自分らしさを取り戻したとき、新たなステージが広がった。

下川優のコンサルト人生は、スタートから波乱の連続だった。トップの退任、新天地への移住、社長への就任、そして苦悩……しかし、辛い日々の中で学んだ「自分らしく働くこと」の大切さ、そして出会った素晴らしい人々は、かけがえのない財産となっている。現在も新たなステージでチャレンジを続ける彼女が、長くて短い約6年半のコンサルタント人生を振り返った。

活動の場を日本からタイへ

「エンワールド・タイランドには入社したばかりなので、今回の取材に関しては、現在のパフォーマンスではなく、私自身の今に至るまでの話をできればと思います。約6年半コンサルタントを続けてきて、タイでの人材紹介に関しては、他の方に負けない自信がありますから」

そんな言葉から、下川のコンサルト人生を振り返る取材はスタートした。最初の波乱は、下川が社会人になってすぐに訪れる。大学を卒業した2008年、JACリクルートメント(当時はJACジャパン)に新卒で入社。グローバル人材チームの人材担当としてキャリアをスタートしたが、まだOJTも終わらぬうちに、社長が突然の退任。チームも解散となり、外資コンシューマチームに配属された。下川は気持ちを切り替え、人材・企業両面の業務を行った。クライアントの引継ぎは一件もなかったため、全くのゼロからの開拓である。テレアポや飛び込み営業を一日に100件以上こなしたときもあった。少しずつコンサルタント業務に慣れ、徐々に顧客もついて来たときに、次の波乱が起きる。リーマンショックである。会社が早期退職者の募集をしたとき、下川は非常に迷ったという。

「元々海外に出たい気持ちがあったんです。JACジャパンに入社したのは、男女関係なく海外に勤務をするチャンスがあると聞いたから。でもリーマンショックでそのチャンスも見えなくなってしまって、どうしようか迷いました」

下川は入社してすぐに、社内公募でJACタイランドでの営業職に応募したことがあった。時期尚早と諭されて辞退したが、そのことがチャンスをもたらした。当時のことを覚えていた人事担当から、再びタイでの募集があると願ってもない誘いを受けたのだ。すぐに面接を受けて内定をもらい、転籍してタイで働くことになった。クライアントは日系、MNC、ローカル問わず、商社や製造業、消費財やサービスなどあらゆる分野を担当した。着実に実績を上げ、3年目には「100+クラブ」という、100件以上の成約を上げれば入会可能のトップコンサルタントクラブに入ることができた。やっとコンサルタントとして認められた気分でしたね、と下川は笑顔で振り返る。

自分を殺して仕事をする辛さ

仕事は充実していたが、一方で迷いもあった。営業職ではあるものの、あくまでタイ人コンサルタントのサポートという位置づけだったため、成果を上げてもインセンティブは入らない。ボーナスに多少反映されるくらいだった。「一人で海外に来ていましたし、経済的に自立をしたい、という観点で人生を考えたときに、このままだと不安になると思ったんです。頑張った分だけ評価されたいという気持ちもあり、いろんな方に相談していました」 そんなとき、日本人の知人から相談を受ける。会計に特化した紹介会社を立ち上げようと思うが、力を貸してくれないか、と。その知人はクライアント側としてタイの複数の人材紹介会社を活用していたが、サービスの質に不満があった。そこで改革を起こし、トレーニングや査定、スキル評価もしっかりできる紹介会社を作っていきたいという思いがあった。ただ、当人には人材ビジネスの経験がなかったため、下川に声がかかったのだ。返答はイエス。 「私自身が創業メンバーとなって新しい会社を海外で立ち上げること。お客様にもっと喜んでもらえるサービスをすること。今後のキャリアも考えて、この二つができるならぜひ加わりたいと、2013年4月にその会社に加わったんです」 声をかけてくれた方が社長、下川が人材紹介の責任者を務めることになった。ところが、またまた波乱がやって来る。わずか三ヶ月後、諸事情で社長が退任することになったのだ。代わりの人もおらず、下川が後任に座ることになったが、先行きを不安視したタイ人コンサルタントたちは全員退社。その後も、元社長が下川の部下として再入社するなど、混乱の中で業務を続けて行った。

「クライアントにも求職者にも愛されて仕事をしていたので、コンサルタントとしての自分に誇りを持っていたのですが、経営者になってからはボロボロになりました。会社を支えるのは自分だという意識があって、人の目を気にし過ぎてしまい、ありのままの私で仕事ができなかったんです。自分を殺して仕事をすることがこんなに辛いんだと、身を持って体験しました」

プレッシャーからか下川は体を壊してしまい、2014年2月に退社。日本に帰国してしばらく療養することになった。

心身ともに疲れ切っていた下川を元気づけ、再びコンサルタントの道を歩ませたのは、周囲の支えのおかげだった。その中でも、感謝してもしきれないという二人の恩人がいるという。一人目は、JACジャパン時代に出会ったクライアントの社長。当初は人材紹介に良い印象を持っていなかった社長だが、営業に行った下川の「人材紹介は求職者にも企業にも大きな影響を与える仕事。私はプライドを持ってコンサルタントをしているんです」という訴えに、クライアントになってくれた。それから、彼女が紹介するキャンディデイトは全て面接をしてくれたという。プライベートでも交流が生まれ、ビジネスや経営に関する様々なことを教わった。

「その方と出会ってから、こういう方のためにいい人材を紹介したい、という気持ちや責任感が生まれたんです。人材ビジネスの意味やミッションも学びましたし、営業ってすごく楽しい仕事だとも思うようになりました。こんなに自分の人生が豊かになる出会いがあるのなら、日々の一つひとつの出会いも大切なものなんだ、と考えるきっかけにもなりましたね」  中でも「いつかは死ぬんだから、今できることを精いっぱいやるしかないんだよ」と教わったのが印象に残っていると下川。人生の師匠だと思っています、と微笑んだ。もう一名は、かつて社長を務めた会社のオーナーの知人女性。ご主人が保険会社を経営しており、役員であり妻でありながら、個人でもセラピストとして活動を行っている。初めて会った日のうちに、下川はそれまでの辛い思いを、号泣しながら隠さず打ち明けていた。そうすることで、改めて自分の本当の思いや、進みたい道に気づくことができたという。

「キャンディデイトが自分のしたいことで、才能や能力を生かせる仕事をご紹介して、企業にも喜んでもらえる。その結果、コンサルタントとして私が評価していただけるのがこの仕事の醍醐味。それをもっと真摯に追求していきたいです」

本当の自分を殺して働くことの苦しさを誰よりも理解している下川。一人ひとりの人生を輝かせる仕事を見つけ、企業とマッチングすることで、自分の価値も高めていくのが下川の目標だ。

モラルのない人材紹介は絶対にしない

タイで採用を行う場合、クライアントが自社のことをキャンディデイトにアピールし、いかに働きたいと感じてもらうか、魅力を引き出すところからスタートする。そのために、企業のことを深く知る必要がある。

「タイ人は離職率が高いので、なかなか定着しないと悩んでいるクライアントがたくさんあります。決めれば売り上げになりますが、無理やり押し込むことは絶対にしない。ヒアリングをするときも、組織構成や採用課題などを聞いて、実際に働く社員に会わせてもらうなど、内部まで入り込むようにしています」

一方で、キャンディデイトのことを深く理解するようにも勤めている。基本的に、タイ人キャンディデイトとやり取りを行うのはタイ人コンサルタントだ。下川など日本人コンサルタントはコミュニケーションが取りづらいが、クライアントにコミットして求人をもらっている以上、データだけで判断して紹介するわけにはいかない。そのため、あいさつや語学チェックなどで必ず顔を合わせ、感じた印象をクライアントに伝えている。企業との面接にも同席して、終了後に双方から感想や意見をもらった上で、「次はこういう質問をしてみては?」「こういう情報があるとキャンディデイトは喜びますよ」と、マッチング精度を高めるためのアドバイスもそれぞれに行っている。

「クライアントが気に入ったとしても、それが会社にとって一番いい選択ではないと思ったら、正直に伝えます。成約はすごく大切ですし、コミットしていますが、モラルのない人材紹介はしません。キャンディデイトの人生がかかっていますし、企業も人が入ることで大きく影響を受けるからです」

大事にしているのは、目先の成約よりも倫理観。強い意志のこもった口調で下川はそう断言した。

約6年半コンサルタントを続けてきて、タイでの人材紹介に関しては、他の方に負けない自信があります

交流を通じて成長の“きっかけ”を作る

休日でも、下川は人々のキャリアに関わる活動に熱心だ。近年、タイには若い駐在員やインターンの学生、若手起業家などが増えている。そこで、「バンコクきっかけ彩り会」という集まりを立ち上げた。交流を通じて、参加者たちの成長に“きっかけ”を与えるのが目的だ。

「ただ集まって飲み会をするだけだと、人生の豊かさやビジネスに繋がらない。最大18名くらいの方が集まり、月に一回ワークショップやディスカッションをしています。一回目のテーマは、どういうきっかけでタイに来て、どういう思いで仕事をして、成功させたいのか。人材紹介の面談で聞いている内容を一人ひとりが話し、参加者でシェアしました。ビジネスの場や飲み会ではなかなか聞けない話ですし、学生にも刺激になったと思います」

ビジネスマンが日々を過ごす中で、インプットの機会はたくさんあっても、アウトプットは限られた場面でしかない。その機会を作り、学生など若者のキャリアのきっかけにも繋げるという、有意義な集まりだ。今後はクライアントからもゲストを招いていくという。繋がりの中で参加者が意識を高め、それぞれのビジネスを成功させてほしい、と下川。

「新卒で入った会社で、いきなり社長が退任して早期退職をして……と、人生何があるか分りません。私自身、海外でも日本でも、どこに行ってもどの会社に入っても生きていけるよう、一人のビジネスマンとして力を付けていきたいです」

目指すのは、キャンディデイトやクライアントに愛されること。そして自分自身のことも愛し、自信を持って仕事をできるコンサルタントだ。数々の波乱がもたらしたのは、辛いことばかりではない。強さや優しさとなり、下川の財産になっている。この先どんな波乱が起きても、彼女は必ず乗り越えていく。