求職者の生涯キャリア支援を軸としたDX推進を

人材派遣業界も例に漏れずDX化が急務である現状は、今や誰もが感じているだろう。しかし、理想とするシステムの構築は、そう簡単ではない。今回は、システム構築を非エンジニア主導で実践する株式会社iDAを取材。同社のDXを主導する渡邊佑樹氏に、非エンジニアならではの視点と考え方について聞いた。

DX化は目的ではなく経営戦略の手段

――最初に、御社の事業概要と渡邊様の仕事内容をお聞かせください。

iDAは、ファッション・ビューティー業界に特化した総合支援事業を展開するワールド・モード・ホールディングス株式会社のグループ会社として、人材サービス事業領域を担っており、販売職を中心に、ファッション・ビューティー関連企業のあらゆる職種への人材サービスと、店頭課題に関するソリューションを提供しています。

私は経営企画室で、予算の算定や資産の計数管理、M&Aなどいわゆる経営企画全般を担当するとともに、システムのリプレースプロジェクトマネージャーおよびDX関連、BtoCのマーケティング戦略、ダイレクトリクルーティング事業の責任者も兼任しています。

――渡邊様は非エンジニアでDXを主導していらっしゃると聞きました。

はい。まったくの非エンジニアで、前職はMR(医療情報担当者)でした。父親と兄がMR、母親が薬剤師という家庭で育ち、わりと自然にMRの道へ進みました。MRは常に医療情報や論文をチェックする仕事なので、周囲からは勉強漬けのように思われますが、私は勉強という感覚がなく、楽しんでいました。縁あって、iDAの親会社である、ワールド・モード・ホールディングスに入社し、経営企画を立ち上げた際、経営戦略の一環としてITの必要性を感じ、システム開発やプログラミングに関わり始めました。その後iDAでも経営企画室を立ちあげ、基幹システムのリプレイスに携わり、現在は派遣事業や紹介事業をはじめとした様々な事業のDXを推進しています。

グループとしても、「時代に合わせてDXを推進すべきだ」という考え方ではなく、経営戦略として必要なDX化を強力に進めていく姿勢で取り組んでいます。人は求職者に対するサービスの質の向上に集中し、そこに寄与しない業務はテクノロジーの力でとことん効率化すればいいと思います。

――人材派遣の業務において、どのくらいのタスクを自動化できるのでしょうか?

すべてのタスクは最終的には人が完成させるものだと考えています。そのタスクを分解した中で80%程度をテクノロジーが担うイメージを持っています。例えば契約書の作成やデータ集積などはテクノロジーに任せ、人と接する部分は人が担当します。就業中のフォローなどは、必ず人が行うべきです。求職者の意思に関わる業務はテクノロジー任せにしてはいけませんし、それをやってしまうと人材会社の価値はなくなってしまいます。

求職者の生涯キャリア支援につながるAI活用を

――求職者へのサービス向上のために、どのようにAIを活用していますか?

定着しつつある事例としては、職務経歴書の作成です。今後は、進路の選択肢を機械的に提示できるレベルで活用したいと考えています。ファッション・ビューティー業界の求職者は、スキルや条件と同じくらいブランドの好みを注視するため、エンジニア求人のようなスキルマッチングは難しい性質があります。ただ、「Aブランドが好きな人はBブランドも好き」といった思考の傾向から選択肢を提示するシステムは作れますので、そういった業界ならではのシステム構築を目指しています。

――具体的なシステムのイメージがあれば教えてください。

アイデアレベルですが、マッチングアプリのように、求職者が求人を見ながら好みかそうでないかをスワイプしていくうちに嗜好が最適化され、好みに合う結果が優先的に提示されるような、仕事の“嗜好マッチング”システムは実際に作ろうと考えています。

――派遣スタッフに長く働いていただくための、テクノロジー面での取り組みはありますか?

当社は、働く人々の生涯キャリアを支援する企業として、派遣先企業への転籍を応援しています。派遣で培った経験とスキルを活かして、憧れのブランドで正社員になっていただき、さらには店長になったり、また業界内の別の職種(人事アシスタント、商品企画、プレス、事務職、MDなど)になって活躍していただくまでを支援するケースも多くなってきています。雇用形態にとらわれず、業界で長く活躍していただきたいという考え方です。

その上で、テクノロジーを活用した取り組みとしては、我々がファッション業界に精通しているからこそ可能となる、スタッフに合うポジションや新しく立ち上がったブランドの紹介を自動的にする仕組みや、ライフスタイルが変わった場合にスポットで働ける仕事を紹介する仕組みを現在構築中です。総じて、求職者の生涯キャリア支援が軸で、そのために必要な業務効率化があるという考え方です。

人のポテンシャルをフル活用するためのDXであれ

――派遣業界におけるDXの課題を教えてください。

派遣事業は、もっと合理化できると考えています。法律との兼ね合いはありますが、例えば、顧客企業と派遣会社がシフト管理を共有して、企業で急に長期休職者や退職者が出たり、スポットで人員が必要になったりした場合に、人材派遣会社に一斉に知らせがくるようなシステムがあると理想的です。職務経歴書も、複数回書かなくて済むよう、共通フォーマットにしたりマイナンバーカードと紐づけるなどの方法で管理できるようになると、求職者の体験も向上しますし、派遣会社や顧客企業の重複業務が大幅に減ると思います。

――効率化の先に、事業やサービスにおいてどんな変化がありそうですか。

これまでと同じ業務を、半分の時間で処理できるようになると思います。半分空けば、その時間を求職者へのサービスに充てられます。

どのようなタスクも、最後は人の判断が必要です。それまでの過程において、人でなくてもいい70~80%の仕事をテクノロジーに任せて生産性を上げ、そのぶん人のポテンシャルをフル活用して、企画やコミュニケーションに時間を割き、新しいサービスや事業を創出しつづけていくことができます。これこそがDX化の意義だと考えています。

ブランドがクリエイティブに集中できる環境づくりを

――御社は今後もファッション・ビューティー業界に特化していかれますか?

はい。今後もファッション・ビューティー業界が軸となりますが、ライフスタイルや飲食など、関連する周辺領域への事業展開は視野に入れています。この業界では、メガブランドが残る一方で、消費者の嗜好の多様化に合わせた小さな新規ブランドが増えるといった流れも起こりえます。そのような業界の動きを敏感にとらえ、日本発のブランドの挑戦のご支援も強化してまいります。

――日本のブランドが海外で展開するための支援も実施されますか?

iDAとしてだけでなくワールド・モード・ホールディングスグループとしての支援も含め、店舗開発から運営、人材支援、ファイナンスやマーケティングなど経営に関わる多岐にわたる業務を当グループで担い、ブランド側がクリエイティブに集中できる環境を作りたいと考えています。もちろん、こういった環境づくり支援は、海外に限ったことではなく国内でも同じことが言えます。

――ありがとうございます。最後に、今後展開する予定の取り組みを教えてください。

私たちは、ファッションやビューティー業界に入った方が、ライフステージが変わっても働き続けることができ、夢をかなえていただけるように、業界のインフラとして支えていくことを使命としています。前述したスポットで働けるサービスや、嗜好によるマッチングなどもそうですが、顧客企業や働く方に気づきを与え可能性を広げられるようなサービスを今後も目指していきます。