DEI実現のカギはトップの覚悟にある

パーソルグループは、2030年までに女性管理職比率を37%にすると公言した。その数値は、政府指標の30%より高い。加えて、グループ内にジェンダーダイバーシティ委員会も発足させた。同グループがDEI(Diversity, Equity & Inclusion)に注力する理由と今後のアクションについて、パーソルグループ・ジェンダーダイバーシティ委員会の委員長でパーソル キャリア取締役執行役員の喜多恭子氏に聞いた。

トップのDEI推進への熱意を聞き委員長就任を決意

最初に、喜多様のご経歴をお聞かせください。

私は1999年に流通科学大学を卒業してインテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社しました。その後、2001年に関西派遣事業部マネジャー、02年に関西派遣事業関西営業部支社長を経て、19年に執行役員となりました。23年4月よりdoda事業本部本部長兼エージェント事業部事業部長を兼任しています。

喜多様はパーソルグループの「ジェンダーダイバーシティ委員会」で委員長を務めていらっしゃいます。委員長に抜擢された経緯を教えていただけますか。

「ジェンダーダイバーシティ委員会」が発足する前から、グループ内には前身プロジェクトが存在しており、私もメンバーとして活動していた時期があります。ただ、当時はまだ手探り状態で、目標数値達成のための表面的な内容になることもあり、積極的に関与できずにいました。女性社員一人ひとりの選択よりも国や企業の施策が優先されているように感じたからです。

そんな中、「ジェンダーダイバーシティ委員会」の発足が決まりました。2年半ほど前でしょうか、私に委員長就任の打診がありましたが、最初は断ったんです。DEI(Diversity, Equity & Inclusion)は、男女の数や給与額を合わせるなどの表面的な変化だけでは実現しません。グループを挙げて本気で取り組み、労働の在り方を根本から見直す必要があります。そのためには、まずトップの意識が変わらなければ何も動かせません。私は「トップがしっかりコミットしない限りは引き受けられない」と、パーソルホールディングス代表取締役社長の和田孝雄に素直に話しました。そこから和田と話し合い、和田がDEI推進の必要性を強く感じていること、改革する覚悟があることを言葉にして示したトップコミットメントに本気を感じ、それならぜひ参加したいと思い、委員長を引き受けました。

社員の男女比率が63対37なら管理職比率も同等であるべき

喜多様ご自身も、これまでジェンダーに関するご苦労がありましたか?

私が社会人になった時代の企業は男性優位が一般的で、ジェンダー差に疑問を感じても、そういうものだと思ってやり過ごす雰囲気がありました。特に私は就職氷河期世代だったため、私大の女子学生というだけの理由で、行きたい企業にエントリーシートすら出せませんでした。「女性というだけで未来が閉ざされてしまうなんておかしい」そう思いながらもやり過ごした日々を、いまも覚えています。それがアンコンシャスバイアスだと知ったのは、かなり後になってからです。やがて社会全体が女性活躍推進の方向へ進み始めましたが、最初は数合わせの女性管理職登用などもあり、女性活躍やダイバーシティの推進策に対して、どこか斜に構えていました。

これらの経験を踏まえ、今後は誰もが同じ機会を与えられて同じ選択ができる環境にし、2030年までにグループの女性管理職比率を37%にしたいと考えています。

なぜ数値を政府が目指す「30%」ではなく、「37%」に設定されたのでしょうか。

パーソルグループの女性比率が37%だからです。組織の性質によって女性比率が高い部署や男性比率が90パーセントを超える部署もありますが、グループ全体の男女比は63対37ですから、管理職も同じ比率で上がっていくのが自然、というシンプルな発想です。

DEI活動を社外へ発信。社外から受ける評価で社内機運を高める

委員会の発足後、何から着手されましたか?

最初に、グループ各社のSBU(Strategic Business Unit)から影響力が高い女性を集めて委員会に参加してもらい、女性活躍推進における現在の当社の立ち位置を確認しました。当グループには、女性社員比率が50%以上の会社もあるため、うっかり「女性活躍推進ができている」と思いがちです。ですが現実は、入社時の男女比と管理職の男女比に差があります。この「できている」意識を変えることが最初の課題でした。次に、さまざまなアンコンシャスバイアスを取り除くこと、その次に働きかたの見直し、そして上級管理職トレーニング。この順番で進める計画を立てました。施策は女性中心で自由に決め、ある程度の形になってから女性以外にもジョインしてもらって調整しました。

決まった施策は、まず社外に広報します。すると社外つまりは社会のリアクションが社内にフィードバックされ、社員は自社の活動が評価されていることを認識し、社内の機運が高まります。この方法は、ボトムの意識変化に役立ちました。DEIはトップの意識を変えることがマストですが、合わせてボトムも変わらなければ立ち消えてしまいます。

アンコンシャスバイアスを取り除く施策を教えていただけますか。

グループ全社員に座学とロールプレイングなど研修を実施しました。その中でも効果を感じたのは、当社で実施した、管理職以上の社員に育児による時短勤務の疑似体験をしてもらう「制限のあるはたらき方理解研修」です。これは、時短勤務中の生活や気持ちを理解する取り組みで、時短勤務で感じる後ろめたさや葛藤などを、体験を通じて実感してもらいます。育児を理由に時短勤務している社員は、周りから「先に帰っていいよ」と言われると、「君には期待していない」と言われたように受け取ってしまいがちです。周りは気遣いで言っていて、悪気はありません。そう、アンコンシャスバイアスの多くは、悪意がないのです。悪意がないから、意見や改善をすることもなかった。ここにメスを入れ、ジェンダーに関する相互理解を深めていくことが、DEIの最初の一歩です。

時短勤務であっても、時間内で最大限のパフォーマンスをすればいいのですが、職場に漂うアンコンシャスバイアスが、時短勤務者を萎縮させてしまうのです。これは、昇進時にインポスターシンドローム(自身を過小評価してしまう)として現れます。ある業務の進捗に関して、男性は8割できていれば「できた」と言いますが、女性は8割しかできていないと考えて「できません」と言う傾向もあるそうです。「人より短い時間しか働いていない自分は能力不足だから管理職は務まらない」という思考になってしまうのです。このように、DEI推進は当たり前に行われてきた多くの事象を一つひとつ改新していく地道な取り組みなのです。

インポスターシンドロームの意識改革は簡単ではないと想像します。どのような取り組みをしていますか?

次世代の管理職候補をリストアップし、リストに入ったけれど目に見えるアクションがない人がいれば面談をして、次のステップへ進むよう促します。例えば、いまは昇進よりも子育てに注力したいのであれば、話し合って1年後から動き出すなどの意志確認をすれば、本人も「それなら管理職に挑戦したい」という気持ちになれます。

他に、スポンサーシップ・プログラムも導入しています。上級管理職候補の女性が男性と同等の活躍機会を得られるよう、他社の経営層などの第三者にスポンサーになってもらい意見交換や交流をする取り組みです。スポンサーとの高い心理的安全性のもと、本人の前向きなキャリア開発意識が促進されたり、スキルアップされたりすることで、上級管理職着任意向が向上し、管理職として昇格・昇進する女性社員が増えました。それだけでなく、事業部をまたいだ異動で新たな業務に挑戦する女性社員も増えました。こういった取り組みから、今年、全社員に実施した「ヘルスリテラシーアンケート(ルナルナオフィスチェック)」(女性の健康に関する社員を対象としたアンケート)では、他社と比較して「多様性などへの考え方」「職場の寛容度」「男性リテラシー」「心理的安全性」の観点で高い偏差値が出ました。

自社の活動内容をオープンソースにして日本全体のDEIを加速させる

DEIの定量的な目標はどのような項目がありますか?

管理職比率や男性育休取得率、離職率などの一般的な項目は定量的にみています。定性的なものは、ワーキンググループや現場発起の取り組み回数などのエンゲージメント・サーベイを取り入れています。

グループ各社のトップの意識を変えるためにどのような取り組みをされましたか?

ジェンダーダイバーシティ委員会をSBUごとの分科会形式にしました。グループの委員会が各社の1つにトップから変わって頂くという分科会を設置しました。分科することで、各社のトップのおかれている状態を理解しながら、トップに英断いただく活動ができるようになりました。

DEI推進活動により業績はアップしましたか?

直接的に売上が何パーセント上がったなどの変化を集計するのは難しいですが、気付きによる改善や改良は多々あります。例えば、dodaの会員登録時に入力する性別欄を「男性・女性」から「男性・女性・選択しない」に変更したのは、LGBTQの該当社員が疑問を呈したことがきっかけでした。

御社のDEIの取り組みは幅も奥行きもありロジカルです。コンサルティングとして事業化する予定はないのでしょうか。

現段階では収益材料にする予定はないです。情報をなるべくフリーのオープンソースにして、国内に早くDEIを浸透させることが先決と考えているからです。例えば、諸外国では育休取得は当たり前で、取引先に「2カ月間育休取ります」と伝えても「オーケー!いってらっしゃい」と快諾してくれますが、日本では「担当が途中で2カ月も休むとはけしからん」と思われがちです。このような日本全体の風潮が変わらないと、自社の推進も進められないのです。

最後に、委員会の最終目標やゴールを教えてください。

最終的には委員会を解散し、私の役目が不要になり、わざわざDEIという言葉を用いなくてもいい社会の実現を目指します。例えば人材募集方法でも、数十年前までは新聞や求人誌に採用広告を出す方法が主でしたが、インターネットの普及とともに紙(誌)面広告を使わなくても採用できるようになりました。このように、順を追ってDEIが当たり前の世の中に進化していくと想像しています。当社としても、現段階では主にジェンダーに注力していますが、今後はエイジ、そしてグローバルにも目を向けて、インクルージョンの世界を創る予定です。