AIファーストで人が楽しくはたらける社会に
パーソルホールディングス株式会社は2025年4月に「グループAI・DX本部」を設立した。AIファーストを目指すという同部署の本部長、岡田将幸氏に、AIファーストとは何か、どのような未来を目指すのか、詳しく聞いた。
「グループAI・DX本部」設立の背景
――最初に、グループAI・DX本部の業務内容をお聞かせください。
パーソルグループ全体で戦略的にDXを進めるための組織として、パーソルホールディングスにはもともとグループデジタル変革推進本部がありました。その中で技術進歩が目覚ましいAIを活用し、次のフェーズへ向け進化させるという意志を体現するため、部署名にAIを入れ、2025年4月に組織を再編。現在エンジニアや、データサイエンティストなど中心に約200人のメンバーが在籍しています。同部署では、主要サービスにAIを活用した優位性の確立や、共通業務の効率化などを目指します。
グループAI・DX本部はCoE(Center of Excellence/コア事業の価値向上)機能も有しており、ホールディングスのDX人材を積極的に個社に送り出すなどして、各事業のDXを推進しています。進化が非常に目覚ましいAI領域も同様に、ホールディングスが知見や情報を集約してグループ各社に関わることで、よりスピード感をもってAI適用を進めることができる体制にしています。
――グループ全体のDXを進める中で、個社の強みはどう残していきますか?
共通のAI適用で生産性が改善できる箇所はグループ全体で活用できると考えていますが、各社のビジネス・事業に特化した業務領域については、それぞれのビジネスの性質が異なりますので、丸ごと横展開できるものは少ないと感じています。それぞれのビジネスにあわせてAIを適用していく必要があり、広義の人材マッチング領域からチャレンジを開始しており、人材派遣事業ではマッチングスピード向上を目的としたAIを運用し始めています。ある程度のデータを蓄積したうえで、グループ各社でどう共通化するかを考える予定です。
――岡田様は、グループデジタル変革推進本部の頃から同事業に携わってこられたのですか?
はい。新卒で入社したパーソルキャリア(旧インテリジェンス)で法人営業、営業企画や新規事業立ち上げなどを経験し、24年10月にパーソルホールディングスへ転籍し、グループデジタル変革推進本部DX企画部部長に就任しました。25年4月より、現職です。ですから、DXによる生産性向上や人による介在価値を発揮させるテクノロジー活用の取り組みは、これまでの現場の経験と新規事業で養った変革マインドが活かせていると思います。
「AIファースト」がはたらく人を笑顔にする
――グループAI・DX本部が目指すゴールは?
「AIファーストの事業変革」です。元来人材業界では「人の価値ファースト」で語られがちです。AIが台頭して以降、人の価値がAIに侵食される不安から、より人の価値にフォーカスした議論が増えたように感じます。一方で、私は少し違う観点を持っており、「AIファースト」が人の価値を際立たせ、はたらく人を笑顔にすると考えています。
AIが人の仕事を奪うのではなく、人でなくてもできる仕事をAIに任せて、人は楽しくはたらく。この実現が、我々のミッションです。現在の日本人の労働に対する印象は、けっしてポジティブではありません。AIファーストのプロセスを通じて、楽しくはたらける社会にしていきたいです。
――具体的な変革ステップを教えてください。
大きく3ステップに分かれます。ファーストステップは、一気通貫の設計です。AIファーストにするためには、既存システムの一部を小間切れに改変するのではなく、いったん白紙に戻してゼロから一気通貫の基礎を作ることが重要です。その上で、部分的な箇所を作り込んでいきます。
セカンドステップは、ノンコア業務をAIに切り替える作業です。競合優位性につながらない日程調整などのノンコア業務は、徹底的にAI化します。人によるノンコア業務は、作業する人のスキルやポテンシャルによって質やスピードにばらつきがありますが、AI化すれば標準化できます。
サードステップがコア業務です。コア業務は事業の競合優位性に関わるため、AI化はかなり慎重な構築が必要です。ここはノンコア業務と異なり、標準化は考えず、人の価値とAIの良さが入り混じるだろうと想定しています。
AIの〝ふるまい〟がAIエージェントの個性を左右する
――計画実現はどのくらいの期間を見込んでいますか?
AIファーストの計画は、スピード感をもって段階的に進めています。ですが、AIおよびAIエージェントの進化が目覚ましく、市場も含め動向が読めないので、期限や方向性は調整するかもしれません。
――計画実現に向けての課題を教えてください。
一気通貫で設計するためには、一度すべてをリセットして白紙からスタートしますので、正解が見えにくい点は難しさだと感じます。また、AIエージェントは他社も実行しますので、AIの“ふるまい”はどこも似たような内容になると思います。これがまさにコア業務に関与してくるところです。“ふるまい”とは、例えば一時期よく言われた「ChatGPTの回答は人間に迎合する」のような傾向をいいます。利用者の体験はAIのふるまいによって変わりますので、この点をきちんと意識しなければ、AI化は無機質なものとなり、顧客活動を棄損するリスクがあります。我々らしい顧客体験の裏側には、人と人との接点から生まれたたくさんのデータを保有しています。それらを活用してAIに纏わせることでパーソルらしい振る舞いを備えたAIサービスを開発していきたいと考えています。
また、計画を進める中では、AIの進化に対応できる社内体制の構築も重要です。具体的には、社員が自身の業務においてAIを効果的に活用できるスキルを身につけることが重要だと考えます。
――御社の従業員に向けたAIスキルを上げる取り組みはありますか?
当グループでは、以前より社内のAIスキル向上に注力しています。ChatGPTが出た半年後には、パーソル社内専用のChatGPTをリリースしました。ボトムアップで社員による社内コミュニティを作り、常時約5700人の社員が参加しています。また、AIリテラシーを高めるために、ノーコード・ローコードでAIエージェントを開発できる環境を社員向けに開放しており、これによりAIリテラシーがさらに高まり、業務効率も向上させることができました。現在、100件近いAIエージェントが開発され、すでに稼働しています。開発者の99%が非エンジニア社員で、自分の業務生産性を上げるために自動化システムを開発しますので、熱量高く取り組んでいます。
派遣スタッフが長く活躍する仕組みをAIがサポート
――人材派遣事業全体におけるテクノロジー活用の課題や、今後注力したい取り組みを教えてください。
派遣スタッフと派遣先企業の双方にご満足していただくためには、フォローアップに手間とコストをかけることが大切であり、この点はまだまだ伸びしろがあると考えています。
例えば我々はすでに派遣先企業に対して、パーソルテンプスタッフの派遣先企業向け管理プラットフォーム「T-PLA」に、「コメント生成アシスト機能ベータ版」を搭載しました。派遣先担当者が入力した評価やコメント内容に基づき、派遣スタッフへのフィードバックコメントの制作を生成AIが支援する機能です。派遣先担当者の手間を軽減しつつ、派遣スタッフの意欲向上や待遇改善交渉成功数拡大などを目指しています。また関与する社内工数も大幅に削減できています。こういった実装を増やしていきたいと考えています。
また、今後は派遣スタッフに対して、例えばレスポンスの状況から派遣スタッフのモチベーション度合いを判断できるような仕組みをAIで実現したいと考えています。
――将来的には分析と生成はAI、コミュニケーションは人がおこなうイメージでしょうか。
一部AIがコミュニケーションをとることもあると思います。いまやAIは、人に言えない悩みを聞いてもらうツールとしても活用されています。一方で、やはり人に話を聞いてほしい方もいらっしゃいますので、お客さまのご要望に沿って最適なコミュニケーションをとっていきます。
また、人によるコンタクトは24時間いつでもというのは難しいですが、AIであればユーザーの動きを捉えて瞬時に動ける点もポイントです。
はたらいて笑顔になれる社会を作る
――人材市場の今後について、岡田様のお考えをお聞かせください。
転職しようと思いながらも実行に至っていない方はたくさんいらっしゃると思いますので、この方々へアプローチする余地はあると考えています。従来の人材業界では、直近の転職意識が高い求職者への対応が中心となりがちですが、転職を迷っている方々にも何かしらのきっかけとなる情報や支援が必要です。求職者の中には、自分の思いや悩みを相談したいという意識をお持ちの方もいるはずです。そこにAIを活用してアプローチできれば、潜在層への可能性が広がると考えています。
もう1つ、労働力の基本的な考え方が変わると考えています。労働力というと、これまでは人による作業を指していましたが、今後はAIエージェントを含めて労働力という概念になっていき、IT産業との垣根がなくなっていくことで、労働市場はまだまだ拡大すると思います。
――最後に、岡田様の展望をお聞かせください。
「はたらくが楽しい社会」を作りたいです。
電車に乗っている大人って、なんか楽しくなさそうですよね。小学生向けのキャリアの授業で、子どもたちに「はたらくってなんだと思う?」と聞くと、「つらいこと」「疲れること」という答えもでるんです。これは、大人の背中を見てそう思っているということです。先に社会に出ている1人として、このまま彼らを社会に出してはいけない、はたらいて笑顔になれる社会を作りたい、そう思っています。
自分の代わりにAIがはたらいてくれて、つらい作業から解放されて、その時間で社会のためになることや、好きな仕事をやって幸せに生きられる社会があってもいいと思います。