出生数減少でも保育業界にこだわり続け地域トップを目指す
群馬県高崎市に本社を置く、保育業界に特化した人材サービス会社、株式会社アスカ。 もとは幅広い領域に事業展開していたが、ある日をきっかけに保育業界特化に舵を切り、その決断が現在の成長につながっているという。 業界特化に踏み切った理由や保育業界の派遣事情などについて、同社代表取締役社長の柘植 航氏に聞いた。
1社につき1人派遣が基本
――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。
アスカは、保育業界に特化した人材派遣事業および人材紹介事業を展開する会社です。派遣職種は保育士がメインですが、他に給食の調理師や栄養士、保育現場に必要な看護師、学童向けの英語の先生など、保育業界に必要な職業はなんでも対応します。北海道から沖縄まで全国に店舗を配置し、どんなに遠い園でも、どんなに小さな案件でも、必ず会いにいく「顔の見える保育士派遣会社」をモットーにしています。
当社は1994年に群馬県高崎市で設立し、本年度で31期目となります。設立当時は業界問わず、あらゆる領域に派遣していましたが、現在は保育業界に特化しています。全国に21カ所の拠点があり、派遣先は保育園、幼稚園、こども園、学童保育など保育関連施設となります。売上比率は、90%が派遣事業です。従業員数は380人、うち正社員は240人で、約80%は女性です。また、正社員の3分の1は元保育士です。保育士に限定して募集したわけではないのですが、何らかの形で保育に関わりたくて入社した社員が多いです。おかげで、園のことや保育士のことがよく分かる社員が増え、それが更なる信頼につながっています。
――なぜ保育業界に特化したのでしょうか。
きっかけは、2008年のリーマンショックでした。それまで受注比率が高かった製造や物流の発注がリーマンショックを機に激減し、売上が半減しました。当時、代表取締役社長に就任して間もなかった私はどん底を感じるほど落ち込みましたが、ふと「落ちこんでも売上は回復しないから、格好つけずにとにかく動こう!」と一念発起し、人が働く場所であればどこへでも営業に行きました。そのときに受注できた業界の多くが、医療・介護・保育でした。この中で、もっとも競合が少なかった領域が保育だったので、保育を重点的に支援する動きとなりました。
――急に保育領域へ参入できるものでしょうか。
ご想像通り、そんなに簡単な話ではありませんでした。最初は保育園と幼稚園の違いすら分からない状態で、仕事内容はもちろん、資格や法律の知識も未熟でした。そこで、取引先の保育園に協力をお願いして社員を保育園で現場研修をさせてもらい、徐々に知識を得ていきました。その数年後、待機児童問題が連日ニュースを賑わすようになり、保育士派遣に追い風が吹いたことから、当社は全国に支店を出すようになりました。
――リーマンショックで売上が80%~90%減となった企業も多かったことを思うと、半減で済んだ理由が気になります。
これは、当時から変わらない、当社の経営方針に起因しています。大手派遣会社の多くは、1企業に数十人~数百人を派遣しますが、当社はリスク分散の観点から、基本的に1社1人、多くて数人にしています。そのため、1社の受注がゼロになっても損失が少なく、派遣スタッフ1人だけなら継続してくださる企業も多くあり、半減で抑えることができました。
――派遣スタッフはトータルでどのくらいの人数が稼働していますか?
現在、派遣スタッフは1日3千人稼働しています。営業は1人当たり20~30人のスタッフを担当しており、1園ずつ巡回してフォローをしています。私も、日々全国の支店をまわって従業員や現場で働く方々の話を聞き、支店長会議の席では得られない生の情報を収集するようにしています。
業界トップレベルの時給でも園に喜ばれる理由
――求職者の集客方法を教えてください。
自社が運営する『保育求人ガイド』からの応募が90%です。「保育士・派遣・(地域名)」で検索して入ってこられるパターンが多いです。当サイトは派遣求人がメインなので、登録者も派遣希望が60%になります。
――今後は紹介事業の売上比率も上げていかれますか?
紹介事業にも注力していきますが、これからもメインは派遣事業の予定です。人材紹介は企業ごとのお付き合いは単発になりがちです。派遣事業は長いお付き合いになります。長いお付き合いが出来ることの方が事業運営においてメリットが多いと感じています。園との取引には信頼関係が欠かせませんので、その意味でも派遣事業への注力度が高くなります。また、本来、保育士は派遣のほうが相性はいいと思います。園は年度末で園児が入れ替わり、人数が増減するので、その時々に合わせて派遣スタッフに来てもらう考え方です。ただ、今は慢性的な人手不足なので、人材紹介の依頼も増えており、当社でも派遣スタッフとして年度末まで働いた後、直接雇用に移籍するケースも増えました。
――園やスタッフの満足度を上げるお取り組みはどのようにされてますか?
よりよい人材を確保するためには、クライアントへ相場より高い時給を提示しております。無論、私たちの利益確保ということではありません。保育士の待遇を上げていくための取り組みです。これは譲れない条件です。
――時給が高くても、求人件数トップクラスで顧客満足も高い理由は何でしょうか。
請求時給に関してはご理解を頂いていると思っています。そして、優秀な人材が派遣できていることが顧客満足につながっていると考えています。また担当社員が単なる「ご用聞き」ではなく、その園の事をよく理解した上で派遣できていることも、顧客満足につながっているかもしれません。おかげさまで最初は1人のご依頼が増員のご依頼をいただけることもあります。
――いま全国にどのくらい保育士がいるのでしょうか。
こども家庭庁の発表では、2022年時点の保育士登録者数(資格を持ち、登録している人)は約179万人、うち従事者数は約68万人です。つまり、保育士資格を持ち、登録もしているけれど従事していない潜在保育士が、約111万人いるということです。
――潜在保育士が多い理由は?
理由は多岐にわたります。高齢化や産休・育休などライフステージによるものもあれば、職場や保護者との人間関係に悩んだり、子どもの病気や事故への重責がつらくなったり、労働に見合う賃金がもらえない不満がつのって離職したりとさまざまです。
また、一般企業のような段階的な昇進やキャリアアップの機会が少ないことも、理由にあると思います。一般企業には主任、課長、部長のようなステップアップがありますが、園の場合は、主任から一気に副園長、園長というケースが多く、ステップアップがイメージしにくいように感じます。
我々としては、待遇の改善なども含めこの有資格者の方々が活躍できる環境づくりを目指していきます。
園との信頼関係がなによりの財産
――今後、保育業界はどうなっていくとお考えでしょうか。
人口減少に伴い、園などの施設数は減少していくでしょう。第二次ベビーブームの出生数197万人に比べ、今年は推定65万人と予測されています。当然、これまで地域に3カ所あった園が1カ所に、もしくはゼロになるようなことが起きると思います。
――御社にとっても死活問題ですね。
おっしゃる通り、出生数減少に伴う経営戦略の見直しについては議論の最中です。例えば、保育と親和性が高く需要が伸びると予測される介護や医療領域を広げる考え方もありますが、これはどの競合企業も考えるところだと思います。では、製造や事務領域に戻るかというと、それもレッドオーシャンであることに変わりありません。
現時点で、もっとも有効だと思う戦略は、最後の最後まで保育で生き残ることです。子どもが減っても園は必要ですから、長く必要とされる企業で居続けることにこだわるほうが、当社らしい生き残り戦略だと思っています。長年培ってきた園や保育士の皆様との信頼関係のおかげで、これからも持続的な事業成長ができると考えています。
――常にお客様と顔を合わせて築いてこられた信頼関係が、生き残りを後押ししてくれるように思います。
ありがとうございます。保育士の派遣は、人手不足も手伝って「とにかく資格さえあればいい」という雰囲気があります。そのため、園や求職者に会わなくても契約は成立しますが、実際は誰でもいいわけではありません。園と求職者の相性を見極めておつなぎしなければ、せっかく入職してもお互いにいい結果にならないです。当社は、遠方からのご依頼でも、電話やメール、ファックスだけで済ませるようなことはしません。2~3時間かかる場所でも、必ず会いに行きます。また、稼働1カ月後のフォローも対面で行います。そのために、全国に支店を作りました。支店の増設を含め、それなりにコストはかかりますが、園からの信頼には代えられません。