ローカルを信じて権限委譲すれば日系企業は進化する

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APAC(アジア太平洋地域)における労働力ニーズの高まりは止まらない。これに対応してパーソルホールディングスとケリーサービスで設立した人材サービス会社が、パーソルケリーだ。同社設立時に日本からインドネシアへ渡り、現在はタイ支社の責任者である大塚有子氏に、日系企業が海外で人材を獲得するために必要な採用の心構えや改善策などについて聞いた。

「はたらいて、笑おう」を実現するサービスのためならRA・CAは関係ない

最初に、御社の事業内容をお聞かせください。

パーソルケリーは、APAC(アジア太平洋地域)の総合人材サービス会社として、パーソルホールディングス(旧テンプホールディングス)とケリーサービスが2016年に設立した合弁会社です。オーストラリア、中国、香港、インド、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、韓国、台湾、タイ、ベトナムの13市場で展開しています。私が在籍するタイの事業比率は、人材紹介が60%で、そのうち30~40%が日系、60~70%が非日系です。他に、労務や人事コンサルティングも提供します。今後は派遣のシェアを拡大し、タイでトップクラスの事業に成長させたいと考えています。

近年、タイで成長している領域や業種は何でしょうか。

コロナ禍では、銀行のデジタル化やECの増加が目立ちました。仮想通貨などフィンテックの発展も著しく、関連する職種は引く手あまたでした。日系企業に限定すると、コロナ禍の影響で物流関連の取引が伸びました。直近では、電気自動車関連を中心とする中国企業の進出が多く、中国人や中国語スピーカーを採用したい、というお声も増えています。いずれも、グループ会社が運営する『doda(デューダ)』のリソースを使える点は、当社の強みの一つです。

御社はRA・CAを分けていますか?

RA(リクルーティングアドバイザー/法人担当)・CA(キャリアアドバイザー/個人担当)は分けており、結果的には90%以上が180度でのサポートですが、お客様ファーストで考えたとき、RAは求人を獲得したり企業をハンドリングしたりするだけでなく、候補者にも目を向けて企業と併走しますので、結果として双方の役割を担っていることが多いです。良質なサービスを提供し、「はたらいて、笑おう」の社会を実現することが当グループのミッションですから、そのために各担当者がどうしたいか、何をやるかは、個人の意思に任せています。

RA・CAは弊社では役割であって、職種ではありません。RAが90%、CAが10%という担当者もいれば、RAとCAという役割をほぼ半分半分で日々おこなっている担当者もいます。

女性グローバル人材のロールモデルが自分のミッション

続けて、大塚様のご経歴を教えてください。

私は、大学を卒業した2011年にインテリジェンス(現パーソルキャリア)へ入社しました。最初はdodaの広告部に配属され、dodaの転職サイトに掲載する求人広告・転職フェアや企業ホームページの販売などを3年ほど担当しましたが、徐々に人材採用の選考プロセスにも携わりたい気持ちが強くなり、人材紹介部署に異動しました。

当初から海外で働くチャンスをうかがっていた私は、弊社のグローバルチャレンジ制度という制度に応募し、16年にインドネシアのジャカルタへ移りました。その3年後、ジャカルタ東部にあるチカランという工業団地エリアでブランチマネージャーに就任し、21年からタイで日系マーケットの責任者となりました。

海外で働こうと思った理由は何でしょうか。

日本の人口減少が進む中、海外とのビジネスを強化しなければ日本は生き残れないのではないか、という考えが、働いているうちに大きくなっていきました。特に日本ではIT業界を主に担当させていただいていたため、エンジニア不足が深刻で、オフショア開発(ソフトウェアやアプリなどの開発を海外へ外注する)も増えていっており、その思いは日増しに強くなりました。その中で、人材の橋渡しを日本で担うのか海外から行うのか、自分は海外で何の役に立つのかなどを考えたとき、20代のうちに海外へ行って働くというマイルストーンを決めました。

大塚様のマネジメントのこだわりは何でしょうか。

組織をマネジメントするのに大切なポイントは、組織全体で同じ目標を目指すことだと思います。会社と個人のミッションを常に摺り合わせ、同じゴールへ向かって並走する組織を保ち続けることが、私の役割です。

大塚様ご自身のミッションを教えてください。

私が人材業界へ入る理由となった「一人ひとりが輝ける未来をつくる」ことの実現は、ミッションの一つです。他に、私が女性活躍社会のロールモデルとなって、グローバルに活躍する女性のトップランナーであり続け、同じような日本人女性を増やしていくことにも注力しています。かなり個人的なミッションですが、同時に会社が目指す未来でもあります。

日本人の海外進出状況は変化しましたか?

私が海外で仕事を始めた2016年頃に海外へ出てきた人は、とりあえず海外に出たい20代か、日本で経験を十分に積み、さらに挑戦をしたいという50代後半の方が多い印象でした。その後、コロナ禍を経て働きかたの多様化が進むと、30代で子どもがいる夫婦が家族で海外に移住するなど、幅広い層の人が海外に出るようになったと感じます。直近に関しては、円安で海外の給与水準が高く感じられるようになったことも影響していると思います。

強みはアジアを熟知した事業戦略を採用面で併走できること

タイの採用トレンドを教えてください。

コロナ禍が明けてから、新規進出企業が増えました。現在、日系企業の40%は製造業で、当社も拡大領域として考えています。また、デジタリゼーションやファクトリーオートメーション分野も増加中です。デジタルマーケティングやIoTのニーズも高まっています。

ジャパンデスクにはタイ人も在籍していると聞きました。日本人とタイ人とのマネジメントの違いはありますか?

言語や文化の違いはありますが、組織としてやるべきことや目標、個人のKPIは誰もが共通なので、国籍によるマネジメントの差は意識していません。

採用企業に対して、タイ人の採用後サポートはしていますか?

入社後のヒアリングとフィードバックは必ず行います。国に関係なく、合う・合わないは何かしら起きます。コミュニケーションが取れなかったり、日本人の決裁者がオフィスに居なくて話せなかったり、日本語が話せる人だけのコミュニティーができてしまったりするなど、原因はさまざまです。日本人視点とタイ人視点のどちらもヒアリングしてフィードバックします。

人材サービスにおける御社の強みを教えてください。

APACに関する地域的な汎用性、日系・非日系に関わらずタイ全体を支援する幅広さ、人材紹介だけに終わらず労務や人事制度にも関わり、採用を事業戦略に落とし込むスキルなどが強みです。

労務や人事制度のコンサルティングは日系向けでしょうか。

現在のメインは日系ですが、最近は韓国やシンガポールなどから新たにタイへ参入してくる企業の問い合わせも増えました。

人材のローカライズと権限委譲が日系企業の課題

日系企業のプレゼンス低下が叫ばれています。大塚様のお考えをお聞かせください。

個人的には、プレゼンスは個人の問題であり、国で一くくりにはできないと考えます。どれだけ強い意志でビジネスをしているかで変わるからです。その前提で、日系企業はローカルの人材を信じて権限委譲することで、優秀な人材が集まり海外で成長できるでしょう。

日本企業はかつて製造業のルーティンジョブで成長し、GDPが世界2位になった時期もありました。その成功モデルを長く継続してきたゆえに、日本は新ビジネスや人材の育成に遅れてしまいました。当時と現在とは、ビジネスの在りかたも日本の国力も、他国の経済力も変化しています。ローカルの人を信じて、その国の文化に合わせ、その地で働く人々に権限を持たせてください。それが、日系企業が飛躍するための一つの方法だと思います。本社や代表がすべてを掌握する心構えはとても大切ですが、日本に居ながら海外支社の隅から隅までを一人で把握することは不可能です。把握できない部分は、把握できる人に委ねることが大切です。

権限委譲ができない日系企業の具体例を知りたいです。

例えば、採用の目的や採用ポイントなどを明確にしていないためにミスマッチが起きるケースがあります。日本の採用決裁者が「とりあえず面接してスクリーニングしておいて」という曖昧な指示をしたとします。一次面接をタイ人、二次面接を日本人が担当すると、それぞれの国の採用基準で人を選抜するため、最終面接で整合性がとれなくなります。このような場合、当社では、スクリーニングとしての一次面接ではなく、見る観点を明確にした上で、一次面接を日本人、二次面接をタイ人にして、最終的にはタイの文化にフィットする人を採用するようアドバイスしています。

他に、企業側の面接時のアドバイスがあればご教示ください。

仕事において、どのような能力・スキルが必要なのかを明確にしたうえで採用活動をすることです。例えば、業務において英語でレポートを書く機会が多いのであれば、英語でレポートを書くテストをするといいと思います。面接で文章能力を図ることはできません。採用してからレポートを書かせてみると書けない、ということが起こらないように、募集するポジションに求められる能力・スキルを明確にし、選考において、その能力を見極められる方法をとることが大切です。採用業務に慣れている担当者であれば気付きそうなことですが、採用業務の経験がない人が海外で採用を任せられるケースが多々あるため、当社もこのような基本ノウハウの相談をよく受けます。

最後に、海外で採用を実施する日系企業へのメッセージをお願いします。

どの事業領域にもいえることですが、日系企業はもっと人材や会社運営をローカライズする必要があります。日本のやり方を一方的に押し付けるのではなく、現地の習慣を知り・人を知り、お互いの良いところを取り入れていく、という姿勢が大事なのではないでしょうか。そして、現地採用の日本人や現地育成した人材を採用したりしながら権限移譲することで、企業は安定、成長すると思います。「日本とそれ以外の国」という発想からグローバル視点に切り替えて、共にマーケットを育てていく。それが、これからの日系企業に必要な考え方だと思います。