トップを走り続ける秘密は、マジックのようなマッチング

オフィスを離れ、インタビューは六本木のバーで行われた。このコーナー開始以来初の女性コンサルタントの登場ということもあり、袖山亜希子は見事なまでに誌面に彩りを与えてくれ、かつトップコンサルタントとしての方法論も惜しげもなく語ってくれた。

候補者の可能性を広げる“袖山マジック”

ITエンジニア特化型の人材会社「アイム・ファクトリー」の取締役であり、コンサルタントとしても大活躍中の女性・袖山亜希子。その最もたるスキルは、何といってもマッチング力。一見、お互いの希望に沿わないような企業と候補者をマッチングさせたのにも関わらず、結果的に双方とも満足してしまうというマジックを何度も生み出してきた。

「エンジニアの方は自分の技術に誇りを持っている方がたくさんいる半面、アピール下手な方が多く今までの経験を客観的に伝える事に慣れていません。せっかく趣味で様々な開発をしているのにそれを伝え忘れてしまう、などなど。そこを上手にフォローしながら、そんな技術者としての可能性を企業に明確に伝えることが上手な会社だと思います」

 

背筋をすっと伸ばした姿勢を崩さず、袖山は穏やかな笑みを称えて話す。

「例えば、御社が求めるレベルには少々達していませんが、人柄や性格が御社の風土にとても合っているエンジニアがいます。また上昇志向もあり、他のエンジニアとコミュニケーションを取りながらレベルアップできる人材なので、一度お会いしていただけませんか? という切り口で企業にご提案をする。そうすると人事の方は大抵会ってくださいますし、満足いただけることも多いですね」  企業が求めるのが第一にスキルなのは当然だが、それを補ってでもマッチングさせたい「プラスアルファの何か」があれば即座に提案する。シンプルだが、袖山が生み出してきたマジックの種はそこにあった。

「エンジニアの方のスキルを図るときもそうです。こんなことが得意、こんなことを何年してきた…という求人票のデータも重要ですが、それだけで全てを判断して、企業に紹介するのでは良くないと思っています。ただの御用聞きになってしまい、エンジニア特化でやっている意味がないですよね。求人票や経歴書からは見えない部分を知り、エンジニアとしての可能性が広がるようなご提案を企業にすべきだと思います」

 

その口調は丁寧だが力強い。エンジニア特化型の紹介コンサルタントとしての使命とプライドが滲み出ているようだった。

お金をいただいて人材紹介をするということ

袖山の人材業のキャリアは、エンジニアの業務支援を行っているベンチャー企業から始まった。当時はいわゆるITバブルの真っ只中で、常にエンジニアが不足している状況。正社員よりも高収入が望めるフリーでのエンジニアも数多くおり、袖山は彼らにプロジェクトを紹介するという業務を行っていた。

 

元々IT業界のことはまるで分からなかったという袖山だが、業務を通してエンジニアに特化した人材コンサルタントとしてのスキルを身に付けていく。また同時期は人材業界が注目され始めた時期でもあり、人材を提供すればとにかく採用してもらえる、候補者の応募も絶えないというバブルのような状態が続くが、袖山は同時にあるジレンマも感じるようになっていた。

「人手が足りない企業にただ人材を紹介するという仕組みは、そもそもの人材紹介の意義ではないと感じるようになっていたんです。だったら企業はお金をかけてまで人材紹介に依頼しなくても、媒体を利用するだけでも良いのではないか? とか色々な疑問を感じていました」

そう感じていたのは袖山だけではなかった。同じ企業で働いていた彼女の上司・久利可奈恵(現アイム・ファクトリー代表取締役)も、全く同じ疑問を抱いていたのだ。二人は2008年の7月、前職での経験を活かしてエンジニアに特化した紹介会社アイム・ファクトリーを立ち上げた。前の会社は分業型だったが、RA視点とCA視点の両方を持てるようにと、一気通貫型を基本としてサービスを開始する。

「人事の方とリレーションを取って、企業とエンジニアの橋渡しをしようと。同じエンジニアでも、経歴書だけでは分からない色々なポテンシャルを持った方がたくさんいますし、そういうプラスアルファの部分で人材をご提案できてこそ、エンジニアの可能性が広がると思っています。それがお金をいただいて人材紹介をするということなのだと考えています」

短時間で候補者の性格を知る方法

現在もトップコンサルタントして活躍中の袖山だが、忘れられないほろ苦い思い出があるという。

「弊社にずっと信頼を寄せてくれていた候補者がいまして、紹介先を探していたのですが、なかなか通らない。そんなとき「他の紹介会社から紹介された企業で決まりました」と連絡をもらったのですが聞いてみたらなんと私も担当している企業だったのです。かなり衝撃でした。私は勝手にその方が志望すると思わず、そして通過する企業だと思わなくて省いていたのです。後で思うと、私の方で先入観を持ってこの人の為だというおせっかいな意識でその方の可能性を狭めていたのです。社長にもよく言われるのですが、我々は常にニュートラルな感覚を持ち続けてなくてはいけないのです。ですから、私の担当企業ではありましたが別の紹介会社経由で決まったという事は私にとって非常に良い経験でしたね」

 

もちろん他社で決まったのもすごく良いこと。候補者のことを第一に考えているからこそ出る発言だ。この一件で袖山は、エンジニアの可能性を広げたいという基本理念を改めて振り返ったという。

「できるだけ候補者に合った企業に紹介できるよう努力をします。けれど逆に候補者の御用聞きになって、上場企業以外は働きたくないとか、1000人以上の会社以外には行きたくないとか、そういう希望を聞くだけ聞いて紹介するのもまた違うと思う。なのでこちらからも合いそうな企業を提案し、可能性を広げてあげるのもまた私達の役目なのですね。現在そういうことができているのは、失敗した経験があったからだと思いますね」

 

袖山のキャリアにおける数少ない失敗だが、同時に貴重すぎる経験でもあった。

 

ところで人間関係に置いて、相手のことを理解するにはある程度の時間を要する場合がほとんど。短い面談時間において、袖山は候補者の性格や人間性をどうやって理解しているのだろうか?

「面接でお話をしているときのインスピレーションも一つの基準ですが、その後のやり取りでも見えてくることがたくさんあります。例えばですが、候補者の方に職務経歴書などの書類を送ってもらうよう依頼することがあるのですが、ここですぐ行動してくださる方は企業に自信をもって紹介できますね。逆に受け答えが良くても、後回しにされる方はちょっと…という場合が多いです。やはり技術者なので、納期までにきっちりと仕上げるスタンスを持っている人こそ、企業に紹介したいですよね」

 

人の性格やクセは日頃の何気ない行動に表れるというが、袖山はそれを見逃さない。女性ならではの繊細な視点や直感力、ぜひ男性コンサルタントも身に付けたいところだ。

「エンジニアが必要なときに、アイム・ファクトリーのことを思い出していただければ成功だと思っています」

エンジニアの需要がなくなることはない

多忙ゆえに平日はなかなか時間を取ることができず、息抜きといえばたまに社内のメンバーや現場のエンジニアと好きなお酒を飲んで帰るくらい。既婚者の彼女は、週末は家族でのんびりと過ごしているのかと思いきや、「一日中家でゴロゴロしていることはありません。ゴルフや旅行や犬の散歩が好きなので、とにかく外に出たい! 予定がなければ友達に連絡をして予定を入れて、必ず出かけるようにしていますね」とアクティブに活動しつづけているという。休養はどこで取っているのかと少々心配になってしまうが、こうして楽しみ続けることこそが彼女にとって何よりの休養なのかもしれない。

 

今年が3年目となるアイム・ファクトリーも着々と成長中だ。リーマンショック後にはエンジニアの需要が激減したが、システムは世の中からなくならないし、エンジニアの需要がなくなることはない。エンジニア特化と掲げている以上、エンジニアの紹介をメインで行っていくことが最大の強みになると語り、繊細さと同時に一本気も持ち合わせていることを覗かせた袖山。最後に今後の展望について伺った。

「エンジニアが必要なときに、まずアイム・ファクトリーのことを思い出していただければ成功だと思っていますね。正社員や案件ベースの支援、自社のプロパーの派遣など、お客様からエンジニア人材が欲しいというときに人材的な支援ができるスタンスをとって行きたいです」

 

心配は無用。マジックのように絶妙なマッチングをしてもらった暁には、企業もエンジニアもアイム・ファクトリーという社名と、袖山亜希子というコンサルタントの名を決して忘れないだろう。