パソナグループが本社機能の一部を淡路島に移し話題になったことは記憶に新しい。移転の背景には、「業務のDX化と真に豊かな生き方・働き方の実現」などの目的があると言う。パソナグループの常務執行役員、河野 一氏に取り組みについて詳しく聞いた。

DX化は3段階。部署や領域に合わせたステップで進めることがポイント

河野さんのご担当領域をお聞かせください。

私は現在、パソナグループ(HD)のDX統括本部責任者と、パソナのIT統括本部長を兼任しています。パソナグループのDX統括本部としては、グループ72社(2022年4月現在)に、業務内容や事業規模に応じて必要なITインフラを提供しています。パソナのIT統括本部では、派遣事業、BPO(Business Process Outsourcing/ビジネス プロセス アウトソーシング)、キャリアソリューション(人材紹介、再就職支援)などに必要な業務基幹システム開発のとりまとめをしています。

自社のDX化をどのように進めてこられましたか?

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を使うようになって久しいですが、会社のデジタルシフトは、そう簡単ではありません。レガシーがある企業なら尚更です。デジタルシフトは、すべてを一気に進めず、部署や領域ごとの段階を把握し、それぞれの段階に沿って実施していくことがポイントになります。

 

段階は大きく3つに分かれます。1段目は紙で管理していたものをデジタル化していくデジタイゼーション、2段目はデジタル化したもの同士をつなぐデジタライゼーション、そして3段目が、業務プロセスを最適化しBPR(Business Process Reengineering/ビジネス プロセス リエンジニアリング/業務改革)をおこない、新しい価値を創造するDXです。当社では、これらを並行して進めています。紙とハンコの文化が残っている部署がまだある一方で、テクノロジーカンパニーになるための戦略を考える部署もありますので、それぞれの部署に必要なデジタルシフトを実施しています。

社員にDXスキルを身に着ける機会を提供、サービスの価値向上を目指す

パソナグループとして、DXを通じてどのような価値創造をしていますか?

他社とは違う、当社ならではの取り組みを強化しています。本社機能のうち、働く場所を問わない部署や業務を兵庫県淡路島に移したことも、新たな価値創造の一環です。パソナグループの企業理念である「社会の問題点を解決する」や、私たちの使命である「人を活かす」ことをさらに推進していくために、いかにデジタルを味方につけてパワーアップしていくかを念頭に置いています。

2021年よりグループ内で実施している『パソナ・デジタル・アカデミー』も、新たな価値創造への取り組みの1つです。同プログラムでは、グループ全体のDXを加速させていくために、横断的なDX人材の育成を行っています。

プログラムの1つである「デジタル・アカデミー社員制度」は、主にIT未経験者をパソナグループの社員として採用し、ITスキルを高める1年間の研修やOJTなどを通じて、DXの領域で活躍できる人材を輩出することを目指しています。

また、複線的なキャリアを構築することを目的に、入社4~5年目向けに実施する「ハイブリットキャリア研修」では、語学力などのグローバルスキルや、文化・教養などが学べるほか、デジタルスキルを習得できるコンテンツも導入しています。

デジタルスキルの習得にあたっては、IT未経験者が理解を深められるように、eラーニングの環境を提供するだけにとどまらず、集合型研修も実施しています。また、研修に参加した社員は、目標の1つとして「ITパスポート」の資格取得を目指します。

合わせて、幹部候補生向けには「リスキニング・イニシアチブ」というプログラムを2021年に開始しました。事前に参加希望者を募り、そこから所属長の推薦で集まった約40名の参加者が、6カ月間の合宿でITの基礎を学び、最終的にはアプリを開発して事業提案ができるまでになります。すでに同プラグラムで事業提案された2件の新規アプリが、実際に現場で活用されています。

このプログラムでは、ツールの使い方だけでなく、DXを実現させるまでの過程に対する論理的な思考を身につけることができます。

IT専門外の従業員、例えば文系社員がITスキルを身に着けて物づくりのプロセスを理解できるようになれば、どのような人が開発の過程に関わり、その中で自分がどのような役割を担っているかが見える化できるようになります。ひいては、自分が理想とするシステムの全容をどのようにエンジニアやベンダーに伝えれば、イメージ通りに出来るかが分かるようになります。

こういった取り組みを通じて、2024年5月までにグループ全体で3000名のDX人材を育成する予定です。

淡路島への本社機能移転で生まれた現場主導意識

DX人材育成の効果は出ていますか?

デジタイゼーションにより、場所を問わなくなったバックオフィス業務などを淡路島に移しました。また、環境が変わったことをきっかけに既存業務の見直しが進み、デジタルシフトによって不要な業務の発見と改善につながりました。

淡路島は車社会なので、社員の提案でシェアカーのシステムを導入しました。これまでは、デジタルツールを入れるという発想はありませんでしたが、従業員一人ひとりが、現場が抱える課題を、デジタルを活用して解決するマインドに徐々にシフトしており、今回のシステムも、IT部門からではなく現場の声で導入にいたりました。

社内報もアプリ化しました。これまでもオンライン化はしていたものの、パソコンから閲覧する方法がメインで、IDやパスワードを入力する手間が発生していました。そこで、閲覧のハードルを下げるため、広報部門とIT部門とで相談しながら、グループ全体に届くアプリを導入しました。

また、IT関連の困りごとを相談できるサポートサービスの担当部署を淡路島に移しました。移転前は、電話で何でも相談できる状態だった一方で、IDの失念など自分で解決できるものもサポートサービスに相談する従業員が多くいる状態でした。そこで淡路島に拠点を移したタイミングで、電話をあえてなくし、代わりに問い合わせ用のポータルサイトを開設しました。ポータルサイトには、過去どんな問い合わせがあったのか、ナレッジの共有ができるアーカイブ機能を設けたことで、従業員はすぐに問い合わせするのではなく、自分自身で解決する習慣がついたようです。

DX人材に求めるものは、技術よりも理解力・発想力・マネジメント力

育成したDX人材に今後期待するものは?

BPOサービスで言えば、いかにデジタルのエッセンスを絡めていくかが今後ますます重要になります。働く人材やファシリティの次の段階として、お客様のニーズに応える業務プラットフォームが求められています。サービスのプロセスを情報共有できる基盤を作り、プロセスの最適化までをトータルで提供できるようしたいと考えています。将来的には、サポートサービスの業務委託も視野に入れています。DXにより、システムを動かすだけにとどまらず、お客様のビジネスに価値を与えるところまでを担い、サービス全体の底上げをするテクノロジーカンパニーを目指す。そのためにもDX人材は必要です。

今後、どのようなDX人材が求められますか?

Xは各社でニーズが異なり、定義も曖昧です。また、DX人材と言うとプログラムやシステムに詳しく実装できることが条件だと思われがちですが、事業側は、実現したいことに対する手段への理解力や発想力、そしてマネジメントスキルも求めています。

DX人材を育成することは、当社のような文系出身の社員が多い企業には、かなりチャレンジングな試みですが、文系出身者の実務経験や発想力を活かしながら、そこにITに関する知識やスキルを加えることで、DXを推進できると考えています。いずれは育成のノウハウを社外にもシェアできるようにしたいと思っています。

グループ全体としてのDXの今後は?

当面は、グループ全体のサービスにデジタルのエッセンスを絡め、競争力を高めることが目標です。人材派遣業界には、マッチングなどにおいて機械化が難しい部分もありますが、発想を柔軟にし、デジタルを活用した新しいソリューションにチャレンジしていきたいと考えています。クラウドサービスの導入などを通じて業務のスピード感は増してきましたが、これまではどちらかというと内向きでBPRの視点が強かったです。今後はもっと、クライアント企業や利用者の利益につながるサービス開発を増やしていく予定です。

また、人材紹介などスポットごとのサポートは手厚くできていると思いますが、転職後の接点を確保できていないところは課題が残っています。一人ひとりのキャリアにしっかり寄りそえているかを分析する意味でも、テクノロジーを活用し強化したいと考えています。パソナグループとして、すでにサービスプラットフォームをあるべき姿に変革していくフェーズに差し掛かっています。デジタル化による生産性の向上などを通じて生み出した新たな価値をいかに届けるか、今後もさまざまな手段を試行していきます。