ポーターズマガジン編集長の渡邊智美が、「話を訊きたい!」と思う企業にインタビューを行う企画。今回は、ワコールグループの人材ビジネス会社、ワコールキャリアサービスの代表取締役社長である小林喜秀氏に、事業会社ならではの戦略やファッションアパレル業界の現状などについて聞いた。

大手銀行からアパレルメーカーへ転職、そして社長へ

渡邊智美(以下、渡邊) 小林社長、今日はよろしくお願いします。最初に、ご経歴を教えていただけますか?

小林喜秀社長(以下、小林) よろしくお願いします。私は立命館大学法学部卒業後、株式会社UFJ銀行(現・株式会社三菱UFJ銀行)に入行し、法人営業を経て、2006年に株式会社ワコールに入社しました。主に、インナーウェアのMD(マーチャンダイジング)として、企画、開発、製造、流通、販売、マーケティングといった一連のバリューチェーンプロセスをマネジメントし、23年に株式会社ワコールキャリアサービスに出向、本社派遣部門の営業責任者を経て、24年4月に代表取締役社長に就任しました。

渡邊 なぜ大手銀行からアパレルメーカーへ転職したのですか?

小林 融資で間接的な支援をする銀行の営業職を経験するうち、「モノを作って、売って直接よろこんでいただける仕事」がしたいと思うようになり、ワコールに入社しました。

渡邊 御社の事業内容もお聞かせください。

小林 ワコールキャリアサービスは、ワコールグループの人材ビジネス会社として1998年に設立しました。ファッションアパレル業界を中心とした人材派遣事業や人材紹介、BPO(教育研修等)事業を展開しています。紹介職種は、接客・販売、事務、営業、MD、デザイナー、軽作業など、ファッションアパレル業界に関するあらゆる職種を支援しています。営業拠点は、本社がある京都と東京、名古屋、広島、福岡の5カ所にあり、派遣スタッフ登録数は毎年およそ2500人、実稼働数は月約1800人です。

渡邊 社長就任にあたり委ねられたミッションはどのようなものでしょうか?

小林 親会社の方針を当社事業に落し込み、売上利益を始めとする貢献役割を全うしながら、自律性と成長を確保しつつ企業価値を上げていくことがミッションです。また、親会社と現場の期待をバランスよく満たす「橋渡し役」や、自身の後継者の育成も私の役割だと考えています。

私は前職から「ヒト・モノ・カネ・情報」の4大経営資源に携わってきましたので、社長とモノづくりの両方の経験がある人間として、人材サービス事業に深く携わっていきたいと思っています。

地域特性に合わせた“勝てる”求人戦略

渡邊 現在、特に力を入れている取り組みは何でしょうか。

小林 働く方々の個性と多様性を尊重し、長く安心して働ける環境づくりに注力しています。派遣の働き方は多様化しており、無期雇用を希望する人もいれば、ずっと派遣で働きたい人やスポットで働きたい人などさまざまです。現在、この変化に対応する求人案件の拡充に努めています。

渡邊 ファッションアパレル業界の人材サービスにおける、御社の強みは何でしょうか?

小林 大きく3つが挙げられます。1つ目は、全拠点に営業企画部を配置し、地域特性に合わせた“勝てる求人作成”を行っています。ブランド理解・地域性やターゲット層の志向性を踏まえた高品質な求人作成は、企業・求職者双方から高く評価されています。

全国一律の内容で求人を出した場合、東京の応募は多数でも大阪はまったく集まらない、ということが起こるケースがあります。例えば、首都圏では「キャリア形成」や「働きやすさ」「職場環境」といった付加価値を訴求した求人が応募につながりやすい一方で、関西圏では「待遇の納得感」や「条件面の分かりやすさ」といった、実利を重視した訴求の方が反応を得やすい傾向があります。同企業・同職種の募集でも、地域特性に合わせた打ち出し方にすることで、より多くの応募を得ることができます。

2つ目は、マッチング精度を高めるために、コーディネーターと営業を分業せず一気通貫にしている点です。担当者が求職者と採用企業のどちらの特徴も熟知することで、「店舗ごとのブランド理解」「求職者の適性の深い把握」「就業後フォローの質向上による信頼関係の構築」が高いレベルで維持でき、よりきめ細やかな対応ができます。

3つ目は、ワコールで培った接遇(おもてなしの言葉や行動)のノウハウを活用した教育ができる点です。アパレル販売の基礎やワコールで培った接遇マナーを“実務の目線”で伝えられるため、企業からの評価も非常に高く、即戦力化に効果を発揮しています。加えて、さまざまな販売店の形態(百貨店、量販店、駅ビルなど)を経験したスタッフが多数いるので、売り場の性質に合わせた人材を紹介できる点も特長だと思います。

コロナ禍による3つの業界変化

渡邊 ファッションアパレル業界は、コロナ禍で大変な思いをされたと思います。

小林 コロナ禍は、小売業界を取り巻く環境を不可逆的に変えました。特に顕著な変化が3つありました。1つは、EC需要の増加です。コロナ禍で、消費者の購買行動は急速にオンラインへシフトしました。アパレルECの市場規模は右肩上がりに成長し、EC化率はコロナ禍前の2019年から約10ポイント上昇し、20%を超えました。これは、服のネット購入が当たり前の時代になったことを示しています。特にスマホ経由の売上が80%を占め、商品の「発見の場」はウェブサイトからソーシャルメディアへと移行しています。

2つ目は、実店舗の役割の変化とOMO(Online Merges with Offline/オンラインとオフラインを融合したマーケティング)戦略の必須化です。ECが拡大しても実店舗の需要は依然として高い一方で、店舗は単なる「販売の場」から「体験の場」「ブランドの世界観を伝える場」「OMOの核となる場」へと役割が変化しています。デジタルとリアルを融合させて顧客データや在庫データを統合することで、個別の最適な購買体験を提供するOMO戦略が成功の鍵となっています。例えば、ウェブ上でのライブ動画接客や、店頭でのEC在庫の引き当てなどがそれにあたります。

3つ目は、消費者の価値観が「低価格志向」と「高級志向・サステナブル志向」に二極化したことです。在宅時間の増加や所得への不安から、低価格で高機能な実用着を求める層が増えた一方、頻繁に購入する必要性が薄れたことで、長く着用可能な高級衣服や、環境負荷の低いサステナブルな商品を選ぶ層も増加し、ニーズが二極化しました。

渡邊 消費者ニーズの変化に合わせて、派遣スタッフも接客力に加えてデジタルの理解が必要になっているのですね。

小林 その通りです。販売企業も、デジタルとリアルの融合を図りながら、多様化・二極化する顧客の価値観に寄り添った商品と体験を提供することが、今後さらに重要になると考えられます。

渡邊 派遣スタッフのキャリア構築も変化していますか?

小林 販売職の従事者は、店舗運営に関わることより接客そのものが好きな人が多い傾向は、昔から変わりません。ですが、もちろん運営側やマネジメントを目指す人もいます。どの働き方であっても長く働きたいと思える環境を整備することが、私たちの使命です。

当社では、個人のライフステージに応じて多様な働き方を選択できるよう、短期・単発案件を多く取り扱っています。また、経営やマネジメントに関わりたいと思う方々には、当社で店長やスーパーバイザーになるための学びの機会を設けることで、その道へ進む支援もしていきたいと思います。

これからの派遣会社のあるべき姿とは

渡邊 最後に、現在の課題と今後の展望をお聞かせください。

小林 現状、当社のビジネスはグループ内の派遣事業及び販売職種に偏っている状況です。これはいい面もありますが、市場における競争力で他社に後れを取る原因になっています。特に応募から採用までのスピードは、AIを導入している競合他社にはかないません。今後は、営業担当者のコンサルティング力や課題解決型提案力、新規開拓意欲の醸成などのスキルセットを行い、これまで培ったワコールグループならではのサービスの質を活かして、グループ外からの案件獲得を強化していきます。

当社は、企業目標である「私たちは⼈と⼈とのこころをつなぎ 『はたらく』を通して 笑顔あふれる社会の実現」を⽬指すと共に2030年に向けては4つの目標を掲げています。「はたらくとよろこびをマッチング。満⾜を提供する企業」「⼈を活かし、⼈を⼤切にする、ひとりひとりが輝ける企業」「すべての“はたらく”を事業領域とする企業」「売上高30億円、営業利益9,000万円を達成」です。

これからの派遣会社は、人を送り込む業態から「企業と人材の成長を支えるパートナー」へと進化していく必要があると考えています。当社も“人と企業の成長をつなぐ存在”として、これからも事業の質を磨き続けていきます。