目指すは100%個人起点の理想のエージェント

「相談者にとって不要なら求人紹介しない」「成長は目指さない」と公言する人材紹介会社がある。リクルート出身の佐藤雄佑氏が2016年に設立した株式会社ミライフだ。リクルートの事業スキルと経験を持ちながらも、成長や上場を目指さず個人にフォーカスするビジネスモデルを構築した理由は何か。その答えには、佐藤氏が思う人材業界の新たな経営思考論があった。

「自社都合」を徹底排除し、圧倒的に顧客起点で考えた事業づくり

最初に、佐藤様のご経歴をお聞かせください。

私は大学時代からマーケティング職での就職を目指し、新卒で株式会社ベルシステム24へ入社しマーケティングの仕事に携わりました。他に大手からの内定も複数もらいましたが、その大手企業は「総合職入社なので、マーケティングなんて100年早い」というスタンスだったため、内定を辞退しました。ベルシステム24での仕事はとても楽しくやりがいがあり、それなりに成果も出しましたが、3年の月日が経ったころ「やっぱり最後は人だ」だと確信し、株式会社リクルート(当時リクルートエイブリック)へ転職しました。

リクルートでは営業、支社長、人事GM、エグゼクティブコンサルタントなどを経験し、MVP、MVG(グループ表彰)なども受賞させて頂きました。リクルートホールディングス体制の構築時には、人事GMとしてリクルートグループの分社・統合のプロジェクトを推進し、2016年に株式会社ミライフを設立しました。

リクルートでご活躍の最中に独立された理由は何でしょうか?

リクルートでの仕事や共に働く仲間のことは大好きでしたが、会社が上場や世界No.1へ向かって拡大していく中、私がやりたい「個人と向き合う仕事」とは別の価値観で仕事をしなくてはならない状況になっていきました。企業としてはごく自然な流れかもしれませんが、「目の前にいる人を幸せにしたい」という私の思いとはどんどんかけ離れていきまして…… そんな気持ちの私がリーダーのポジションにいてはいけないだろうという判断から、独立を決意しました。

そして「目の前にいる人を幸せにする会社」としてミライフを設立されたのですね。御社の事業内容をお聞かせください。

ミライフは「働く、生きるを、HAPPYに」をミッションとし、「モヤモヤ以上、転職未満」をキャッチコピーに掲げて「100%個人起点」のエージェントを実践する人材紹介会社です。一般的に、キャリア相談をしたくても、人材紹介会社は転職ありきでしか動いてくれないのが現状です。個人に選ばれる必要があるのに、エージェントが個人を向いていない。私は、業績目標の達成か未達かではなく、やっている仕事に価値があるかで仕事の質を判断したいですし、その考え方で成り立つビジネスモデルを作るべきだと。「自社都合」は徹底的に排除して、圧倒的に顧客起点で考えた事業づくりをしています。

弊社では、相談者の悩みや思いを聞き、よりその人が自分らしく生きられるためのアドバイスをします。転職のタイミングではないと判断すれば、求人紹介をせず無料相談のみで終わることもあります。これを弊社では「100%個人起点」と呼んでいます。

理想を追求するために、短期業績は追わない

コンサルティングを有料にすることは考えないのですか?

よく言われますが、仮に相談料が1回1万円とすると、月間20人会っても20万円。これではクオリティ高く、ビジネスを継続するのが難しいです。それであれば、敢えて人材紹介のスキームに乗っかって、10人のキャリア相談にのって、結果として1人決定したほうがマネタイズはできます。なので、個人からお金を頂くのではなく、例えば、この1人の決定売上200万円で、「あと200人、無料でキャリア面談してあげられる」と考えています。企業から頂いたお金を原資に、個人と向き合う機会をつくっていく感覚です。

いま、読者の多くが「そんな理想論が成り立つなら苦労しない」と思っている気がします。

そうですよね。人材業界に入ってくる人の多くは、人の役に立ちたい志を持っているのに、実際は時間と数字に追われて、自分と業績のことで精一杯になってしまっていますから。私は、これらの障害をすべて排除したビジネスモデルをつくると、会社設立時から決めていました。なので、100%自己資金で始めましたし、短期業績を追わず、成長も上場も目指していません。求人票にも「成長は目指しません」と明記しています。ここを手放すことで、本質的なことに向き合えています。ただ、成長ありきではないのですが、共感して入社してくれる人も多く、結果として、売上は毎年倍々で増え、社員の年収も高くなりました。お取引企業様は、設立時に私がお手伝いしたいと思った会社に声をかけて集めましたが、現在は口コミと紹介だけで新規営業はしていません。

その場合、KPIや評価の基準はどうなりますか?

会社から降ってくる個人目標やKPIはありませんが、目標が無いから好き勝手やるというよりは、自身で目標やプロセスのKPIを設定して、自律自走しています。社内システムは整備されているので、自身のプロセスをタイムリーに見て、行動に活かしていきます。給与も安定的に支払われる年俸制にしています。評価は年1回で、年間の売上成績や兼務ミッションの成果などを見て、年俸に加えて決算賞与を出しています。

セルフマネジメント力が求められますね。

仕事の根底に「お客様のためにどこまでも頑張る」気持ちがないと続かないのは確かです。目標を自分で決めないといけないので、数字を与えられて達成率で評価されるより、ある意味大変です。私は昔から、低い目標を達成して自己満足するのではなく、顧客起点で高い目標設定をして、努力していくほうが価値ある仕事ができると思っています。

自律自走型組織には心理的安全性が必要

御社の勤務はフルリモートだと聞きました。円滑なコミュニケーションのコツはありますか?

心理的安全性が高い職場環境づくりを意識しています。頑張って心理的安全性を構築しているというよりは、それが当たり前の感覚です。ミライフには、カルチャーブックという大事にしたい価値観を記載したものがあるのですが、それをみんなが意識しています。例えば、「不機嫌禁止」や「Yes、and」などのルールは心理的安全性にもつながっていると思います。何を言っても、相手が否定せず、受け止めてくれるのがわかっているので、安心して意見を出し合うことができています。

社員が心理的安全性を感じる職場にするための具体策はありますか?

まず、入社後すぐに、全員と1on1を実施します。これは、相互理解を深め、居心地のいい場所を作っていくためです。最初に安心して働ける、居心地のいい場所を作れれば、仕事の成果は後からついてきます。関係性ができていれば、フルリモートであっても、建設的に意見を言い合うことはできますし、自律自走する組織になっていきます。

また、弊社では半年に1回、自分がどうありたいかの理想未来を発表する「ミチロックフェスティバル」を合宿形式で開催しています。半年間頑張ってきたこと、これからどうなっていきたいかを発表する時間では、号泣する人も出るほど場が熱くなります。本気で自分が思っていることを発表する場所があり、それを本気でフィードバックして、応援する人がいるというのは、本当の心理的安全性だと思っています。

人材業界全体を個人起点にしていく業界のゲームチェンジャーになりたい

今後AI化が進み、いずれ人材紹介会社は不要になるという説もあります。佐藤様はどのように捉えていらっしゃいますか。

かなり淘汰されると思います。現時点では、企業は人手不足ですので、人材紹介会社は増えている状況ですが、今後は、いい人材と優良な顧客企業に選ばれる会社と、そうでない会社の差が出てくると思います。経営者が事業を始めるとき、最初はビジネスモデルや事業計画を考えますが、創業後の悩みのほとんどは「人」です。その課題解決を一緒にしていける人材紹介会社は益々必要になってくると思っています。

佐藤様がエージェント事業の経営でこだわっていることはありますか?

エージェントの仕事は社員が価値だと思っているので、採用と育成にとにかくこだわっています。採用はカルチャーフィット重視ではありますが、結果として、ほとんどのメンバーは人材業界経験があり、活躍してきたメンバーが集まってきてくれています。また、採って終わりではなく、弊社では「成長機会は福利厚生」と言っていて、毎週勉強会があります。勉強会の内容は日々のエージェントの仕事に関わることもあれば、デザイン思考を教えたり、外部講師を呼んで話を聞いたりと多岐にわたります。

あわせて、社員には兼務ミッションがあります。キャリア教育事業の運営や、デザイン、マーケティング、採用などの業務を兼務してもらいます。短期的には生産性はよくないですが、エージェント以外の業務にも携わることで経験の幅が広がり、成長を感じることができます。

社員に対しても「個人起点」なのですね。

基本的にデザイン思考で考えており、人間中心であり、感情に着目して、仕組み、仕掛けを作っています。多くの会社は、会社都合のルールを社員に押し付けているわけですが、それでは優秀な人材を採用することもできないですし、また優秀な方から辞めていってしまうので。

弊社が圧倒的に個人起点で成果を出していくことで、人材業界全体が個人起点の発想になっていくといいなと思っています。そのゲームチェンジャーになっていきたいというのが今の目標です。