10年先を見据えた新たな人材サービスの世界へ

主に在ベトナム日系企業を対象に、総合人材サービス、並びにBPOサービスを展開するパソナテックベトナム(Pasona Tech Vietnam Co., Ltd.)。世界における日系企業のプレゼンスが低下する中、同社はどのような支援戦略を立て、実行しているのか。代表取締役の古谷誠一氏にインタビューをしたところ、そこには10年先の市場を見据えた明確なプランがあった。

ベトナム事業の始まりは自社の強みを活かしたサービスだった

御社は現在、ベトナム人を中心とした高度人材の派遣・紹介を始め、BPO(アウトソーシング)やITコンサルティングなど幅広いサービスを展開しておられますが、設立時は技術者派遣、紹介事業からスタートしたのですか?

設立当時のベトナムは、外資企業への規制が現在より厳しく、人材派遣や紹介業のライセンスは容易に取れない状態でした。一方で、ベトナムは経済成長が続き、高いポテンシャルを持つ国であると期待し、当社ならではの事業を展開したいと始めたのが優秀なITエンジニアを活用したBPO事業でした。もともと、当社の前身CSファクトリー(2008年よりパソナテックベトナム)は工場の生産管理システム事業を行っていましたし、ベトナム人のCADエンジニアが日本の仕事を受けることもできましたので、まずはBPOから事業をスタートしました。人材紹介事業への参入は2011年からになります。ベトナム国内において人材事業を強化していく方針の中、私はハノイへたびたび出張ベースで赴くようになり、14年から本格的にハノイでの人材事業を開始しました。このように、パソナテックベトナムの事業の始まりはテック領域のBPOでした。

常に自社ならではのサービスを追求しHR領域での差別化を図る

現在、もっとも注力している取り組みを教えてください。

力を入れているのが「プロジェクト型採用」、いわゆるRPO(リクルートメント プロセス アウトソーシング)サービスです。現在、ベトナムだけでも人材派遣・紹介企業がホーチミン、ハノイそれぞれの都市で30~40社展開しています。この中で、当社ならではのサービスとしてH R領域における差別化を図ろうと、「プロジェクト型採用」を始めました。この「プロジェクト型採用」とは、当社員がクライアント企業の中へ入り、採用計画の立案から人選、面接から採用に至るまでのプロセスを一気通貫で請け負うサービスです。クライアント企業は、数多くのエージェントに募集を出すため、どうしても定型の募集内容になる傾向にありますが、定型の募集内容は求職者に向けた必要十分な情報に欠けているため、結果として採用のミスマッチが起きやすくなります。当社の「プロジェクト型採用」では、社内に採用マーケティングチームを設けており、SNS等を介して求職者へ企業の魅力や正確な情報をお伝えするため、人事担当者様への入念なヒアリングを通じて企業情報と職務内容をしっかり理解した上で、募集要項を作成するところから始めます。ご要望に応じて募集欄の作成のみのご依頼にも対応しています。

ベトナムは経済成長が続いています。例えば小売店の大型出店が一カ所決まれば100名以上の採用が必要になり、さらにチェーン展開となればそれが継続して発生します。運用にあたり工数はかかりますが、お客様に寄り添いヒューマンタッチの部分を大切にしているパソナならではのサービスであり、採用に係る一連の業務を全て請け負うサービスを実施している会社は、今のベトナムでは当社しかないと自負しております。

「プロジェクト型採用」の利用側のメリットは何でしょうか。

採用のプロに任せることで、効率よく採用できる点は大きなメリットです。定着率の高さには実績もあり、完全内製による採用と比較すると、一時的なコストはかかりますが、結果としてコストは十分に回収できるものと思っております。実は当社の数ある採用サービスの中でも、「プロジェクト型採用」の定着率は特に高いのです。また、募集時に当社のエンジニアチームが作成する採用ページと応募者情報を管理するATS(Applicant Tracking System/面接者管理システム)は、サービス提供後はそのままお客様の所有になりますので、タレントプール(優秀な人材の管理データベース)としてもご活用いただけます。そのため、一度採用に至らなかった優秀な人材でも、次の採用チャンスにつなげることができるのです。

他に注力分野があれば教えてください。

ITO(インフォメーション・テクノロジー・アウトソーシング)事業を次世代に進化させたいと考えています。現在のオフショア(海外業務委託)は、安い人件費で海外へ開発を委託するイメージが持たれていますが、各国の人件費は上昇の一途です。そのため、いずれこのビジネスモデルは継続困難になることを見越した新たなビジネスモデルが必要です。そこで、新たなITO事業の要として、今年6月にダナンにセンター(パソナDXハブダナン)を開設いたしました。幸い、現代には高度な技術がなくてもアプリケーションを作ることができるローコードのツールがあるので、当社では、そうしたツールなども活用して、お客様の課題解決に導いています。エンジニア採用においては、技術を持った人材はもちろんのこと、技術や知識を活かしてお客様の課題解決ができる、コンサルタント人材の採用と、今後はエンジニアの育成にも注力をし、R&Dの領域も強化していく予定です。

ほかにも、当社はグループの海外拠点同士の繋がりが強みです。最近では米国パソナ(Pasona N A Inc.)と連携し、在米日系企業様へ当社の採用マーケティングチームとエンジニアチームにより、採用効率が上がるWEBサイトへの改修、採用ページの作成サービスを始めました。採用ページにはATSが付いていますので、求職者管理の内製化が可能です。このサービス提供をきっかけに、国や地域を越えてHRに関する様々なご相談をいただけるようになっています。

日系企業の課題は海外でのブランディング強化

ベトナムはIT人材が豊富な印象があります、DXもかなり進んでいますか?

日本で見聞きするベトナムの情報では、たしかにIT人材が豊富でDX先進国のイメージを受けますが、実際のベトナム国内のDX化は、まだまだ進んでいるとはいえません。国内のエンジニアも15万人ほど不足しているといわれています。

日本の国際競争力低下により、日系企業で働きたいベトナム人は減少していますか?

もともと、ベトナム国内で日本企業はそこまで採用優位性があったわけではないので、かつて日系企業が採用面で強かったであろう国と比較すると影響は穏やかですし、自動車やバイク、電子、電機、流通、小売りなどの業界における日本のプレゼンスはいまも高いと言えるでしょう。日本製の自動車やバイク、美容家電を愛用するベトナム人は多く、それらのメーカー名は認知されていますが、一方で、そこで働くかといえば話は別というのが現状です。愛用メーカーの企業イメージがないんです。実際、就職フェアのような催事があっても、日系企業は単発出店するのみで、継続したアプローチをしないケースがほとんどです。日系企業は、この印象の乖離(かいり)を埋めるアプローチを強化し、「日本企業で働きたい」というイメージを作る必要があると考えます。この点も、当社の「プロジェクト型採用」サービスで支援できる体制になっています。会社説明会の代行も引き受けています。

ちなみに、家電メーカーにおける採用に関しては、ベトナム国内では韓国系が圧倒的に強い状態です。韓国では、日本のJETRO(ジェトロ/日本貿易振興機構)にあたるKOTRA(大韓貿易投資振興公社)という機関が無料で人材を紹介する仕組みがあり、また、産学連携を強化していたりと、独自の採用スタイルをとっています。

ベトナムの求職者においては、日本語を勉強している人は日系企業を選び、英語ベースで働きたい人は幅広い国から働く場所を選ぶ傾向は変わっていません。ベトナムの求職者にとっての日本企業は、数ある外資の一つという感覚です。技能実習制度を利用して、近くて安心安全な日本で働きたいと思うベトナム人は多いと思います。今後、採用のトレンドに変化が起こるかもしれませんが、採用競争力を高めていくためには日本企業は持続可能なビジネスモデルを生み出し、いかに企業の魅力を伝えることが出来るかが勝負になるでしょう。

最後に、今後の市場予測に対する御社の取り組みを教えてください。

これから5~10年で、世の中は大きく変化します。人・物・金・情報のボーダレス化が加速するので、今以上に事業の多くを海外とクロスボーダーで取り組むようになるでしょう。技術革新はますます進み、AI、ロボット、自動化など、多くが技術で解決できてしまう時代になります。そのとき、エンジニアのニーズがより高まりますので、エンジニア育成の強化は必須の取り組みです。

ベトナム国内だけをみると、小売りやホテル、飲食サービス産業が、今後さらに盛り上がります。採用は、人を集めて紹介するだけでなく、サービスのレベルを上げ、ホスピタリティーマインドを持った人材の育成が必要になります。日系企業で働く人材が、プライドを持って仕事ができる環境と仕組みを構築していきたいと考えています。