PORTERS MAGAZINEの編集長である渡邊が、先進的な取り組みを行う様々な企業の方々にインタビューを実施する本連載。今回は、株式会社マイナビで取締役 兼 サステナビリティ・トランスフォーメーション推進室 室長を務める山本智美氏をお迎えし、同社がサステナビリティをどのように推進し、事業成長につなげているかについて紐解いた。
メンバー4人規模からスタートした紹介事業を1,500人規模にまで拡大
渡邊智美(以下、渡邊) 今回のテーマは『サステナビリティ』ということで、2025年1月にサステナビリティ・トランスフォーメーション推進室室長に就任された山本さんにお話をうかがいます。最初に、山本さんのご経歴をお聞かせいただけますか?
山本智美(以下、山本) 私は、1994年にマイナビの前身である毎日コミュニケーションズに入社し、就職情報事業本部にて営業、出版事業本部にて広告営業・編集などを経て2002年から人材紹介事業立ち上げに参画しました。メンバー4人からのスタートでしたが、1500人規模まで拡大することができました。一つの事業に対して20年腰を据えて取り組むことができたのは、当社が長年醸成してきた「粘り強く事業を育てる」というカルチャーを象徴していると思います。
渡邊 一般的に経営層は2~3年で役割が変わることが多いので、20年も同じ事業に携われるのは珍しいですね。
山本 そうですね。ただ、4年前の新体制への移行に伴い、会社全体として「取締役が現場を離れて経営に専念する」体制へとシフトしつつあります。新体制に移行してからは、事業領域を5つのセグメントに再編。それに伴い、私は「ヘルスケア&ウエルネス」のセグメント長に就任し、医師・看護師・薬剤師・介護領域の新卒採用、人材紹介・人材派遣を網羅したHRサービスを軸に、訪問看護事業、ドクターの実業支援サービス、また、健康経営・ヘルスケア関連事業の一環で、超高齢社会における「仕事と介護の両立支援」のためのサービス開発にも注力しました。
渡邊 介護離職は社会全体の大きなテーマですね。具体的にどのような取り組みを行ったのでしょうか?
山本 例えば、『マイナビあなたの介護』というサービスは、親の介護に関する顕在層・潜在層の両方を支援することをモットーに、社員が親の介護を理由に離職せずに済むよう、個別相談を通じてサポートします。当ポータルサイトでは、AIも活用し、親の自立支援を目指して、要介護度に応じた正しい施設選びを提案します。仕事と介護の両立に向けては、介護の必要性が顕在化する前から、介護に関するリテラシーを高め、必要なサービスを把握しておくことが重要です。また、当ポータルサイトにおいては、こうしたリテラシー向上の支援を、個人向けにも法人向けにも提供可能です。
法人においては、「従業員に対する、仕事と親の介護の両立支援」が、経済産業省が推進する健康経営の評価指標にも組み込まれており、今後ますます注力すべき取り組みの一つと捉えています。
KPIに直結するサステナビリティで社員の自分事化を促進
渡邊 そして、今年からサステナビリティ推進に携わっていらっしゃるのですね。同事業での現在の取り組みの概要をお聞かせいただけますか?
山本 サステナビリティ・トランスフォーメーション推進室は、ESG(Environmental/環境、Social/社会、Governance/ガバナンス)の観点から会社全体で取り組むべき課題を整理し、社のパーパスの実現とサステナブルな成長を前提に、あらゆるステークホルダーに評価されるよう会社を変革し、文化として根付かせていく、粘り強い取り組みを実践します。
渡邊 多くの企業では、たとえサステナビリティの重要性を理解していても、現場単位ではどうしても後回しにされがちではないかと思います。そんな中、御社が文化として根付かせるために行っている工夫はありますか?
山本 そうなんです。10代~20代は世代的にもサステナビリティ教育を受けてきた影響から、就職活動でもサステナビリティに積極的に取り組む企業に着目する傾向が見られます。リテラシーが高く、「サステナビリティ」の概念を自然に受け入れやすい世代と感じます。一方で、役員はじめ上級管理職世代からは、「自分の担当する現場でどのようにKPIを持てば良いのか?」という戸惑いは多少なりともあります。
そういったすべての層に受け入れてもらうため様々な方法を考えた結果、「サステナビリティはCSR(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)という考えだけではなく、CSV(Creating Shared Value/共有価値の創造)」と捉えると、しっくりきます。言い換えるなら、「サステナビリティは全社横断で達成するKPIと化する」のです。
渡邊 確かに各社員のKPI達成に直結するなら、経営層やプレーヤーも自分事にできますね。
山本 日々数字を追っている現場にとって、KPIに直結する業務と直結しない業務があれば、当然、直結する業務の優先順位が高くなります。つまり、多くの場合「サステナビリティは自分のKPI達成に直結しない」と考えられるから、優先順位が下がってしまうのです。
ですが、本来サステナビリティは事業成長を加速させる取り組みであるはずです。事実、現代はサステナビリティに注力する企業こそが“持続的に成長しつづけられる盤石な会社”とみなされます。盤石な会社には商談機会や優秀な人材が集まり、結果として事業の成長にもつながります。将来、10代・20代が会社の中心となる時代がくれば、この動きはさらに加速するでしょう。
サステナビリティを浸透させる方法
渡邊 たとえ日々の活動成果とサステナビリティ推進の関連性を伝えたとしても御社のような規模の大きな会社で社員にその重要性を浸透させるのは決して容易なことではないと思います。実際に取り組んだ具体的な方法を教えてください。
山本 先述の通り、役員や上級管理職の意識変革が大事なので、まず上位層に対して丁寧にその重要性を伝え、理解度を高める『研修』から始めました。
当社が抱えるサステナビリティに関連する重要な課題「マテリアリティ」はすでに数年前から特定していますが、その中でも、本業に直結する「Social」(人権に関わることや、人的資本経営)に注力していくことは言うまでもありません。
上層部から若手メンバーへ、また、若手メンバーから上層部へ、その重要性の理解やリテラシー向上が伝搬していくよう、コーポレート部門から現場まで横軸を通していくのが、我々の役目だと思っています。
渡邊 研修を行う中で意識していた伝え方のコツはありますか?
山本 サステナビリティは、現場にいると、自分事として捉えにくい領域なので、いきなりKPIを設定すると拒否感を覚える人も出てしまいます。そこで最初は、そういったものを設定することなく「サステナビリティの重要性を理解し、興味を持ってもらうこと」に注力しました。当社は非上場企業ですが、規模としては上場企業と並ぶ「社会的な責任」があります。その点を部長クラスが理解すると、彼らから自発的に「全社員の心掛けが必要なのでKPIを設定したい」との意欲を示してくれる声も挙がってきました。
一方で、当社のサステナビリティ推進は、まだまだ後発組であり、企業価値を高めるレベルにはありません。そのため、社外の専門家たちも大いに巻き込んで、サステナビリティの本質を、社内に急ぎ浸透化・標準化させなければならないという使命も持ち合わせています。コーポレート横断で様々な課題と改善策を共有しながら、地道に啓蒙活動と協働の仕組みづくりを推進していきたいと考えています。
事業推進の攻めと守りのバランスでブランド毀損を防ぐ
渡邊 サステナビリティに関して、一般的に多くの企業がどのような課題を抱えているとお考えですか?
山本 色々ありますが、攻めの事業展開とガバナンス(守り)のバランスが挙げられます。管理者層が攻めの姿勢で数字を追うだけでは、些細なことから一定数のハラスメントが起き、ガバナンス(守り)のあり方も問われます。このバランスを保てない企業は、ブランドを毀損してしまいます。こういった会社のブランドを毀損するきっかけは、数多く潜んでいます。
渡邊 人材事業は個人情報の保持数も多いので特に気を付けるポイントはたくさんありますよね。
山本 そうですね。例えば、特にコロナ禍後は、本質的に健康経営に取り組む企業が非常に増えたように思います。健康経営に関するセミナーを開催すると、1度に、大手中心に数百社近くが集まるほどです。経済産業省が様々なインセンティブを用意して推進してきた健康経営ですが、現在では、「健康経営優良法人」の認定を取得するだけでは不十分であり、企業が本質的に従業員と向き合い、いきいきと働き続けられる環境を整えることが、企業の当然の責任であり、成長・発展の基盤であると考えます。
サステナビリティの意識が“次世代リーダー育成”の肝
渡邊 社内全体にサステナビリティがきちんと浸透すれば、それがクライアント企業にも次世代リーダーにも伝わり企業にとって非常に良い効果を発揮しそうですよね。
山本 おっしゃる通りです。当社でも現在、“次世代リーダーの創出”が重要テーマの一つになっているのですが、この点でもサステナビリティ推進は重要な役割を果たすと考えています。
組織規模が1,000人超の事業を引っ張っていけるようなマネジメントスキルは、1~2年の短期間で身に付くものではありません。目の前の数字達成が最大のミッションであり、経営者としての意識やリテラシーは必ずしも高くありません。20代のうちから経営を意識できる環境と、明確な次世代リーダー像を発信することが必要です。
私たちの時代は、研修も手厚くなく、「上の背中を見て勝手に育て」が一般的でした。しかし、サステナブルな成長企業であり続けるためには、次世代リーダーに求めるものも、単線ではなく複線型であり、財務だけはなく非財務情報こそが、氷山の(見えない部分の)土台であるということを本質的に理解できる機会を作っていく必要があると思います。
渡邊 確かに上位層と部下では視座が異なるので、KPIの達成などに対しては強く指導しがちですよね。
山本 無自覚に、管理職層の視座を部下に強要してしまうことは少なくありませんし、その視座のギャップから、ハラスメントと捉えられるケースもあります。サステナビリティが当たり前に根付いている世代と共に働く今、管理職層の意識の切り替えは喫緊の課題と言えるでしょう。「そんなつもりじゃなかった」では済まされない時代だと気付かなければなりません。
ハラスメントが発生する背景には、心理的安全性の低さや長時間労働との密接な関係があることが、近年のエビデンスから明らかになってきています。そのため、サステナビリティ推進(Governance)における人権課題への取り組みは、ハラスメントの根本的な要因を紐解くことにもつながります。
世の中に価値ある企業として認められ、次の50年も続く会社へ
渡邊 最後に、今後の展望をお聞かせください。
山本 創業から52年、当社は新卒を中心とした若手人材採用のマーケットを主軸に据えて事業を展開してきました。そのため、これまでは高校生を対象に「キャリア教育」をテーマにした様々なサービスやイベントを実施してきました。そこに繋げていけるよう、2024年からはCSR活動の一環として新たに中学生向けにもキャリア教育を開始しました。具体的には、「カードゲームを通じて世の中にどのような業界や職種が存在するのかを知ってもらうようなワークを授業の1コマとして行う」といったものです。
こういった未来へ向けた取り組みを通じて、「持続可能な地球環境の実現」や「子どもたちの職業選択に広がりを持たせて多様な人材が受け入れられる社会の実現」「労働人口の増加」を目指しています。
こうしてマイナビが世の中から価値ある企業として広く受け入れられ、次の50年も業界の第一線で活躍する持続可能な会社に成長していきたいと思います。
渡邊 取り組み自体はCSRですが、中学生の段階でマイナビの名前を知って就職のときに利用してもらえることを考えれば、まさにサステナビリティ活動を事業成長に直結させることができる取り組みですね。この活動は全国的に展開していますか?
山本 はい、当社はかねてより、地方創生も注力してきました。業務効率化が進み、多くの人材サービス企業の地方拠点が減少している中、お客様から「マイナビは、この地域にちゃんと拠点がある」といったお声をいただけることも多くあり、それが差別化ポイントの一つになっています。
各地方の地場企業と学生をつなげ、自治体や企業と協働することが前提で、たくさんのステークホルダーとともに、地元企業の魅力を伝える(いずれ、就職先として候補に入れてもらうための)取り組みも実施しています。
渡邊 子どもの時から就職、転職、結婚、育児、介護、定年後まで、一人の人生のあらゆるターニングポイントを御社が支援していかれるのですね。
山本 そうなることが目標です。

