人材紹介のあるべき姿へ

新規事業創出と起業家支援に注力してきたパーソルイノベーション株式会社が、ホールディングスの経営強化のため、新たなフェーズに入った。方向性を変えた背景や目的、人材サービスの在り方などについて、同社代表取締役社長の大浦征也氏に聞いた。

事業創出支援からグループ事業拡大へシフト

――最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

パーソルイノベーションは、パーソルグループの新規事業創出を担う会社です。現在ローンチしているサービス内容は、大きく外部労働市場向けと内部労働市場向けに分かれています。外部労働市場向けは、人材紹介の支援を受けづらい若年層を対象とした人材紹介サービス『ピタテン』、採用管理システムや採用マーケティングツールのソリューションを提供する『HITO-Link(ヒトリンク)』、などです。さらに新領域として、内面重視のメタバース婚活サービス『Mitsu-VA(ミツバ)』などが加わりました。

内部労働市場向けは、法人向けリスキリング支援サービス『Reskilling Camp(リスキリングキャンプ)』、副業マッチングサービス『lotsful(ロッツフル)』などがあります。

――これらのサービスは、グループで働く皆さんからの考案で生まれたのでしょうか。

HITO-Link事業とエージェント事業はグループの方針としてある意味トップダウンで事業化されましたが、その他の多くはグループ内からのボトムアップです。当社は、グループ内のスタートアップスタジオ的な立ち位置にあり、ボトムアップで事業を起案してもらい、事業検証を経てグロースに繋げることを支援してきました。

――どのくらいの起案の中から、どの程度の確率で新規事業が生まれるのでしょうか。

例年300~400個の企画が提案され、その中から30~40個を起案者と事務局で詳細検討し、さらに10~15個まで絞って私や有識者が壁打ちを繰り返して、最終的に最大3事業程度が残るイメージです。事業内容は多岐に渡ります。これまでは、その後、起案者がカーブアウト(切り出し)して独立したり、パーソルグループ内で事業統合したり様々な事業支援をしてきました。ただ、HD(ホールディングス)全体としてもイノベーションが求められてきましたので、これからはHDの中経(中期経営計画)にインパクトを与える事業の構築も必要と考え、トップダウンでエージェント事業が始まった経緯があります。

ボトムアップ型の事業開発は今後も継続しますが、優先順位としては中経を視野に入れた事業に注力します。この戦略転換の必要性を感じたことも、私が社長に就任した背景のひとつだと思います。

dodaの責任者から新規事業開発領域に。

――改めて、大浦様のご経歴を教えてください。

私は2002年に新卒でインテリジェンス(現パーソルキャリア)へ入社し、人材紹介事業に従事しました。法人営業として企業の採用支援、人事コンサルティングなどを経験した後、キャリアアドバイザーになりました。その後、複数事業の営業本部長、マーケティング領域の総責任者、事業部長などを歴任し、17年から『doda(デューダ)』編集長を務め、19年10月に執行役員に就任し、23年から現職です。

dodaでは、人材紹介とメディア(求人広告)のどちらも経験しました。メディアにいる時にdodaエージェントサービスではご支援できていなかった領域の存在を知り、その領域への支援を別事業として始めたい思いから、パーソルイノベーションで事業を立ち上げることを決意しました。

――dodaでは着手できない領域とは?

dodaがターゲットとする職種、年収層に当てはまらない、エッセンシャルワーカーやドライバーなどの非デスクワークの方々です。当社の見立てでは、この層だけで労働人口の3分の1を占めると想定しています。この層は、利益率や効率の面で事業に取り組む優先順位が下がってしまうため、結果として支援を受けにくくなってしまいます。また、私がプロアスリートのキャリア支援をする中で、アスリートも社会経験値や年齢で不利になってしまう現実を目の当たりにしてきました。

もちろん、人材紹介会社もビジネスですから、合理的かつ効率的に利益を得ようとするのは理解できます。ただ、その結果、合理的で効率的な基準に当てはまらない人材への支援を後回しにする人材紹介ビジネスが、果たして世の中をよくしてきたのか疑問をもつようになりました。本来は、こういった層にこそ、よりよい未来への支援ができる人材紹介サービスが提供されるべきだと思います。利益率の高いハイキャリア人材は、実は我々が支援せずとも転職活動を自律的に進められる方たちで、我々はより効率的で合理的なマッチングモデルを見つけて商売をしているだけではないかと、そう思ったのです。

最初は、この層を支援する仕組みをdoda内に加えることも考えましたが、既存のビジネスモデルに組み込むのは難しいと判断し、別事業として各領域特化のサービスを生み出すことを考えました。

――なぜ、その発想に至ったのでしょうか。

dodaでエージェント事業とメディア事業の両方を経験して感じるようになりました。エージェントの頃は、多くのビジネスパーソンがエージェントを認知してくださり、活用していただいているものと思っていました。ですが、メディアに異動してみると、思っていた以上に求人広告を使って仕事を探す人が多く、エージェントを使う概念すらない人が少なくない事実を、身をもって感じました。自身が心血を注いで取り組んできたエージェントサービスがなぜ多くの方に使われていないのか疑問を持ち、人材紹介の在り方について考えるようになりました。人材紹介会社に『HITO-Linkエージェント』というサービスを通じて、約8万件の求人データベースを開放しているのもその想いを結実しているといえます。

労働生産性を高めるために企業ができること

――日本における働き方の変化について、大浦様の所感をお聞かせください。

日本型の年功序列、終身雇用、企業別労働組合、新卒一括採用を見直す近年の動きは、よい傾向だと思います。日本型雇用は、裏を返せばキャリア軸が企業側にあります。一つの企業に長く仕えることが美徳とされ、転職する人は難ありと判断されてしまいます。そのため、昔の人材サービス会社は、多くが人目につかない場所にありました。それから今日まで、徐々にキャリアオーナーシップ(キャリア自律)の考え方が浸透し、転職が日常化するとともに、副業やリスキリングをしやすい環境になったことは、非常によい変化だと思います。一方で、日本の労働生産性は主要先進7カ国で最下位*ですから、根本は変わっていないのかもしれません。

*「労働生産性の国際比較2024」(公財)日本生産性本部

――キャリアオーナーシップが進んでも生産性が上がっていない点は、人手不足が解消しない一因となっていそうです。

そうですね。もちろん労働人口不足もありますが、労働生産性の低さは少なからず影響しています。労働力不足なので、そんなに効率的に働かなくても会社に残れてしまうのが現実です。会社が嫌なら辞めて転職すればいい。この現状を変える必要はあると思います。逆に、個々人のポテンシャルを開花させられるフィールドがあれば、人はもっと学び、動くと思います。

――労働生産性を高めるために企業ができることは?

さまざまな手法があると思いますが、不採算事業に見切りをつけてイノベーションを起こす意識をもつことは必要だと思います。そもそも、企業が抱える内部留保が多すぎることも問題だと思います。もっと賃金や投資に向け、会社に新規事業を生みだして適材適所を循環させながら、労働流動性を持たせることで、企業は生き残ると考えます。反対に、そうせざるを得ない状況まで経営難に陥った企業のほうが結果的に大改革できてしまうこともあります。退路を断たれて生きるか死ぬかの瀬戸際に立ったことで、思いきった経営判断ができたのでしょう。

目指すは人材紹介の民主化とAIに置き換わらない領域の発展

――今後、新たなサービス展開の予定があれば、教えてください。

現在、ドライバー領域の人材サービスの準備をしています。旅客業務や運搬業務にはそれぞれ必要な資格がありますが、一般的には士師業と比べると取得しやすいため、未経験でも比較的始めやすい職業です。ドライバーも類に漏れず人手不足ですから、未経験の方々に資格を取得していただき、ドライバーとして働いていただくまでを支援します。合わせて、サービスメンテナンスや電気工事など、AI社会になっても必要とされる専門職の人材育成にも注力する予定です。

――ありがとうございます。最後に、大浦様が描くゴールをお聞かせください。

目指すゴールの1つは、キャリアオーナーシップ社会の実現です。そのためにも人材紹介の民主化をしたい。dodaの編集長になって感じた「人材紹介を活用している人は少数派」という現実を変えたいです。もう1つのゴールは、これまで人材紹介会社がご支援してこなかった層の人材、AIに置き換わらない領域にもっとフォーカスし、働く方々がもっと自由にキャリアを描き、「はたらいて、笑おう」の世界を実現することです。