策部には、主に製造業の成長分野への進出支援やスタートアップ企業の誘致・定着を担当する課と、人材育成も含め地場産業を支援する課があります。

兼業農家でもあり、ブドウを作っています。朝3時に起きて7時まで農作業、その後県庁に出勤し、帰宅後に再び農作業という生活を送っています。

――ありがとうございます。本日は、「地方の人材不足の課題を第三者や官民一体でどう解決するか」をテーマに、お話をうかがいます。最初に、山梨県の労働人口の現状と課題について、有泉様にお聞きします。

有泉 山梨県は、産業全体の21%が製造業です。主な業種は機械、半導体、ロボットなどで、大手企業のサプライヤーが多く、従業員100人以上の企業は10%以下、その多くは中小企業です。東京に近いこともあり、多くの高校生が東京で進学や就職をする中、「県内に半導体で利益を上げている会社がありますよ」と説明しても、魅力が伝わりにくいのが現状です。製造業で例えると、人材確保の観点からは、県内の工業高校に就学して県内企業に就職してもらえれば良い流れですが、現実には普通科高校へ進学し、大学進学や就職を機に上京する流れが多いです。

とはいえ、山梨は東京の隣ですから、一度上京しても戻ってくるハードルも低いです。そのため、新卒はもちろんですが、Uターンなども見据えた「県内で働くよろこび」を感じていただくための取り組みに力を入れています。

――県内企業に就職していただくための具体的取り組みを教えてください。

有泉 山梨県の主要な地場産業であるジュエリー業界について言えば、山梨県には全国唯一の公立のジュエリー専門学校、山梨県立宝石美術専門学校があります。1学年35人定員のうち、約20人は卒業後に県内で就職しています。もともとジュエリー加工の地場企業が多かったこともあり、1981年に開校し、県内の多くの企業の協力を得ながら、ジュエリー産業に関わる人材の育成、輩出に貢献してきました。とはいえ、子どもたちがジュエリーデザイナーや職人の道を目指す道筋がまだまだ未発達である点は、課題の一つです。

望月 私も、子供のころからジュエリー企業の職場を見てもらうことが大事だと考えており、当社では工場をオープンにし、製造体験や工場見学ができる環境を提供しています。具体的には小中学生の社会科体験や教育実習、夏休みの自由研究を実施しています。また、有泉さんがご紹介された宝石美術専門学校は、県内企業にとってジュエリーの教育を受けた人材を採用できる環境ですから、他県に比べ大きなアドバンテージと考え、弊社も毎年採用しています。これは、地場産業としての大きな魅力と感じております。

有泉 近年は、企業の雇用に対する意識が高まったように思います。ラッキーアンドカンパニー社のようにジュエリー制作課程を学び体験できるオープンファクトリーや工場見学を積極的におこない、現場を実際に見てもらうことでその製品や仕事に興味を持ってもらうといった取り組みを実施する企業も増えています。また、中小企業でも、カフェのような社員食堂や、保育施設の完備など、社員が居心地よく過ごせる環境を整備し、求職者が憧れる社屋づくりに注力する企業が増えました。このような待遇面を含め、県内で働く魅力を県としても伝えていきたいと考えております。

――ちなみに、山梨県はなぜジュエリー製造が地場産業になったのですか?

有泉 山梨県と長野県の境界にある金峰山の一帯から水晶が産出されたことをきっかけに、水晶研磨の技術が発展しました。山梨県で製造業が発展した経緯も、水晶研磨からきているという説があります。山梨県は狭いので、自動車工場のような大規模施設は造りにくい一方、研磨は家でもできることも、発展に影響したと考えられます。現在は研磨技術だけでなくデザイン、貴金属加工など高い技術を有する企業が集積し、また卓越した技術を有する職人が多く存在することが、山梨のジュエリー産業の強みとなっています。

県主導の人材育成支援で企業と働く人の双方にメリットを創出

――県内で働く方々の待遇や満足度の改善での官民で取り組まれていることはありますか?

望月 山梨県には人口減少危機対策本部があり、私も第1回・人口減少危機対策アンバサダー12人の中の1人です。安心して働き、子育てをしていただくために、子育て環境の整備や奨学金を返済するための支援、移住者の住宅補助など、住みやすい環境づくりに対する県の取り組みを理解し、発信していく活動をしています。

有泉 望月社長もご協力を頂いているそのような取り組みは、非常に重要で多くの県で同様の取り組みがされています。加えて言うならば、山梨では、ジュエリー、ワイン、織物をはじめ、水質の良さなどから日本酒造りも盛んで、若者や県外の方にも興味を持っていただきやすい地場産業が多い点は強みであり、より差別化していけると思います。

――続けて、人材育成の取り組みについてお聞かせください。

有泉 働き手のスキルアップ、企業の収益アップ、賃金アップ(スリーアップ)の好循環を実現する取り組みとして、2022年に『豊かさ共創スリーアップ推進協議会』を発足しました。現在までに、県内844社の企業にスリーアップ宣言(賛同宣言)をいただきました。目標は、県内の約2万社企業すべてに宣言していただくことです。本年度開催の人材育成講座『やまなしキャリアアップ・ユニバーシティ』は、満員の講座が続々と出てきました。

――人材育成講座の概要を教えていただけますか?

有泉 主に、幹部育成をおこないます。中小企業は幹部社員を育てる機会が少なく、社長しか事業成長の舵を取れない状況になりがちです。そこで、県が幹部育成の講座を用意しました。あわせて、国際感覚を身につける機会として、ジュエリーを始めとする地場産業の従事者が海外への留学や、関連資格の取得などに要する費用などを県が全額支給する「匠の翼奨学金」という取り組みも実施しています。

『息子が継ぐべき』にこだわらない承継文化を

――事業承継の現状についても、ご意見をお聞かせください。

前田 全国的に同様の傾向ですが、山梨県でもこの10年間で経営者の高齢化が進み、70代以上の割合が増え続けています。2014年の20%から2024年には28%へ上昇しています。一方で、承継世代は継ぐ上での経営・資金面のリスクを懸念し、継がない決断をする人も少なくありません。

望月 いま県に関わる人が一体となって取り組まなければ、廃業は増える一方です。現代は、親族でない第三者が承継したりすることが一般的な時代になったので、我々の親世代の『息子が継ぐべき』論にこだわらない文化づくりも大切だと考えます。

また、昔と比べ、経営スピードは飛躍的に加速し、多様な要因が複雑に絡み合っています。かつての1年が、まるで3日ほどに短縮されたかのように日々が過ぎ去るこの時代に、単に事業を承継するだけでは企業の持続的成長は保証されません。株主と経営の分離によるガバナンス強化や、経営手法の多様化を前提に、柔軟な視点で戦略を練ることが不可欠です。

県や地方銀行と企業が連携し、地域の優良企業を的確に支援・存続させることで、地方経済の基盤を強固に築く取り組みが求められていると考えています。その一環として、後継者育成や資本政策の最適化を推進することで、地域全体の持続可能な発展に貢献できると確信しています。

有泉 県としても、金融機関と企業と県の連携強化に着手したいと考えています。

地域という一つの軸で業界団体も含めた企業と金融機関と横軸で連携し、地域企業の永続のために取り組んでいくことは非常に大事なことですし、縦軸となる業界自体も変化に対応していく、この両方が必要な時代だと思います。