事業承継のカギは「家族以外の選択肢」
経営者になりたい人と後継者不在に悩む経営者をつなぐ米国発祥の投資スキーム『サーチファンド』が日本で実施されるようになって、10年が過ぎた。サーチファンドはどのようにして事業承継に貢献しているのか。現状と今後について、National Search Fund株式会社の代表取締役 、前田健太氏に聞いた。
事業承継の新しい形『サーチファンド』とは
――前田様がNational Search Fundを立ち上げた背景をお聞かせください。
私がサーチファンドの会社を設立したきっかけは、佐賀県にある実家の温泉旅館の事業承継課題でした。本来は兄が承継予定でしたが、最終的に別の道を選びました。だからといって弟の私が継げばいいかというと、厳しい経営環境のなかで、旅館を立て直し成長させるだけの能力や経験が自分にはない、そう痛感していました。そこへコロナ禍が追い打ちをかけ、半ば諦めかけていたときに、サーチファンドの存在を知りました。
サーチファンドは、経営者を志す人材(サーチャー)が自ら承継先を探し、投資家の支援を受けて会社を引き継ぐ仕組みです。このモデルなら、同様の悩みを抱える中小企業の事業承継課題に向き合える。そう思い、28歳のときにNational Search Fundを立ち上げました。
――地域の中小企業の経営者は、サーチファンドの存在をどうやって知ることができますか?
サーチファンドは米国発祥の投資スキームで、日本での展開はここ10年ほどです。近年は国や自治体、地域金融機関の取り組みが進み、新聞などのメディアで取り上げられる機会も増えてきました。弊社でも、東京都や地域金融機関と連携してファンド運営を行っており、ホームページからの直接のご相談も増えていて、認知の広がりを感じています。
類似のビジネスモデルとして、従業員承継モデルの実装を目指す米国のスタートアップ(チームシェアーズ)が、海外のファンドや国内金融機関と連携し、2024年に日本へ進出しました。これは中小企業の株を取得し、時間をかけて経営者・従業員へ持分を移し、最終的に過半数保有へ移行するモデルで、国内発のスタートアップも新たに生まれています。
サーチファンドや従業員承継モデルは、株式保有を通じて、裁量や責任、成果に見合う対価を伴うオーナーシップを醸成し、次世代の中小企業経営を担う人材の育成・輩出につながると考えています。私たちは、地域に根付き、会社と地域を自分ごととして捉え、良い意味で“おせっかい”に地域を盛り上げる、そんなオーナーシップを備えた“中小企業の経営者”を次世代に数多く輩出していきたいと思います。
――御社に事業承継を依頼する経営者の属性を教えてください。
親族や従業員に後継者が不在で、一般的なM&Aには抵抗がある方が中心です。我が子のように育てた会社を、人生をかけてコミットする「人」に託すことができる点に共感いただいています。また60歳をめどに承継完了を望むケースが多いです。といっても、完全に引退するのではなく、次のチャレンジに向けた前向きな承継が多いのも特徴です。当社でこれまで承継した4名のうち3名の経営者は、地元への貢献や別のビジネスを始めるための承継でした。また、会社の次のステージを見据えたご依頼も多く、事業を継続するにしても、自分たちの代では成長に限界を感じておられるなかで、一定期間伴走しながら、新しい経営者と一緒に改革したいというご相談も少なくありません。実際に新旧経営者の一体経営により、売上が3倍になった事例もあります。
――サーチャーの属性は?
大手企業で活躍する30~40代が中心で、50代の経営層やコンサルタントの方も多くいらっしゃいます。大きな組織ゆえの制約や、顧問のような助言的な立場では満足できず、自らオーナーシップを持って経営したいという意欲の強い方々がほとんどです。彼らのような先行者の成功事例を積み重ね、サーチャーに挑戦する人を増やしていきたいと考えています。
売って終わりの投資にNO!ミッションは『事業承継』
――御社の強みを教えてください。
大手傘下ではなく独立経営をしているため、事業承継に重きを置くスタンスを、自由度高く長期的に貫くことができます。大手傘下の場合、転勤など、グループの方針に傾かざるを得ないケースもありますが、私たちに転勤はありません。当社のミッションは『地域資本の会社として中小企業の数と彩りを残すこと』ですので、サーチャーが時間をかけて理念やビジョンを承継し、次世代につなぐことを大切にしています。ゆえに私たちも人生をかけて伴走し、短期で他社に売却するといった“売って終わり”というビジネスは絶対に行いません。
もっとも、ファンドである以上、株式保有と伴走期間には一定の期限があります。その中で私たちは、サーチャーがオーナーシップを持つ形でのEXITの実現を大切にしています。具体的には、サーチャーが株の過半数を買い戻すMBO(Management Buyout)、もしくはIPO(Initial Public Offering/株式の新規公開)です。これらを実現するには金融機関との連携が欠かせず、地域金融機関との密な関係性が当社の強みです。
――22年の設立から今日まで、事業承継の実績は何件ありますか?
おかげさまで設立から1年で1号ファンドを立ち上げ、その1年半後には4社の事業承継を実現しました。さらに今年、東京都が出資し首都圏の事業承継に取り組むファンドを新たに立ち上げました。新ファンドについても、成約間近の案件が複数進行中です。サーチファンド事業者として、この3年間のスピードは業界の中でも高い水準にあると思います。
――速いスピードで進められる理由は何でしょうか?
当社はサーチャー募集から承継、承継後の伴走までを一気通貫で担い、金融業界出身者に加え、人材ビジネスや起業・事業承継の経験者など、多様なチームで「人」と「会社」双方を的確に見立てられる体制を整えています。
さらに、デット(負債)とエクイティ(資本)の双方を熟知し、案件ごとに最適なスキームを構築し実行に移せる点も特徴です。加えて、サーチャーのほとんどは当社への直接応募のため、初期から密に対話でき、その人が本当に承継すべき事業を早期に特定できます。結果として、「人×会社×金融」を一体で考えることができ、高いマッチング精度とスピードを両立し、スピーディな承継実現につながっています。
――御社にも人材紹介企業から提案がくることはありますか?
はい。人材紹介会社からサーチャー候補者をご紹介いただく機会は増えています。ダイレクトな転職に比べると着任までに時間がかかるので、その点をご了承いただいてからご紹介くださると、スムーズに進行すると思います。
先ほど「サーチャー応募が自社直であることが、精度の高いマッチングにつながっている」と言いましたが、とはいえ、当社だけでは年間に5~10件しか承継の課題解決ができない現状があります。
地域の経営者がそれぞれ自社の魅力を発信し、それに呼応する形で自然に応募者が集まり事業承継が進むことになれば理想ですが、現実はそう簡単ではありません。それなら、人を見るプロフェッショナル集団である人材紹介会社に助けていただき、協働でマッチングしながら課題解決していければと考えます。人材紹介会社にとっても、サーチファンドは余白が多いマーケットだと思います。人材紹介会社には、地場企業の魅力を引き出して拡散し、人材を流動化させる力があると信じています。
子どもが将来「あの町で就職して社長になる」と思える世界を目指す
――サーチファンドを通じて感じる、事業承継の課題を教えてください。
事業承継は決して簡単ではなく、泥臭く、時に困難を伴う取り組みです。流動化をさらに促進させるためには、チャレンジ希望者を増やすだけでなく、「今から経営やります!」という人に実際に任せて実践させること、また任せた後も継続的に伴走する人と仕組みが必要ですが、まだ十分ではありません。これまでは国や金融が中心となって支援してきましたが、今後はより多くの一般企業にも応援の輪が広がっていくことを願っています。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
当社を日本の社会インフラへ発展させ、経営人材の流動化を促し、サーチファンドを事業承継の一つの選択肢として確立していくことが長期的な目標です。その実現に向けて、全国にサーチファンドの取り組みを拡大し、故郷の佐賀県を始め、各地域で地域資本の中小企業の数の維持と成長を後押しし、地域を代表する中核企業を生み出していきます。
そして、今の子どもたちが将来、「あの町で就職して、5年後に社長になりたい」と思える世界を作りたいです。人は、リーダーカンパニーに集まります。当社がその土台を作ることがカギになると考えます。そのためにも、家族ではない第三者に会社を託す選択肢が当たり前になる社会の実現を目指します。