クロージングがゴールではない
候補者と向き合い、運命のベンチャーへ導く
決定率85%--。ほかのキャリアコンサルタントの平均である65%という数字を、大きく上回る結果を出し続けてきた女性がいる。濱口マリアだ。外資系グローバルブランドなどアパレル業界で培ったスキルを、実は共通項が多いという人材業界で発揮し、トップコンサルタントへ成長した。IT系に強い人材会社を経て、現在はベンチャーに特化したエージェントで活躍している濱口。どのように成果を出しているのか。その仕事術に迫った。
倒産危機で学んだ人の大切さ
「クロージングという言葉が嫌いなんです。大事なのはそこに至るまでのプロセスなので」
濱口は毅然とした表情でそう話す。成約率の高さの理由について質問したときだ。彼女が大切にしているプロセスとは一体なんだろうか。
濱口はアパレル業界に8年間身を置き、外資系ジュエリーブランドやセレクトショップなどで店舗マネジメントを経験している。キャリアコンサルタントとして発揮しているスキルの多くは、アパレル業界で身につけたのだそう。
「ワンピースが欲しいです、とお客様が言ったとします。そのときに、着るのが楽だからとか、週末にデートがあるとか、どんな背景があるのか探ります。その答え次第では、ワンピース以外の商品がいいかもしれない。そこで最適なものをプロとして提案していく。これはアパレルも人材業界も同じ感覚なんです」
それだけではない。アパレルのトレンドの変化の早さは、最初に飛び込んだ人材会社で担当したIT・WEB・ゲーム業界に似ていた。そういう点でも、業界の違いがハンデにはならなかった。
そもそも、濱口が人材業界に飛び込んだのは、アパレル業界で味わった倒産危機での実体験の影響が大きい。
「お給料も商品も入ってこない中で数字を作り、どうやってメンバーやお客様に価値を提供できるのか。本当に考え抜いて走り抜いた期間でした」
そんな状況でも、スタッフたちはモチベーションを保ち、お客様に良い接客をし、濱口の店舗は売上を出していった。メンバーの活躍を責任者として見ながら、改めて人の大切さに気付き、人材業界に興味を持つように。同時に、こういった頑張っている人にちゃんとに光が当たってほしいという想いもあり、30歳のときに関西から上京、創業2年の人材会社に入社した。
初回面談で全てが決まる。鍵は求人紹介
当初は人材紹介と派遣の違いすらわからなかったが、とにかく量をこなしていった。面談数は多い時で70名超、3年間で2500名という圧倒的な数の候補者を担当することで、短期間で経験を積んでいった。
「30代で未経験でしたから、新卒からこの業界の人と肩を並べるには3年で10年分の経験をしよう!そう腹をくくって飛び込みましたね」
何より大きかったのは、当時の上司であり、現在はポテンシャライトの代表である山根氏の存在だ。山根氏は驚異的な実績をあげ、リクルート社主催のカウンセラーランキングでは3000人中1位を獲得していた。
数字を上げつつも、売上至上主義ではなく、候補者や企業の役に立つことを追求し続けてきた同氏。「日本一のキャリアカウンセラー集団を創ろう」と言われたことも印象的だった。候補者と本音で向き合い、その企業や仕事を勧める理由や、逆にお勧めしない理由もきっちり伝えてきた。そのため、例え応募に至らなくても、面接に来た方は「来てよかった」と満足して帰ることがほとんどだったという。山根氏からは数字に対して細かいことを注意されることはほとんどなかった。ただし、「それで濱口は納得しているのか。候補者に対して自分の行動に悔いはないか?」は嫌というほど言われ続けた。
そして山根氏がポテンシャライトを立ち上げ、人材紹介事業をスタートしたスタートした頃から濱口も参画したのだった。企業との商談も行っているが、軸足は候補者に置きキャリアコンサルタントとして活動している。
濱口が何より大事にしているのは、候補者との最初の面談。面談より楽しい時間はないと断言する。ワクワクしてもらえることを意識して企業や求人の紹介を行っているという。
「とにかくポイントは求人紹介なのです。過去の経験や未来の希望、その候補者様が成し遂げたいことを引き出すことももちろん重要です。しかし、ご紹介をする求人を魅力的かつ詳細にお話しできなければ、出会いの機会を創出することはできません。求人票を読み上げるような面談は時間がもったいない。これだ!と思う厳選した数社様をじっくりご紹介できるよう意識しています。最も集中する瞬間ですね」
選考途中ではアパレルで培ったコミュニケーション力を発揮できる場面もある。踏み込んで質問した方がいいか、一歩引いた方がいいか。今から連絡すべきか、考えを整理してもらう時間を作った方がいいか。連絡方法は電話がいいか、ほかの手段がいいか。あらゆる気遣いを行っている。もちろん、目先の成約だけを追うことはせず、入社後の活躍を確認してはじめて、役割がひと段落つくと濱口は話す。
自分が信じたらとことん勧める
「私、前職の人材会社にはエージェント経由で応募したんです。でも最初は未経験で30代で地方在住だったので、書類選考が見送りになってしまったようなんです。ただ、エージェントさんが猛烈にプッシュしてくださって面接のご機会をいただき、内定、入社となりました。エージェントさんには本当に感謝しています。」
候補者とのこんなエピソードもある。絶対にマッチすると自信を持ってとある企業を紹介したが、面接を辞退したいと言われた。だが濱口は引かなかった。
「『一度だけでいいから話を聞いてみてください!』と勧め続けたんです。そうしたらそこまで言うならとしぶしぶ足を運んでいただけて。最終的に入社され、今は大活躍されているようです。『あのときに勧めてもらったから今があります』と言ってもらえました。絶対にこの企業と合う、と思ったときはしつこく勧めることも。自分の一言で候補者の人生が変わることもあり、仕事の怖さでも面白さでもあります」
もともと、ベンチャー企業を中心に採用コンサルティングを行っていたポテンシャライト。そのため、紹介事業のクライアントもベンチャーが大半だ。スキルがマッチしても風土が合わない、年収が折り合わない、など難しさもある一方、ベンチャーならではの楽しさもあるという。
「企業がどのようなポジションを必要しているか、ニーズを把握していないこともあります。そこで、企業が希望するスキルや経験とは違っても、マッチすると確信した候補者を提案すると、『確かにこういう人がいれば事業が拡大しそうだ!』と気づいてもらえることもありますね」
そもそもベンチャーは、前例のないサービスを生み出すため、これまでの経験が完璧にマッチする人材は市場に少ない。スキルよりも、入社後にキャッチアップできる素養や素直さが大事となる。初対面で話したときに、「ベンチャーで活躍できる!」と思えた方と、マッチしそうな企業をつないでいるのだ。
そういったスタイルだからこそ、同社にはKPIがない。目の前の候補者ととことん向き合い、合う企業や求人がなければ、ほかのエージェントを紹介することもある。
「数字を出す、成果を残すのはプロとして当たり前。ただそれだけではつまらない。そういったことはこれまでで散々やってきました。その上でどうやったら本質的な価値発揮ができるか。それが私やポテンシャライトの判断軸なんです」
そういった姿勢が評判を呼び、テレアポなどは一切行わずとも、紹介などでクライアントは増え続けている。
一方で求職者開拓も、媒体をあまり使わず、ベンチャーに興味がある方向けのコンテンツを、ブログやSNSで発信することで成立させている。
ベンチャーと人材業界の”当たり前”を変えたい
濱口の当面の目標は、まだ立ち上げたばかりのエージェント事業を軌道に乗せること。そして、多くの方にベンチャーで働く魅力を届けることだ。
「今はまだ、ベンチャーに入社するのがスタンダードではありません。新卒からベンチャーに入ったり、地方出身の方や外国籍の方が働いたり、年齢を気にして躊躇する方も応募したりすることが普通になるよう、時間をかけてベンチャーの文化を広めていきたいですね」
ベンチャーの大きな魅力の一つを、裁量の大きさだと濱口は続ける。アパレル時代に彼女がいたのは外資系グローバルブランド。店長の使命はブランドを守ることで、お店のディスプレイを自由に変える権限もなかった。もちろんそれはブランドを守るためで否定しない、と前置きしたうえで、「自分のアイディアを発信したり、形にしたりできるのがベンチャーの魅力です」と語った。
同時に、志を持って人材業界に入ってきた若手が、早々に業界を去ることもなくなると考える。本質的な人材紹介の手法も広まれば、人材業界の本来の醍醐味を経験できるはずだ。そして人材業界に優秀な人材が集まり、より面白くなっていけば、と考えている。
もちろん濱口自身、コンサルタントの仕事を心から楽しんでいる。「オン・オフの感覚がないんです。あまり休日らしい休日はありませんが、楽しいから仕事が大変だと思ったことは全くありません」と公言する。
エージェントによって人生が変わり、天職に出会えた濱口。現在は自身がその役割を担い、多くの人々を天職へと導いている。さらにはその先のゴールを目指し、仲間たちや候補者、企業、そしてこれから出会うであろうすべての人々とともに、進み続けるのだろう。