与信事情とスピード感への理解が人材の採用確率を左右する

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人材総合サービス会社・ネオキャリアの海外事業として2011年にサービスを開始したリーラコーエングループ。その代表でありシンガポール法人のManaging Directorである内藤兼二氏に、シンガポールの人材市場や働きかたの変化、日系企業のプレゼンスなどについて聞いた。

新拠点立ち上げの成功には共通点がある

最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

REERACOEN Group(以下、リーラコーエン)は、人材総合サービス会社のネオキャリアの海外事業として、2011年にシンガポールでサービスを開始しました。現在は、現地人材紹介を主なサービスとし、現地の求職者および日本人を現地企業へ紹介しています。取引先は日系企業以外にも、マルチナショナルカンパニー(多国籍企業)があり、累計紹介実績は約3万人です。人材のポジションはジュニアからミドルクラス、年収はミドル層からハイクラス手前をメインにしています。アジアの多くの国では労働者は約2年に1度は転職するマーケットです。また転職の度にキャリアアップを志向されますので、当社としてもエグゼクティブクラスの求人数を徐々に増やしています。

合わせて、現地求職者を日本にある日系企業や在日外資企業へ紹介するサービスも展開しており、クロスボーダーの人材紹介は累計3,500人の紹介実績があります。他に、日本人向けの海外就職・転職メディア「ABROADERS(アブローダーズ)」の運営、有識者紹介およびインタビューのセッティング代行「エキスパートソリューション」などを展開しています。現時点で10拠点で展開をしています。

特にReeracoen Groupで注力しているサービスや取り組みがあれば教えてください。

タイにて2021年11月より『Sourcedout』というリクルーターと企業様を繋ぐプラットフォームサービスを開始、2023年9月より日系企業様への本格展開を開始しています。

アジアで人材サービス業を10年以上する中で、〝求人サイトではなかなか良い候補者様と出会えないが、人材紹介費用を支払うにはコストパフォーマンスが課題〟といった層のご求人をいただくことが多く、従来の人材紹介費用の半分程度でお客様へ提供できるようサービスを自社で開発し提供開始しました。現在では募集要件がシンプルなジュニア層のご求人であれば人材紹介サービスと同程度の品質かつ半分のサービス料金で提供することができております。

2021年以降、約400社のお客様へサービス提供していますが、今後はタイ以外の他国への展開を予定しています。

続けて、内藤様のご経歴をお聞かせください。

私は2006年にリクルートエージェント(現リクルート)へ入社して九州・東京で営業を担当後、2010年にリクルート中国へ希望して異動しました。

2010年時点の中国拠点は上海・北京・広州の3拠点でしたが、その後の2年で7拠点にまで増え、従業員も40人から200人と拡大しました。2013年に活動拠点をアジアへスライドし、アジア(中国・香港・シンガポール・ベトナム・インドネシア・インド)の企画責任者に就任しました。同年、リクルートベトナムのディレクターとしてタイの立ち上げに関わるも、クーデターが発生。東京への帰国を余儀なくされましたが、私はどうしても海外事業に携わり続けたかったため退職。2015年にネオキャリアへ入社し、リーラコーエンでマレーシアをはじめ上海(中国)、台湾、香港などアジア各国の新拠点立ち上げに従事、2018年に代表取締役に就任しました。リーラコーエンはネオキャリアとは事業戦略や領域が異なりますが、人材サービス企業として、同じ目的地に向かって進んでいます。

私は、新拠点立ち上げに成功する組織の特徴を徹底的に調べました。すると、成功する組織には必ずマネジメントポリシーや基本ルールがあり、メンバー全員に共有され、採用面接でも伝えていると分かりました。そのため、当社も「リーラコーエン・ウェイ」という、従業員で共有する考えかたを策定しています。

外国人採用がうまくいかない本当の理由を多くの日本企業は知らない

シンガポール市場での御社のポジションについて教えてください。

シンガポールは先進的なマーケットで、英語力が高く、とてもビジネスがしやすい環境です。その中での当社の基本ポジションは、日系企業向け人材紹介会社です。シンガポールは半年に一度のペースで労働関係の法律が変わるため、ビザや就労のサポートは欠かせないサービスとなっています。また、意外と国内に市場の先読みや調査リポート情報が少ないため、当社が情報を取りまとめてウェビナーを開催しています。

ウェビナーなどの情報発信では、現地人材がなぜ会社を辞めるのか、求職者はどんな会社を選ぶのかなど、求職者の声を伝えています。求職者が何を考えているか、多くの企業が知らずに採用しているからです。例えば、住宅購入の際、日本人の与信ベースは前年度の年収ですが、諸外国は月収です。日本では、月収50万円でも年2回の賞与が200万円ずつであれば年収1,000万円の信用となりますが、諸外国では直近3カ月の月収を聞かれます。そのため、多額の賞与や手当よりも月収が高い企業が選ばれます。

シンガポールを始め、いくつかの国では、企業判断で解雇をすることが可能ですが、日本は法律上、解雇ができません。すると日本企業は、なるべく月給を安くして賞与等で調整します。働く人も、給与に見合う仕事ができていなくても居続け、高い給与をもらい続けます。この人たちに給与を払うため、若い人材に払う資金が減り、若くて優秀な人材が離職します。この環境で働いてきた日系企業が他国で同じ思想の制度を採用するから、人が集まらないのです。このことに気付いていない日系企業が多いので、当社は積極的にお伝えしています。

現時点でのシンガポールの採用にはどのような特徴がありますか?

シンガポールはここ数年、求人数と求職者数にギャップがありました。求人サイトのJobstreet 上には求人数が常に7万件台あるのに対し、求職者は2万人。求職者は企業を選び放題で、採用は待遇が良い会社へ偏ります。

その背景に、インフレがあります。インフレが続く中では当面の現金が大事なので、2年に1度のペースで転職し、給与を上げ続けます。そうしないと、生活が苦しくなってしまうのです。

一方の日本は、デフレで物価が上がらなかったため、1社で長く働き、給与が上がらなくても生きられないほどは困りません。日本で給料が上がらないのは、1社で長く働く慣習が大きく影響しているのです。このような求職者の事情をしっかり把握しておかなければ、我々はミスリードしてしまいます。

長く働いてほしいなら、そのぶん企業も人的資本に予算をあてないといけません。シンガポールの日系企業も、最近はアニバーサリー休暇やフレックス・ベネフィット(自由に使える手当)などの福利厚生に注力し始めました。

大手テック企業の相次ぐレイオフの影響もあり、23年は22年に比べると求人数は若干減りましたが、今年は求人数が持ち直す傾向にあります。転職市場が活性化する中で、日系企業の給与や、福利厚生などの努力により、日系企業の採用促進が見込まれます。

採用が順調な企業は選考・連絡時間が短い

日系企業のプレゼンスについてどうお考えでしょうか。

日系企業への興味についてアンケート調査をしたところ、タイとベトナムはプレゼンスが高かったですが、シンガポールとマレーシアは、日本に限らず在籍する企業の国は気にしていないことが分かりました。やりたい仕事と給与で会社を選んだら、たまたま日系だったという感じです。ただ、シンガポールやマレーシアの人は日本好きが多いです。また、日系企業のメンバーシップ型雇用は、給与こそ低いですが長く安定的に働けるため、その点をメリットと捉える人もいます。長く共に働くことで生まれるチームワークが魅力的に感じたというアンケート回答もありました。

日系企業が採用に成功するためのコツはありますか?

まず、昔ほどメイドインジャパンは注視されないと理解することが大切です。日本のやりかたは通用しません。他国の企業より良い印象を与える努力が必要です。面接では、企業と求職者は対等です。「うちを選んだなら企業情報くらい調べてこい」という態度はもってのほか。自社について丁寧に説明し、いい会社だと思ってもらうことから始める。それだけでも、採用の数や質はよくなると思います。

面接から採用までの所要時間が長い点も、採用には不利です。マルチナショナルカンパニーの場合は、採用が決まるとすぐに連絡があり、また回答期限も早く区切られることが一般的なので、後から届くであろう日系企業からの連絡を待てない現状があります。事実、選考から連絡までの時間を短縮した日本企業は、採用につながっています。「鉄は熱いうちに打て」は万国共通。スピード感は大事です。合わせて「郷に入っては郷に従え」も大切。その国で働かせていただく以上は、国に合わせた習慣、スピードで仕事をし、現地に決裁権を持たせるべきです。

リモートワークと出社のハイブリッドはリスクをともなう

最後に、コロナ禍や生成AIで働きかたがどう変わるか、お考えをお聞かせください。

コロナ禍によりリモートワークが一般的になりましたが、人は孤独な状態に強いとは言えません。一人でいるとネガティブ思考になりがちですし、自分に甘えてしまいます。例えば、スポーツや登山で高い目標を目指すとき、一人だと諦めてしまいそうでも仲間がいると頑張れますよね。リモートワークを実施する企業は、生産性を真剣に検討する必要があります。リモートワークでの成果をしっかり求め、きちんと評価する。専門職以外では、基本的に、リモートワークは全員で実施して誰も出社させないほうがいいです。理由は、出社した社員が電話対応や事務処理をすることになり、生産性が下がるからです。また、リモートワークでは、本人が気付かない改善点に上司が気付けないため、教育や育成が難しくなります。これらのことから、リモートワークやハイブリッドを徐々に減らす企業は増えてくると考えています。

生成AIはすでに導入している企業がありますが、24年中にはシンガポールのほとんどの企業で活用され、同時に無くなる仕事が増えるでしょう。サービス業などの店員もAIやロボットに任せるため、今後はAI運用に長けた人材の需要が伸びると予想されます。これらのことから、企業拠点の概念も変わっていくと思います。