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絵になる男。それが、コンサルタント兼社長である池松と向き合ったときの印象だ。ファッション業界に特化したコンサルタントである彼が、ファッショナブルなのは不思議ではない。だがそれだけではなく、謙虚さや自信、情熱など内面からにじみ出ている人間性こそ、彼が絵になる理由である気がした。もちろん、コンサルタントとしても誇らしい成果を上げてきた彼に、仕事術からプライベートまで話を聞いた。

サーチはクリエイティブに考えることが必要

今から約10年前、トップコンサルタントはアメリカのアイダホにいた。全米各地の古着屋を回って商品を買い付け、日本のバイヤーや古着屋に販売する。そんな人材コンサルタントとは無縁のビジネスを行っていたのだ。アメリカの大学に通いながら、古着を扱う会社でインターンとして働いた後、卒業後に独立。当時の日々を、池松は笑顔で振り返る。

「古着ビジネスはまるで宝探し。2ドルで見つけた商品が、日本では20万円でも売れることもあるんです。1600キロ離れたカリフォルニアのフリーマーケットに参加するために、バンで2泊3日かけて行ったこともありました。行きは車内がいっぱいになるくらい古着を詰め込んで、帰りは空になった車を満足しながら運転する。楽しくて仕方ありませんでしたね」

 

早朝に起きて商品を探し、仕入れて販売。そして代金をいただくという、商売の原点であるサイクルが、自身の仕事感覚の基盤になっていると池松は言う。その後、ビザの関係で帰国した池松が出会ったのが、エグゼクティブ・サーチの専門会社CDSだった。

「ファッション・消費財に特化したコンサルタントを探していると、CDSの方から連絡をもらいました。人材ビジネスは全く知らない業界でしたが、ファッションという繋がりがあることと、面接官がとても魅力的だったことで、リサーチャーとして入社しました」

 

先輩たちが手取り足取り教えるというよりは、自分で考え成長していくことが求められた同社。リサーチャーとして企業・人材開拓を行ううちに、池松はコンサルタントとしての能力が自然と培われていった。

「ターゲットカンパニーのことを調査し、どういう人がいてどういう役割を果たしているのか。どうサーチをするのが適しているのか。諦めずクリエイティブに考え続ければ、求める人材は必ず見つかります。それを繰り返し続けたことで、自分のサーチの方法ができあがったのです」

成約人数よりもどれだけの人と会うかを意識する

その後はコンサルタントとして、ファッション部門の責任者に就任。店舗での販売スタッフや店長、本社スタッフやディレクターなど、ファッションに関するあらゆる職種のコンサルタンティングを行っていった。報酬は自分の売り上げによって決定する、完全な実力主義。池松はこの厳しさをモチベーションに変えて結果を出し続けた。心がけていたのは、成約人数を意識するより、会う人数をいかに増やすかだったという。

「人材ビジネスは確率論。一ヶ月にどれだけの人と会って、どれだけの人数を紹介できるかが大事です。そうする内に、何人と会えば何人成約するのかという目安も算出することができるからです。また、人材ビジネスにおいて大事なのは経験。何人の人と会ったかで経験は積まれていきます。そのため、工夫をしてターゲットといかに会えるかに注力していました」

 

こんな成功例がある。クライアント企業が名指しで、あるブランドの販売員を欲しいと依頼してきた。電話をしても繋がらず、メール送っても返信がない。そこで池松は、実際に店舗に行って、ターゲット人材から数十万円もする商品を購入した。

商品を購入したこちらはお客様。その後は、コンサルタントとしてではなく、お客様からの電話としてお話しする機会が得られたのです」

 

結果、ヘッドハンティングは成功。会うために工夫をしたのも成功要因の一つだが、池松はそれ以上に「この人を紹介したいという思い」が大事だったと断言する。

「私の中では全てにおいてクライアントが軸です。依頼をくださるのも、料金の請求をするのもクライアント。そのため、いかにタイムリーで優秀な人材を紹介できるかを軸に物事を考えます」

 

食事などを積極的に行って、クライアントとコミュニケーションを図るコンサルタントは少なくないが、池松の姿勢は正反対。優秀な候補者を探すことに時間を費やし、クライアントに紹介することが最上級のコミュニケーションだと断言する。もちろん紹介を行う際は、スクリーニングを徹底的に行うことも忘れない。結果、池松が紹介した人材は、内定率が非常に高いのが誇りなのだという。

ヘッドハンティングの形は変わりつつある

人材業界において、これまでのサーチの手法は変わりつつある。それはデータベースビジネスや、LinkedlnなどSNSの普及によるところが大きい。その流れに対応すべく、池松は改めて工夫の大切さを強調する。

「私たちはヘッドハンティングの会社です。人材をピンポイントでサーチし、企業に3人ご紹介すると1人か2人はほぼ採用される仕組みのビジネスです。それが今は、ヘッドハンティングの形が崩れつつあるので、色々な方法をバランスよく組み合わせながら、これまでと同様に優秀な人材を紹介することに注力する必要があります」

 

そのために池松が行った工夫の一つが、世界的ファッション誌VOGUEとのアライアンスだ。同誌の日本版ウェブサイトには、ファッション感度が高く、語学も堪能で、インポートブランドに興味を持っている人が多く集まる。そこから情報発信を行うことで、転職潜在層を集めるというわけだ。

「ファッションに特化した紹介会社はありますが、年収2000~5000万円のエグゼクティブから、店舗スタッフまで扱っている会社はほぼありません。ところが当社は全てカバーできるのが特徴です。それとサーチに強みがあるので、エーバルーンコンサルティングに任せてもらえれば求める人材を必ず探してくれる、という信頼が安定した会社の土台になっています」

 

ビジネスモデルにおいても、コンサルタントを増やして積極的に新規開拓を行うよりは、一人ひとりのスキルをいかに高めるかに注力しているのだという。大事にしているのは、売り上げをしっかりと立てることで、対価として報酬が上がり、コンサルタントが自らキャリア形成を行っていくサイクルなのだそう。この先事業拡大を実現するためには、池松の目指すビジネスに共感してもらえる優秀なコンサルタントが不可欠。育成だけでなく、そういったコンサルタントの積極採用も行っていきたいと池松は明言した。

「グローバルなビジネスをしないと次の展望は見えてきませんし、 もっと広いエリアで人材の提供をしたい思いがあります」

次のステップは海外への進出

CDSで実績を上げ続けていた池松が、満を持してエーバルーンコンサルティングを立ち上げたのは2008年10月。ところが、その直後に待っていたのはリーマンショックだった。ファッション系の求人はほとんど無くなり、売り上げはCDS時代の6分の1にまで落ち込んだ。周囲から起業のお祝いの言葉を頂くことは嬉しかったが、求人情報を頂けることは難しかった。あるのは「業績が悪く社員をリストラせざるを得ないから、仕事の紹介をしてあげてほしい」というような依頼ばかりだったという。ファッションの案件がないため、生命保険会社へ紹介を行って売り上げを確保し、景気回復を辛抱強く待ち続けた。その間も、服装は常にファッショナブルを心がけたり、クライアント企業を訪問するときはそのブランドを身に着けたりと、ファッションに特化した人材会社ならではの気配りは欠かさなかった。

 

起業して1年目にそんな状況だったからこそ、いい学びになりましたね。池松は笑顔でそう振り返る。そして先日、エーバルーンコンサルティングは大阪に拠点を立ち上げた。次なる目標として海外進出も視野に入れているのだという。

「グローバルなビジネスをしないと次の展望は見えてきませんし、もっと広いエリアで人材の提供をしたい思いがあります。次は中国への進出を視野に入れて、現地のファッション系の人材会社とのアライアンスを考えています。中国から専門的な仕事や人材の提供してもらうのもよし、日本から海外進出する企業とパートナーを組んで、現地に人材の供給をするのもよし。何をするかは詰めているところですが、そのステップが次の目標ですね」

 

そんな池松は、土曜日は事務処理をするため出社することがあるそうだが、基本的に週末は家族と一緒に、大好きなピザとコーラを食べながらゆっくり過ごすのだそう。ストレス解消は趣味のキックボクシング。時々足を引きずっているのですが、それは蹴られたということです、と笑いながら話してくれた。

 

今後の目標は、ファッション業界に特化した紹介会社として、圧倒的な信頼と知名度を築くこと。アメリカの広大な大地を駆け回っていたあの頃から約10年。池松は次のステージで、より広い世界を舞台に駆け回っている。