ノンストップで働き続けた2年間を経て本当にハッピーなコンサルタント像を見つけた男

日本では知らぬ人がいない人材ビジネス最大手・リクルートのブランドが通用しない未開の地で、腕一本で実績を積み上げてきたコンサルタントがいる。「数字を上げること」と「コンサルタントの人間力」にとことんこだわり、極限まで自分を追い込むことで、RGF(Recruit Global Family)の地位をシンガポールに定着させた。会社のさらなる展望、そしてコンサルタントとしての理想像の実現に向けて、彼は今何を想っているのだろう?

誰よりもたくさん働いてトップになった

誰がナンバーワンか調べて、その人に勝つだけ。どうすればトップコンサルタントになれるかはごく単純です。そうジョナサンは言い切った。CDS(日本における外資系企業を中心としたエグゼクティブ・サーチ会社、2008年リクルートグループとなる)で5年間コンサルタントとして活躍。CDSで働いてきた5年間の中で、個人の売上は常にトップクラスで、かつ最後の2年間は最大のチームのマネジメントを任されていた。2012年から活躍の場を同じリクルートがアジアで展開するRGFシンガポールへ。消費財やデジタル分野のチームをメインに、約30名のコンサルタントをマネジメントしつつ、現役のトップコンサルタントとしても活躍している。

「CDS時代も含めて、コンサルタントとしての7年間、一度も目標を達成しなかったことはありません。ナンバーワンの成績を上げることを目指して常に突っ走っていますね」

シンガポールに来たばかりの頃は、クライアントも候補者もゼロという環境。そこからいかにして目標を達成し、トップの成績を上げるか。それについても単純なことです、とジョナサンは話す。

「誰よりも多くの候補者に会って、誰よりもたくさん働いてきただけです。朝6時に出社して帰宅は夜中、という働き方を2年間続けてきました。もちろん週末も出社していましたし、完全にプライオリティは仕事でした」

家族と話し合い理解してもらった上で、自分をとことん追い込む。その結果、日本でもシンガポールでもトップの成績を出し続けられているのだ。どこに行ってもナンバーワンでいたい、という気持ちやプライドが大事。数字に対しての思いは誰よりも強いです、とジョナサンは目をぎらつかせる。その一つとして、仮に年間目標が5000万円だったら1億円という風に、目標数字は必ず2倍に設定する。そうしなければ必ず達成しないからです、とジョナサン。もちろんマネージャーとしても、メンバーの個人目標を常に高く設定し、達成に向けて鼓舞し続けているのだ。

憧れのブランドの靴とジーンズに込めた思い

ジョナサンはベネズエラで生まれ、幼少期をオーストラリアで過ごした。その後日本に移り、小学校~高校まで過ごした後、アメリカの大学へ入学。卒業後にニューヨークの広告代理店に入社した。2007年に東京に戻ってからは、広告業界の経験を生かしたマーケティング職に就きたいと、数人のヘッドハンターに会った。そのときに最も入社を切望していたのは、某大手グローバルスポーツブランドだった。結局、内定は実現しなかったが、同社のサッカー部門のマネージャーにならないか、と誘われた。悩んだが、ジョナサンがそれまでしてきたスポーツは野球とバスケットボールで、サッカーのことはあまり分からない。スポーツに嘘は付けない、という思いから断腸の思いで辞退し、どうしようか悩んでいたところ、ヘッドハンターから「うちの会社に来てヘッドハンターにならないか?」と誘われた。それがCDSだった。

「お金を儲けたいのなら金融マンかヘッドハンターになるといい。しかもヘッドハンターなら、様々な業界・企業の人と会うことができ、ヒューマンスキルを生かして働ける、と誘われたんです。何社かと面接をする中で、その言葉がずっと心に残っていましたし、そのときのヘッドハンターのカリスマ性が大きくて、この人たちと一緒に働いてみたい、という思いがありました」

そしてCDSに入社した。配属は消費財チーム。その中から分野を選ぶことができ、広告とPRとスポーツを選択。最初のクライアントは例のスポーツブランドという不思議な巡り合わせで、コンサルタント人生の第一歩を踏み出した。実際にこの案件は、これまで担当した中で最も印象に残っているという。

「私の面接をしてくれた、当時の人事責任者が最初のクライアントでした。彼は大手のヘッドハンティング会社に、3つのシニアポジションを依頼していたのですが、どうしても見つからない。君なら良い人材を見つけてくれるだろうから、ぜひ会いたいと言って下さったんです」

エグゼクティブサーチはカルチャーフィットが大事、とジョナサン。かつてそのブランドと面接を重ねてきた中で、「どういう人がこのブランドに相応しいか」「どういうコミュニケーションスタイルが求められるか」を把握している自信があった。そして、初めての案件は最高の結果に終わった。ジョナサンは依頼された3つのポジションを、わずか1~2ヶ月で全てクローズさせたのだ。

「あの瞬間、あのサーチプロセス、あのプロジェクトを一生忘れないです。実は当時私はクライアント先にそのブランドの靴とジーンズを履いて行った唯一のコンサルタントだったんですよ。それだけ同社のビジネスとブランドを愛していたし、全ての部署を助けたかったんです」

以降はそのブランドと姉妹ブランドの案件を任されるようになり、1年間で多くの成約ができた。年収500万円~3000万円のゾーンまで、幅広くカバーアップした。「それがコンサルタントとしての原点ですね」とジョナサンは懐かしげに微笑んだ。

シンガポールのスタイルに適合できるか

他社との差別化。それは、エグゼクティブサーチにKPIの設定をしていることだとジョナサンは話す。エグゼクティブサーチは一般の紹介よりサイクルが長くなるが、スピードと質は常に担保し続けなくてはならない。そのためにKPI設定が効果的なのだという。どのような指標を用意しているかについては「企業秘密」と笑顔でかわすが、もちろん数字以外にも大事なことはたくさんあると強調する。

「人間力やコミュニケーション、信頼関係をいかに早く築き上げられるかがポイントです。信頼関係があれば、我々の提案やオファーの内容、条件を信じて、意見をちゃんと聞いてもらえるからです」

その第一歩となるのはリスニングスキル。キャンディデイトのこれまでのキャリアや実績、転職理由、仕事への意識や情熱などを聞いて理解することが必須となる。人材開拓は基本的にリサーチャーが行うが、それ以外にも自身のネットワークを活用したり、交流会に参加したりすることもある。またシンガポールの特徴として、SNSの「 LinkedIn 」で人材サーチを行うことが多いという。日本よりも多くの人がLinkedInを活用しているため、人材を探すツールとして便利だと言う。

「人材開拓よりも、クライアントから求人を頂く方が難しいです」とジョナサン。シンガポール進出にあたり、日本で既にコネクションのあった外資系のクライアント先にシンガポールの人事窓口への紹介依頼を出した。ところが半数以上がノーリアクション、2割は「今度会いましょう」と言葉だけの返事。結局、会ってくれたのは1割程度だった。

「シンガポールに拠点のある企業の人事は、日本を一つのマーケットとして捉えています。なので、東京拠点の担当者からの依頼はアジアパシフィックや東南アジア拠点との関係よりパワーが低い。そのため、自分たちには関係ないという判断なのです」

それを乗り越えるためのポイントは、ヒューマンスキル。例えば新規クライアントとお会いし、「このマーケットについて詳しいですか?」と聞かれた際、NOの場合はきちんと答えるようにしているという。求人依頼欲しさに何でもYESと答えるのではなく、誠実かつ正直な応対をする。その上で、自分の実績や得意分野、シンガポールでの展望などを伝えることで、ジョナサンは新天地で人間関係を築いてきたのだ。人間力を根底に置きながら、貪欲に数字を追い続ける姿勢がシンガポールで成功する秘訣。日本でナンバーワンになったからといって、そのやり方のままシンガポールでナンバーワンになれるとは限らない。こちらのスタイルに適合しないといけません、とジョナサンは言い切った。

「価値観や信頼、リスペクト、 チームワークを大事にできる 仲間がいるからこそ、 世界一を目指していける」

チームワークを大事にできる仲間がいるからこそ、世界一を目指していける

コンサルタントとしてだけでなく、マネージャーとしての難しさも日本とは違う。シンガポール人をはじめとする多国籍のコンサルタントがいる中で、カルチャーを理解した上でマネジメントしていくことは大きなチャレンジ。はっきり言って日本の方が楽です、とジョナサンは苦笑いする。

「日本の場合、『仕事だから』といえば部下はある程度理解してくれますが、こっちでは違います。『やりたくない』と言われてしまうこともあるので、バランスを取りながらマネジメントしていくのが難しいですね」

RGFの目標は、エグゼクティブサーチを含む世界一の人材紹介企業になることだ。その実現のためには、優秀なコンサルタントを育てていくことが必要だとジョナサン。自分が体験してきた道や成功事例を、どんどん後輩たちにも体験してほしいと笑顔を見せる。ただし、例え年間一億円売り上げるコンサルタントでも、組織の価値観に合わないと、チームとして働いていくことは難しい。価値観やリスペクト、チームワークを大事にできる仲間がいるからこそ、世界一を目指していけるのだと情熱的に語る。CDSに在籍していた最後の2年間、デイレクターとしてチームをマネージし、チームの売り上げをトップに導いた。そのことが大きな自信となり、「コンサルタントとしても、チームとしても、会社としても、トップを目指す」という信条に繋がっているのだ。

「子どものときからチームでするスポーツが好きでした。だから、ビジネスでもチームで成功していきたい。自分で起業することには興味が無くて、あくまで会社がナンバーワンになるために貢献していきたいです。もし新しい国の拠点で必要とされれば、すぐに駆けつけますよ」

シンガポールにある企業の人事担当は、その多くがまだRGFのことを知らない。けれど、来年には逆にほとんどの企業に知られている認知度とブランドを築いていきたい、とジョナサンは直近の目標を笑顔で語った。

「トップコンサルタントと呼ばれる人は、常にノンストップで働いていると思います。それだけだと犠牲になるものも大きいですが、チームや売り上げ目標を管理しつつ、プライベートもきちんと楽しめる。そんなバランスを大事にできる人が最後はハッピーになると思います。私も家族のことを意識して、大事にしていきたいですね」

立ち上げから2年間はほぼ休みなく働き続けてきたが、最近ではプライベートの時間も大事にしているとジョナサン。週末には家族と一緒に海やプールや旅行に行ったり、サッカーをしたりと、太陽の下で体を動かすことでリフレッシュしている。その際、土日のどちらかは必ず携帯電話を家に置いていくことにしている。持ち歩いていると、見た瞬間に仕事モードに切り替わってしまうからだという。まだまだ長いコンサルト人生、会社の成長はもちろん、“最後にハッピーになれるコンサルタント”を目指しているジョナサン。家族や仲間の支えを受けて、ときには立ち止まりながら、ゴールへ向かって進み続ける。