日系企業は「エンプロイヤー・ブランディング」で世界飛躍を加速する

パソナグループのタイ拠点として2012年に設立したパソナ リクルートメント タイランド。タイも例に漏れず、日系企業のプレゼンス低下が危惧されているが、同社はどのような戦略をとっているのか。いま日系企業がとるべき対策とは何か。日本とタイ双方のカルチャーを知る副社長、パーヌナン・カディニー氏に聞いた。

入社後はジュニアからのスタート。7年目でパソナタイランド副社長に

最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

パソナグループは、1976年創業の総合人材サービス会社です。採用はもちろん、それに関わるトレーニング、給与計算、人事コンサルティング、再就職支援など、すべての人事機能をサポートしています。日本国内に169の拠点、海外には15地域55拠点があります。タイを拠点とするパソナ リクルートメント タイランド(以下、パソナタイランド)は、2012年に設立しました。現在のクライアント企業は7割が日系、その他はタイ企業などです。

続けて、カディニー様のご経歴を教えていただけますか。

私は日本の大学を卒業後、タイへ帰国して日本航空に就職しましたが、結婚と出産のタイミングで27歳から3年ほど主婦業に専念しました。その後、子どもが学校に通い始めて少し時間に余裕ができたため、フリーランスで働こうと思いパソナに登録しました。そのとき、担当CA(キャリアアドバイザー)に「将来のキャリアパスを考えるなら、フリーランスではなく正社員として働く選択肢がありますよ」と勧められ、正社員として働くことを決めました。当時の私はキャリアパスを深く考えていませんでしたので、CAからのアドバイスがなければ、私は今ここに居なかったでしょう。この経験から、私も人材業界で人の役に立ちたいと思い、13年の10月にパソナタイランドに入社し、今年で10年目になります。現在は副社長として、人材紹介とコンサルティング事業全体のマネジメントをしています。

カディニー様はなぜ日本の大学で学ばれたのですか?

私は幼少期から日本のアニメや音楽が好きで、積極的に日本語を勉強していました。将来は日本に留学して日本語能力試験に合格することが夢だったので、日本の大学へ留学しました。このとき私は、日本人の優しさ、あたたかさに触れ、「日本とタイの架け橋になる仕事がしたい。日本人に恩返しがしたい」という気持ちが強くなり、日系企業の日本航空へ入社しました。

パソナでのキャリアは、ジュニアからスタートされたそうですね。

はい。前職がキャビンアテンダントの私は、人材紹介どころかパソコン操作さえもスキル不足でした。13年の入社時ですでに30才だった私は、人並み以上の努力が必要だと感じ、まずは毎月の目標を必達することから実践して徐々にスキルを身に着けました。そして14年にシニアとなり、15年にチームリーダーを任されました。私の担当マネジャーはとても教育上手で、うまくできなくても怒らず、じっくり丁寧に指導してくださいました。そのマネジャーから「チームリーダーはメンバーを育てて最大限の力を引き出すサポートをする役目」と学びました。

16年からは、人材紹介のチームリーダーと併せてさまざまなプロジェクトにアサインされました。例えば、経済産業省によるインターンシップ推進プロジェクト(METI)への参画です。外国人材を採用したい日本企業や日本で働きたいタイ人に対し、インターンシップの場を提供し体験してもらう取り組みで、現在も継続中です。実際に、METIをきっかけにタイ人が日本企業に就職したり、日本企業がタイ製品を輸入販売し始めたりするなどの効果がでています。その後、18年にはさらに大きなチームのリーダーを任され、20年に副社長に就任しました。

コロナ禍や他国の外資などの台頭などで、METIへのエントリー数に変化はありましたか?

日本は変わらず人気で、METIには現在も1回の募集で約4,000人のエントリーがあります。アジア全体からエントリーがあり、日本へ行けるのは1国当たり最大でも20人なので、なかなか狭き門です。選ばれた人に後で話を聞くと、期待通りのプログラムで、ますます日本に魅力を感じたと話す人が多く、毎回サポートのやりがいがあります。タイ帰国後に、日本企業からフリーランスで業務委託する人もいます。

METIの人材採用基準を教えていただけますか。

採用基準は、必要スキル・志望動機・コミュニケーション力および語学力・積極性の4軸です。ただ勉強に行きたい目的ではなく、参加を通じてどのように成長し人や社会に貢献したいかが明確であり、積極的に行動できることが条件です。プログラムには4つのカテゴリーがあり、経営・営業・販促などのビジネスプランニング、観光PRやホテルなど、サービス企業経験者、ITエンジニアリング、フリートピックスがあります。

評価制度の設計・サラリーサーベイ・リーダーシップ研修にも注力

副社長ご就任時期に、新規事業が始まったと聞きました。

はい、人事HRコンサルティング事業を始めました。これは、パソナグループが目指すワンストップサービスの一環です。採用時のマッチング精度を高めることに始まり、入社後の研修、評価制度などに関わらせていただくほか、事業縮小時の再就職支援もサポートする体制を日々進化させています。

コンサルティング・プロジェクトは複数あり、現在のメインは評価制度です。評価制度がない日系企業はいまも多く存在します。昔の日本企業は、終身雇用で横並び昇給だったため評価制度が不要でしたが、世界ではジョブ型雇用社会が多く、さらに日々変化をしています。競合他社や世界の企業と競争するには、評価制度を設けて優秀な人が正しく評価される会社であることが必須です。

次に、サラリーサーベイ(給与調査)。自社のサラリーをベンチマークできていないと、優秀な人材に安い給与提示をして逃してしまいます。また、優秀な社員がより給与が高い他社へ転職しても不思議ではありません。タイにおいては、現在の給与より30%高い会社があれば転職します。裏を返せば、市場給与よりも30%低ければ退職してしまうということです。

特に注力している項目は何ですか?

どれも大事なプロジェクトですが、最近は特にリーダーシップ研修に注力しています。現在のリーダーが将来マネジャーになるためのマインドセットからテクニカルまで複数のコースを年間で実施しています。

全社員が会社の成長に関われる社風づくりが大切

日系企業のプレゼンスを向上するためには、どのような点が重要でしょうか?

日系企業が優秀な人材を採用して長く働いてもらうためには、企業認知度、ブランディング、給与の競争力、キャリアパスなどが明示できているかどうかを細かく分析し、都度ブラシュアップしていく作業が必要です。これは経営者ではなく人事に求められる仕事であり、人事担当者に適切なミッションを与え、正当に評価することが必要です。人事担当者は、真面目な人ほど従順にドキュメンテーションに徹し、結果として「企業の成長は自分の仕事じゃない」というマイナス発想に陥ってしまいます。人事部に限らずですが、社員が自社の発展に関わる雰囲気を作る、エンプロイヤー・ブランディングが日系企業には必要と感じます。同時に、その発想がない人や会社は生き残れない社会になっています。

人事のスキルアップやエンプロイヤー・ブランディングに関する御社のコンサルティングサービスを教えてください。

いくつかあるサービスの一つに、タイで人事経験40年の人事マネジャーによる1 on 1コーチングがあります。月1回、6カ月のプログラムです。他の職種から人事部に異動した人などの利用も多いです。最初は人間関係や意見の調整に悩みがちだった人が、コースが終了するころにはフェアな目線を持ち、自分や会社が進むべき道を考えながら仕事に取り組めるようになります。それが仕事のやりがいとなり、社長へ事業改善を提案するまでになった例も複数あります。

マネジャーに抜擢される人材は、プレイヤーとして優秀なケースが多いですが、プレイヤーのスキルのままマネジメントをしても、多くは成功しません。理由は、プレイヤーとマネジャーの求められる役割が違うからです。それにも関わらず、プレイヤーとして優秀な人ほど、切り替えの必要性に気づきにくい現状があります。

このとき、360度の評価制度が活かされます。周りからの評価を見てはじめて、考えを改める必要性を知るのです。また、評価制度は曖昧さ回避にも大いに役立ちます。ぼんやりと出していたKPIを、評価制度に基づく根拠ある値にすることが可能になります。

給与は単なるコストではなく利益への投資

最後に、日系企業がタイで勝ち残るためのアドバイスをお願いします。

給与をグローバル水準に合わせることが喫緊の課題でしょう。タイ人はこれまで日系企業に対し、タイ企業よりは給与が高く、ボーナスがあり、福利厚生が整っていて、経営がクリーンという印象を抱いてきました。ところが現在、外資企業のマネジメントクラスの給与が20~30%上昇する中でも日系企業は横ばいのまま。どんなに印象がよくても、給与が低い会社には興味を持ちません。能力がある人ほど、です。

以前、ある業界の成績ナンバーワン営業マネジャーを日系企業に紹介したことがあります。彼の希望給与は現状の15万バーツから30%アップでしたが、日系企業側は最後まで16万バーツを提示し続け、結局採用に至りませんでした。優秀な人材を採用すれば、生産性が上がり利益を生みます。採用費は単なるコストではなく、投資です。一方で、日本人は仕事に対して給与以外にも、生きがい、やりがい、社会貢献などへのモチベーションが高く、それは魅力だと思います。私自身、日本人のモチベーションの持ちかたに感動して日系企業へ就職した経緯がありますし、パソナグループが社会貢献を軸に経営戦略を進める企業であることに誇りを持っています。