独自開発のクラウド組織診断サーベイで、日系企業へのエンパワーメントを支援

人材業界未経験ながら、2008年にベトナムで人材紹介会社「ICONIC」を立ち上げた安倉宏明氏を取材した。安倉氏が手探りしながら常に改良を続ける事業戦略は、日系企業が抱える採用の課題をクリアにし、グローバル市場での成長を支援する内容そのものだった。

手探りで見つけ出したベトナムでの経営戦略

最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

ICONIC(アイコニック)は「Create Beyond(クリエイトビヨンド/こえるをうみだす)」の世界観を基に、グローバルに活躍する人に特化した転職支援サービス『iconic Job』を展開しています。ベトナム、日本、インドネシア、マレーシアの4カ国に5拠点を設けています。ベトナムでは珍しい、人材紹介と組織人事コンサルティングの両軸展開が強みです。

続けて、安倉様のご経歴をお聞かせください。

私は2004年に大学を卒業し、FC(フランチャイズ)業界に就職して3年ほど勤めた後、転職してベトナムで1年間企業勤めをし、08年5月にICONICを設立しました。大学時代から海外への関心が強く、英国へ留学したり、一人で米国へ1カ月間行ったりする中で、自分が将来、社会にインパクトを与える事業を成し遂げていくには海外という舞台で起業していくことがベストだと思うようになり、その気持ちは社会人になって強固になりました。

私が社会人になった2000年代はアフィリエイトの全盛期で、ルールや法律を無視した、稼げれば何でもありの発想を持ったアフィリエイターが儲かる風潮がありました。朝から晩まで必死に働く私より、ルールを無視した酷い広告をばら撒くアフィリエイターのほうが桁違いに儲かる現状に嫌気がさし、社会に喜ばれる正攻法の仕事で儲かる会社を作ろうと思うようになりました。一方で、学生の時からの想いもあり、日本の人口は減少傾向にあったため、これから人口も給与も増えていくベトナムで起業することを決めました。

なぜ人材ビジネスで起業したのですか?

ベトナムで、起業前に1年ほど勤めたセキュリティコンサルティングの会社で、お客様に「日本人の技術者を採用したい」と言われたとき、「これからもっと日本の人材とベトナムをつなぐ仕事が必要になる」と直感がはたらき、自分の事業にすると決めました。

ですが、それだけでは考えが浅いと、創業後すぐに気付きました。当時はまだ日本の給与がベトナムより高く、よほど余裕がある会社でなければ、年収数千万円の日本人技術者やマネジメント層を採用するなんて現実的ではなかったのです。私は人材業界も営業も経験がなかったため、今なら分かるそんな基本事項にさえ気付いていませんでした。当然、営業先から返ってくる答えは「まずはベトナム人のエンジニアが欲しい」ですから、私はベトナム人を紹介する方向へ舵を切りました。

そこからどうやって立て直したのでしょうか。

起業したのが26才と若く、やり直せる年齢でしたので、創業1年目は練習だと思っていろいろな手法を試しながら、経営と営業をひと通り経験する年にしました。ランニングコストを極限まで下げて、一般的には心が折れてしまうような生活をしながら、少しでも利益がでる状態にしていたところ、6カ月あたりから黒字が出始め、月1万ドルを超える月が出るようになりました。この頃は自社のメンバーが三人になっていて、日本人の採用も決まり始め、利益が月2万ドルを超えたことを機に、2年目も継続することにしました。2年目は1年目の3倍の売上となり、その後コロナ禍までは順調に業績拡大しました。

現在はコロナ禍前の水準に戻りつつありますか?

当社に限らず、ベトナムの人材業界はコロナ禍より現在のほうが大変かもしれません。原因の一つは、就労ビザ制度の厳格化です。これに伴い、就労ビザを取得できずに内定取り消しになる求職者が続出して、当社だけでも相当な金額を失注しました。もう一つは、世界経済の落ち込みです。日本は円安によるインバウンドで潤いを取り戻した企業が多いですが、世界経済は冷え込んでいるため、外需取り込み経済のベトナムは大打撃です。加えて、不動産マーケットの崩壊が関連背景として考えられます。

例年、ベトナムの人材業界はその年の前半に数字を伸ばし後半になると徐々に下降する傾向にありますが、これらの事情から23年度は下半期に回復する形で業績を伸ばす企業が多いと推測します。

年250社5万人の給与データをクラウド化し組織人事コンサルに活かす

ベトナム外へ進出された経緯も教えていただけますか?

まず、2012年にインドネシアへ進出しました。この経緯としては、お世話になった方がインドネシアに移られるタイミングで、事業進出を考えました。続けて14年に日本での事業を始め、途中ビジネスモデルをリビルドし、16年にマレーシア、18年にシンガポールの順でスタートしました。シンガポールはコロナ禍に閉業しましたが、いずれの国でも、基本的に『iconic Job』のように海外で働きたい日本人や、日系企業で働きたいローカルの方を転職支援してきております。この、数カ国での事業展開をしていることは、各国の労働市場を把握する良い機会となっていますが、弊社の強みをより活かしていくために、当社はそれぞれの国で求人媒体のサービスを手広くやるよりも、現在は、得意な日本とベトナムのビジネスに注力し、拡大していく戦略にシフトしていこうと考えています。

今後の事業の方向性をお聞かせください。

現在はベトナム事業に集中していますが、ゆくゆくは海外展開を進め、突出した人事データを保有する企業として組織人事コンサルティングに活かそうと考えています。とはいえ、データの数だけでは、いち人材会社がLinkedInやFacebook、これから出てくるかもしれない新たなSNSなどに勝てるはずがありません。我々が価値を見出したのは、組織人事に特化したデータビジネスです。例えば、給与データは10年から集計し始め、毎年に約250社、5万人のリアルデータが集まります。このデータを解析しレポートとして販売しており、売上は年々増加しています。

さらに、これを「ICONIC EMPOWER」というクラウドサービスにし、2024年1月からサービスを開始します。サービス内容は組織診断サーベイで、この診断結果をもとに当社が人事組織コンサルティングを提供するまでがセットです。同サービスの評価には、給与額や福利厚生などの基本項目だけでなく、エンパワーメントや心理的サポートが実施されているかどうかなど細かな部分まで、100項目設けています。製品名に「エンパワー(人の能力を十分に引き出して、自信を持たせること)」を付けたのは、いま日系企業が直面しているローカライズ(地域化)の課題があり、現地人材の採用、育成、評価などの課題に対して、適切に権限を委譲し、育成して、組織をエンパワーメントしていこうという意味があります。

入口から出口までの人事組織の仕組みを改良することが、ベトナムでの事業成長には必要

データ化を進める中で感じる、日系企業と外資系企業の違いを教えてください。

もっとも違う点は、給与額です。多くの欧米企業は、ベトナム人のエキスパート人材に対し月額100万円を普通に支給しますが、日系企業では見たことがありません。ですが、3年~5年で駐在員を入れ替えて、その都度イチから教えるより、現地採用で100万円支給したほうが、優秀な人に長く働いてもらえ、かつローコストだと思います。もちろん駐在員が必要なケースは存在しますが、基本的に日本の駐在ローテーション的な考えは、ジョブ型雇用の世界においてはパフォーマンスが出にくく不利です。

また、DX化が進みすべてが可視化されたいま、仕事はすべて記録され、生産性や効率を考えない人や企業は淘汰されます。日本には、いまだにファックスを使用する企業や団体が存在しますが、「メール移行が大変だからなかなか変えられない」と言えば周りが許してしまう点は、いかにも日本らしいと思います。

合わせて、日本は個性や強みを出しにくい社会構造である点も、いま声高に叫ばれるプレゼンス低下の一因と感じます。チームワークや空気を読むことがよしとされ、突出を嫌う。ただ、これら日本人の考えかたは歴史に基づく部分もあり、個人的には日本のよさ、らしさでもあると思っています。日本に血を見るような革命がほとんど起きない理由は、日本人が一致団結して阿吽の呼吸で、大事になる前になんとか静めようとするからでしょう。私は、日本人の「らしさ」を活かすやり方があると信じています。例えば、日本の小売業や飲食店、サービス業のクオリティーが突出して高いのは、日本人のおもてなし精神、チームワーク力によるところが大きいです。これは、どんなにDX化が進んでも人間にしかできない部分です。

ジョブ型の概念は国によって異なると思います。ベトナムの特徴を教えてください。

ジョブ型にもいろいろなシステムがあり、一般的に金額は一度決めたら一定の場合が多いですが、ベトナムでは金額に幅を持たせる傾向にあります。ベトナムには、頑張った人には報いる文化があり、働く側も「頑張ったから給与を上げてください」とリクエストするので、給与額に幅を持たせる企業が多いです。評価制度も、100%結果にせず頑張り具合も見ておくほうが、ベトナムにおいてはやりやすいと思います。その点は日本との親和性が高いので、日本企業が参入しやすい理由の一つになっていると思います。

最後に、日系企業が取り組むべき人事の改良ポイントを教えてください。

メンバーシップ型の企業は終身雇用が前提のため、採用には注力しても、給与水準があげ切らず、高いパフォーマンスを出す人材に長く活躍いただくことや、パフォーマンスが出せない方に違う道で活躍する道を進んでいただくための人事設計が無いケースが多くみられます。適切な出口を設計することで、採用活動とあわせて活躍人材には長く働いていただきながら、人の滞留を防げるようになると思います。この実現には、ジョブ型マネジメント力が必要ですし、その評価制度や給与制度なども合わせて整備することが必要です。実際に、この出口設計を評価制度に用いて事業を成長させているクライアント企業は複数あります。と、偉そうに語っていますが、実は人事マネジメントの重要性の気付きは、当社と他社を比較したときに知った、当社の人が辞めていく原因そのものだったんです。もちろん現在は改善し、人が辞めにくい組織になりました。

現在のベトナムの風土に見合った人事制度を引いて良い方を採用する、そしてその方々をエンパワーメントし、適切に権限移譲することで活躍いただくというローカライズ化を推進することが、日本のメンバーシップ型の良さを残しながら、ベトナムで事業成長していくには必要なのです。